中国の経済発展は近年ますます注目を集めています。そのなかでも、地域ごとの差や特性、そして経済発展と環境保護をめぐる駆け引きは、非常に重要なテーマです。多様な地域ごとに産業構造や経済成長の段階が異なる中国では、環境政策の進展や実施状況が地方経済に大きな影響をもたらしています。また、グリーン経済の台頭や伝統産業の転換が、地域社会や雇用、さらには地方財政の在り方までも変革しつつあります。この記事では、中国の地域経済の特徴を理解した上で、環境政策が地方経済にどのような影響を与えているのか、具体例を交えてわかりやすく紹介します。さらに日本企業や投資家にとってのビジネスチャンス、地方政府との協力関係の築き方、今後の課題や展望についても詳しく解説します。
1. 中国地方経済の基本構造
1.1 地方経済の地域的特性
中国は広大な国土を持ち、東部、中部、西部、さらには東北部と4つの経済圏が存在します。東部地域には、北京、上海、広州、深センなど、人口密集都市や国際的なビジネス拠点が集まっています。一方で中西部は地形が複雑で人口密度も低く、産業集積も発展段階が遅れているのが特徴です。また、東北部はかつての重工業地帯が多かったものの、近年は経済停滞や人口流出に直面しています。
各地方ごとに気候や自然条件が大きく異なるため、農業、工業、サービス業などの産業構成にも地域性があらわれます。たとえば、長江デルタや珠江デルタは、穏やかな気候と豊富な水資源を生かした農業と工業の集積が進んでいます。その一方で、西部地域は荒涼とした高原地帯が広がり、資源依存型経済や少数民族社会を特徴としています。
このように、中国の地方経済は極めて多様性に富んでおり、地域ごとに優先する政策課題や発展の方向性も異なります。都市部ではインフラ整備やテクノロジー産業の発展が重要ですが、農村部では生活水準の向上や基礎的なインフラへの投資、自然環境の保護が喫緊の課題です。
1.2 産業構造の違いと発展段階
東部沿海地域では、外資導入や輸出加工、ハイテク産業へのシフトが進んでいます。特に上海や蘇州、深センなどは、電子機器や自動車、IT産業を中心に経済成長を遂げています。現代的な産業クラスターや企業の集積により、イノベーションや新興産業が生まれやすい土壌ができています。
中西部では、依然として伝統的な重工業や鉱業、エネルギー産業が地域経済の基盤となっています。例えば重慶や四川では、自動車製造や鉄鋼、火力・水力発電が主要産業です。ただし、政府による「西部大開発」政策を背景に、近年はIT企業や先端素材産業の誘致にも積極的です。また、農業が主要産業の省が多いこともこの地域の特徴です。
発展段階に大きな差があるため、同じ「経済発展」といっても、その焦点や内容は地域によってまったく異なります。たとえば沿海部では環境高度化や先端産業の育成が中心課題ですが、西部や内陸部では基礎インフラの整備や雇用創出、外資導入などが求められています。
1.3 地方経済の成長要因
中国の地方経済が成長し続けてきた最大の要因の一つは、政府による積極的なインフラ投資と政策的な産業誘導です。特に東部では港湾や空港、高速鉄道といった物流インフラの整備が、グローバルサプライチェーンへの参加を後押ししました。
また、各地で設けられた経済技術開発区や自由貿易試験区などの優遇政策も、外資や国内企業の投資を呼び込む原動力となっています。たとえば深圳は1980年代に経済特区に指定されて以来、急速に外資と技術が集積しました。地方政府の創意工夫による都市ブランドの確立や国際展開も見逃せないポイントです。
その一方、民間企業や農村集団経済も大きな役割を果たしています。特に江蘇省の「郷鎮企業」は、改革開放初期から農村経済の多様化と活性化を牽引し、農民の所得向上に寄与しました。近年では「双創(創業・イノベーション)」推進により、スタートアップやベンチャー企業の勃興も地方経済成長の新たなエンジンとなっています。
1.4 地域ごとの経済格差と課題
中国の急速な経済成長の裏には、地域間の大きな格差がつきまとっています。とくに東部沿海都市と中西部農村部、都市と農村の格差は経済的なものにとどまらず、教育・医療・福祉など社会資本の整備にも明らかな違いがみられます。
たとえば、浙江省や江蘇省の一人当たりGDPは、内モンゴルや青海省と比較すると10倍近い差があることもあります。都市部では豊かな教育や最先端医療が利用できる一方、遠隔地農村では小学校すら遠い例も珍しくありません。こうした格差は社会的摩擦の火種となることも多く、近年の「共同富裕」(みんなで豊かになる)政策の原動力となっています。
また、都市化が進むにつれて、農民工(都市で働く農村出身者)の問題や、地方財政の不均衡も深刻化しています。農村部では依然として貧困から抜け出せない世帯も多く、環境悪化や産業衰退といった二重・三重の課題を抱えています。こうした複雑な現状を背景に、持続可能な成長や公平な社会への道筋が模索され続けています。
2. 環境政策の展開と現状
2.1 中国における主要な環境政策の沿革
中国における環境政策の本格的な始まりは、1970年代後半の「改革開放」政策以降です。当初は経済成長優先で、環境対策は後回しにされがちでした。しかし、1990年代以降、大気汚染や水質汚染、土壌汚染など環境問題の深刻化を受け、政府は次第に法規制を強化していきます。
代表的な施策は1995年の「環境保護法」の制定。これに続き大気や水質ごとの専門法、環境影響評価制度、廃棄物管理法などが段階的に整備されました。2000年代に入ると「資源節約型社会」「循環型経済」を目指す総合的な政策も打ち出され、グリーン成長への流れが加速しています。
近年では「生態文明建設」を国是に掲げ、温室効果ガス排出量削減、再生可能エネルギーの導入、省エネルギー推進が重視されています。2020年には「2060年までにカーボンニュートラル(炭素中立)」を表明し、世界的にも大きな反響を呼びました。こうした大きな方向転換は、国内外の投資環境や産業構造に重大なインパクトを与えています。
2.2 国家・地方レベルでの政策実施体制
中国では環境政策の企画と指導はおもに中央政府(国務院、国家発展改革委員会、生態環境部)が担います。一方、実際の政策執行や監督、地域事情に応じた取り組みは地方政府に大きく委ねられています。特に省レベル、都市レベルの環境保護局は独自のガイドラインや、地域に最適化した規制やプロジェクトを展開しています。
たとえば、北京市では大気汚染対策として、石炭ストーブから天然ガスや電気への転換を進めました。上海市は交通渋滞対策や公共交通機関の拡充による排出規制も強化しています。内陸部では、水源保護や森林再生事業が進められるなど、それぞれの地域事情を反映した政策が特徴的です。
ただし、中央と地方の間では温度差や実施能力の開きもあります。地方自治体が経済成長を優先して環境対応を後回しにする例も少なくなく、公害事故やデータ改ざん問題が報道されることもあります。しかし近年は、中央からの監査や評価制度の強化により、地方政府による政策逃れの余地は次第に狭まっています。
2.3 環境規制の厳格化と法的枠組み
中国政府は、環境政策の効果を高めるために関連法規の厳格化を進めています。代表的なのが2015年に大幅に改正された「環境保護法」です。同法では、違反企業への罰金増額や操業停止命令、責任者の個人罰則まで規定されるようになり、従来の「罰金を払っておしまい」的な温情姿勢からの大きな転換となりました。
また、企業の環境情報公開制度が導入され、汚染データの透明化や市民通報制度も整備されています。これにより、一般市民や環境NGOが企業や地方政府の取り組みを監視できるようになりました。企業経営者にとっては、環境対応へのコストが無視できない経営課題となっています。
環境影響評価(EIA)制度や排出権取引制度など、市場メカニズムを活用した新しい規制方法も積極的に導入されています。たとえば、全国炭素排出権取引市場は2021年に本格始動し、石炭火力発電所などを対象に企業ごとの排出枠を取引できる仕組みが整いました。こうした動きは、今後製造業全般へと拡大される見込みです。
2.4 環境分野における国際協力と日本の役割
中国の環境政策は国際的な協力や圧力によって大きく影響を受けています。中国はパリ協定や国連SDGs(持続可能な開発目標)に積極的に参画し、CO2削減や再生可能エネルギー導入拡大につとめています。特に再生可能エネルギー分野では、風力、太陽光、水力発電への投資額が世界一となっています。
環境技術やノウハウで日本との協力も深まっています。たとえば都市下水処理や廃棄物リサイクル、スマートグリッド開発などで、日本企業が地方都市政府と共同プロジェクトを展開しています。代表例としては、日中両国の環境産業団体が連携する「日中省エネ・環境ビジネス推進フォーラム」などがあります。
また、日本の自治体と中国地方政府によるグリーンシティ推進や、地元課題に応じたリサイクル技術の導入、排水・排ガス処理施設の運用指導など、一歩進んだ協力モデルも生まれています。こうしたパートナーシップは、中国の環境政策の国際化だけでなく、日本の技術・製品の拡販機会としても期待されています。
3. 環境政策が地方経済に及ぼす影響
3.1 伝統産業の転換と再編への影響
厳格な環境政策の導入は、地方の伝統的な製造業や重工業に大きな影響を与えてきました。たとえば、河北省や山西省などの鉄鋼・化学・石炭産業集積地では、環境基準強化により古い工場の閉鎖や生産量削減が相次いでいます。こうした動きで地域経済が一時的に低迷することも珍しくありません。
一方で、老朽プラントの廃止や省エネ設備への更新により、生産効率が改善したり、高付加価値型産業への転換が進んだケースもあります。江蘇省鎮江市では、製紙産業の工場を移転・統合し、クリーンエネルギー活用や装置の自動化によって新たな産業クラスター形成に成功しました。
このような産業再編には、政府や企業の巨額投資や雇用の再配置が不可欠です。その過程で、就労人口の一部が一時的に職を失う一方、次世代型産業で新たな雇用が生まれるという「痛みと成長」の両面が現れます。地方政府の再就職促進策や職業訓練の充実も、今や重要な政策テーマとなっています。
3.2 新興産業の発展とグリーン経済の台頭
一方、環境政策の強化は新たな経済成長のチャンスももたらしています。省エネ・再エネ技術、電気自動車、グリーンビルディングなど「グリーン産業」とよばれる分野が急成長しています。特に電池製造や太陽光パネル生産において中国は世界トップクラスとなり、地方経済にも新たな投資や雇用が生まれています。
江蘇省蘇州市では、リチウムイオン電池やスマートエネルギー材料を扱うベンチャー企業が急増し、国内外からの資本流入が加速しました。四川省成都では、再エネ関連部品やバイオマス利用を推進する産業団地が設立され、イノベーティブなスタートアップ育成が進められています。
こうした新興産業の勃興は、地方の産業構造や雇用構成を変えるだけでなく、環境改善や地域ブランド力の向上にも寄与しています。ただし、急激な産業転換は過当競争や新たな資源・環境負荷もともなうため、持続可能な成長モデルの確立がこれからの課題となります。
3.3 雇用構造の変化と地域社会への波及効果
環境政策強化と産業再編により、地方の雇用構造も大きく変化しています。たとえば石炭産地では鉱山の閉鎖による失業が増加。しかし、希望者には製造業や建設業、さらにはサービス業や新エネルギー関連部門への再就職支援プログラムが用意されています。
また、太陽光発電所や電気自動車工場、環境モニタリング業務といった新産業の拡大にともない、技術者や研究者のみならず現地のオペレーターや販売職など、さまざまな職域で新しい雇用が生まれています。こうした雇用創出は、高齢化や流出人口で悩む地方都市にとって貴重な活力源となります。
ただし、再就職には教育・訓練体制の整備や、キャリアチェンジのための社会的支援が不可欠です。農村出身者が新産業に適応しきれず、所得格差や生活苦の長期化が懸念されるケースもあります。こうした点では、地方政府と企業、教育機関との連携が今後ますます重要となるでしょう。
3.4 地方財政へのインパクト
環境政策の強化は地方財政にも大きなインパクトを与えています。伝統産業の縮小や操業停止にともない、地方税収が一時的に減少するリスクが存在します。たとえば山西省の一部地方都市では、石炭鉱山の減産によって公共サービスへの支出に制限がかかるなど、財政運営の見直しが迫られました。
その一方、グリーン関連の新規投資によって新たな税収や雇用が発生し、バランスを取る事例も増えています。たとえば浙江省杭州市では、再生可能エネルギー技術や環境サービス産業の発展によって、地場経済への収入源の多角化が進んでいます。
環境政策を財源確保や経済活性化のチャンスととらえ、特化型の産業誘致やイノベーション支援、起業家育成のためのプロジェクトファイナンスなど、新しい地方経済モデルを模索する動きが広がっています。地方政府ごとに政策対応の巧拙や成否の差が大きく出ているのが現状です。
4. 地方ごとの政策対応とその特徴
4.1 東部地域:経済発展と環境対応の両立
中国東部地域、特に江蘇省や浙江省、広東省などは経済成長と環境対応との「両立モデル」を追求してきました。これらの地域は豊富な財政力と産業基盤を活かし、グリーン成長戦略を早期から実践しています。たとえば広州市は都市型グリーンインフラの導入に積極的で、緑地帯の整備や公共交通の電動化、廃棄物の資源化事業を推進しています。
上海市では、国家グリーン金融改革パイロットゾーンの設立によって、環境配慮型プロジェクトへの資金調達が活発化しました。蘇州市や寧波市は、都市水系の再生や低炭素企業への優遇税制などで、経済成長を損なわずに環境負荷を低減しています。
こうした都市では、高い技術水準や豊富な人材、複数の大学・研究機関と連携したイノベーション体制が整っています。地元政府も行政指導力が強く、産官学民連携による新しい環境政策やパイロット事業が次々と生まれているのが特徴です。特に浙江省の「緑水青山は金山銀山(美しい自然は財産である)」というスローガンは、全国的なモデルケースとされています。
4.2 中西部地域:発展遅延と政策支援の実情
中西部地域、たとえば四川省、貴州省、チベット自治区などは、東部と比べて経済発展の速度が遅く、インフラの整備も進んでいません。こうした地域では、基礎的な生活環境の整備や自然資源の保護、産業の近代化支援が優先課題になっています。また、中央政府による特別な資金援助や、税制優遇措置が頻繁に講じられています。
近年では、大規模な再生可能エネルギープロジェクトが地方経済の牽引役になっています。たとえば青海省では風力・太陽光発電所が次々に建設され、「クリーンエネルギー基地」として内外にアピールしています。貴州省では、貧困対策と環境保護を同時に進める集落再生プロジェクトや、エコツーリズムの振興など多様な施策が展開されています。
中西部の地方政府には、資金や技術力の不足という制約もあり、外部パートナー(中央政府や民間企業、国際機関)とのコラボレーションが不可欠です。環境対応と経済成長のバランスをどうとるか、限られた資源のなかでどの事業を優先するか――こうした選択が日々の行政運営の現場で問われています。
4.3 農村地域:農業生産と環境保護のジレンマ
中国の農村地域は、食料供給の最前線であると同時に、水質悪化や土壌流出などの環境問題が最も深刻な場所でもあります。肥料や農薬の過剰投与、畜産系廃棄物の処理不足などで、水源や土壌が汚染されるケースが後を絶ちません。たとえば河北省や河南省の主要農産地では、地下水の過剰汲み上げや、農薬由来の有害物質が問題となっています。
こうした地域では、農業生産と環境保護のジレンマが顕著です。生産効率や農民収入を維持しつつ、いかに農業の「グリーン転換」を進めるかが大きな課題です。政府は有機農業や生態農業への転換、廃水処理設備の導入や、農家に対する教育・補助金政策を強化しています。
また、農村地域では地方ごとに特色ある「持続可能な農業モデル」も広がっています。例えば福建省の山間部では、森林保護と農産物ブランド化を組み合わせたエコ農業が注目されています。地元の大学や研究機関、NPOと連携し、伝統的な里山維持と現代的なエコ技術を融合させた実践事例も登場しています。
4.4 特色ある地方モデル事例(実践例)
中国全土には、「地方創生」と「持続可能な発展」を目指す様々な実践モデルが存在します。浙江省安吉県は、竹林資源を活用した「グリーン経済モデル」で知られ、エコツーリズムやバイオマス産業による地域活性化が国内外から注目されています。「竹から生まれる飲料」「竹繊維の自動車部品」など付加価値製品の開発も進んでいます。
また、内モンゴル自治区ホルチン砂漠では、地元政府と民間企業の協力による砂漠緑化プロジェクトが長年実施されています。持続可能な防風林や牧草地の造成は、地元住民の雇用圧力低減と生態系保全の両立に成果を上げています。このプロジェクトは日本の企業や研究機関とも連携しています。
都市圏では深圳市の「スマートシティ」政策が代表的です。AIやIoTを活用した都市運営の効率化、省エネ型インフラ、スマートごみ回収・リサイクルシステムの普及によって、経済成長と環境負荷低減の両立を実現しています。こうしたモデルケースは他の地方都市にとっても大きな参考となるでしょう。
5. 地方経済回復・発展のための課題と展望
5.1 持続可能な発展戦略の模索
中国地方経済の今後の最大課題は「持続可能な発展」の確立です。従来の「量的成長」一辺倒から、高付加価値型・技術主導型へと成長の質の転換が求められています。国内の環境制約や人口構造の変化、新型コロナによる経済ショックなど、外部環境が一層厳しさを増す中、新しい発展戦略の必要性が増しています。
先進地域では「グリーン・インフラ投資」の拡大や、再生可能エネルギー中心の産業基盤構築に力を入れています。例えば広東省仏山市では、住宅地の省エネ規制や雨水貯留都市開発、電気バス普及など、新しい都市政策がすでに実践段階にあります。農村部では、有機農業や森林・水源保護といった「生態農業型」地域モデルを模索する動きが続いています。
今後は、各地の実情に応じて多様な発展戦略をデザインする能力、地方政府だけでなく企業や住民が一体となって課題を解決していく「共創」体制の構築が重要です。徹底したエビデンス重視で、失敗事例から学ぶフィードバックを組み込むことも不可欠でしょう。
5.2 地域格差是正と公平な成長の推進
急速な経済成長の結果として拡大した地域間格差は、今や中国社会の最重要課題のひとつです。「共同富裕」政策に象徴されるように、所得再分配、公共投資、社会セーフティネットの強化が全国規模で進められています。
具体的には、中西部や農村部のインフラや教育水準の底上げ、貧困家庭への現金給付や医療補助、子どもや高齢者への居住・就業支援などが拡大。これにより、東部沿海部と内陸の「機会格差」を減らし、長期的な「公平成長」を図ろうとしています。
ただし、格差是正策がかえって地域の自立性や創造力を削ぐリスクも指摘されています。政府主導から市民参加・民間主導の方向へと転換し、各地域が競い合いながらも補完しあうダイナミックな成長環境をつくっていく「バランス感覚」が求められています。
5.3 技術革新・人的資本育成の重要性
環境政策や地方経済成長を持続するうえで、技術革新と人的資本育成は欠かせません。たとえば電気自動車や再エネ産業の競争力を維持するためには、地元大学や高等専門学校と連携した高度人材育成、産学連携による研究開発が不可欠です。
浙江省杭州や江蘇省南京には、IT・AI分野やバイオテクノロジー分野に強い大学・研究機関が数多く集積し、地元企業やスタートアップへの技術移転・人材供給に貢献しています。これにより地方都市でもグローバル競争に耐えうる産業集積の芽が育っています。
一方、農村部や中西部では教育インフラの遅れや若手流出が深刻な課題です。こうした地域が本格的に持続可能な経済成長を実現するには、初等・中等教育の環境整備や職業訓練の拡充、地元就業へのインセンティブづくりなど、長期的視点での人的資本形成政策が不可欠となります。
5.4 環境政策と経済成長のバランス調整
環境規制の強化と経済成長の維持は、ときに矛盾し衝突する場面もあります。短期的には、厳しい環境規制で工場閉鎖や雇用減少が生じることもありますが、長期的には経済効率の改善やイノベーション促進、健康リスクの低減といった側面もあります。
実際、中国政府は経済成長とのバランスを取りながら、段階的な環境政策の導入や産業支援策を柔軟に組み合わせています。たとえば安徽省合肥市では、古い工場を閉鎖しながら新たな環境対応型産業団地を開設。職業訓練や融資などソフトランディング策も同時に展開しています。
最適な「バランス点」を見極め、経済・社会・環境の各側面で最大限のプラス効果を引き出すためには、データに基づく政策設計や市民参加型政策、民間企業・NPO等多様な主体との協調がますます求められます。
6. 日本企業・投資家へのインプリケーション
6.1 ビジネス機会としてのグリーン市場
中国の地方経済と環境政策の相互作用は、日本企業や投資家にとって大きなビジネスチャンスを含んでいます。とくにグリーン市場分野では、再生可能エネルギー、省エネ建材、廃棄物リサイクル、汚水処理、グリーンIT、EV関連技術など、日本が得意とする分野が多くあります。
たとえば広東省仏山市や江蘇省蘇州市では、排水処理装置や超省エネ空調機器の導入で日本製品が高く評価されています。また、大都市だけでなく、中西部の新しい経済ゾーンでも日本の省エネ自動車やリサイクル設備、人材育成プログラムの導入提案が歓迎されています。
さらに、現地政府との協力でデモンストレーションプロジェクトやパイロット事業を展開し、他地域へのビジネス展開につなげるモデルも生まれています。日本企業にとっては単なる「商品販売」だけでなく、システム導入やコンサルティング、新規サービス開発といった付加価値の高い分野に進出する絶好の機会といえるでしょう。
6.2 地方政策動向への理解とリスクマネジメント
中国の地方経済は地域ごとの政策動向や実務慣習に大きな違いがあり、日本企業が進出する際には十分な情報収集とリスクマネジメントが欠かせません。たとえば、地方政府の方針転換や補助金制度の変化、地方法規や認可手続きの違いが、事業の成否を大きく左右します。
また、地方ごとに「環境規制厳格化の度合い」や「政策執行力」「財政支援の有無」に差があるため、事前に外部専門家や現地パートナーと綿密な打ち合わせを行い、複数のシナリオを想定した事業計画が重要です。たとえば、江蘇省の一部都市では環境基準の大幅アップデートが急に告知され、日系工場が設備更新を迫られるケースもありました。
知的財産保護、人材確保、金流・契約トラブル、現地文化との適応など、現実的なリスク要素を多角的にチェックし、柔軟でプロアクティブな対応力が求められます。ローカルチームの育成や外部弁護士・コンサルタントの活用も、不可欠な備えとなるでしょう。
6.3 地域パートナーシップ構築の意義
中国の地方市場では、中国側パートナー(行政・企業・大学・市民組織)との信頼関係構築がビジネス成功の大前提です。北京や上海などの大都市では国際的なビジネス慣行が通用しやすいものの、中西部や農村部では現地独自の行政調整や国有企業ネットワークとの密接なコミュニケーションが重要となります。
実際に、地方政府と連携したEPC方式(設計・調達・建設)やO&M(運営・保守)プロジェクト、地元大学や研究院との技術協力、地元サプライヤーとのジョイントベンチャー設立など「多層的なパートナーシップ」を築いている日本企業の事例が増えています。こうしたネットワークは、事業リスク低減や現地情報入手、競争優位の確保に直結します。
また、地域ごとのコミュニティ活動やCSR(企業の社会的責任)活動への参画も、現地住民との理解・信頼醸成につながります。貧困対策ボランティアや青少年人材育成支援など、企業の枠を越えた地域貢献は、長期的なブランド力強化にもなります。
6.4 日中協力の展望と課題
今後、日中両国の協力は「環境・グリーンイノベーション」という新たなステージに進むと考えられます。中国は2050年カーボンニュートラル宣言を打ち出し、従来型産業からの大転換が加速しています。このなかで日本の省エネ技術、人材育成ノウハウ、都市インフラ運営経験などは中国地方政府・企業にとって非常に魅力的です。
実際、日中両国では「グリーン金融」「スマートシティ」「カーボンリサイクル」など次世代分野での先進的な共同研究、共同実証実験、知財・標準化協力が続々と進められています。たとえば杭州や成都の環境都市開発、日本の水環境技術の導入プロジェクトが好例です。
一方で、政治的緊張や安全保障リスク、知財トラブルといった課題も避けて通れません。両国が対等にメリットを分かち合い、長期的なパートナーシップを構築するには「相互信頼」「透明性確保」「柔軟な調整力」といった地道な努力が必要となります。
まとめ
中国の地方経済と環境政策は、複雑かつダイナミックな変化を遂げています。経済発展と環境保護――この2つの大きなテーマは、互いに影響を及ぼしながら、各地で独自の課題やモデルが生まれ、進化を続けています。日本企業や投資家にとっては、新たなビジネスチャンスとともに、多様な挑戦が待ち受けています。今後も両国の協力関係が深化し、「持続可能な成長」という共通のゴールに向けて、着実な歩みを続けていくことが求められています。