中国の経済成長は、都市化の進展とともにめざましい発展を遂げてきました。その中で多くの人が都会で生活するようになり、住宅やオフィスビル、複合商業施設などの建設ラッシュが続いています。しかし、急速な都市化には避けて通れないさまざまな環境問題もつきまとってきました。近年、中国社会では「持続可能性(サステナビリティ)」や「グリーン化」といったキーワードの重要性が高まり、環境に配慮したデザインや建築への転換が進んでいます。この記事では、中国における環境デザインと持続可能な建築の背景から最新動向、政策やイノベーション、実際の都市での取り組みまで、わかりやすく、そして多角的に詳しく紹介します。日本との比較や、両国間の協力の可能性についても言及しますので、環境や建築、都市づくりに関心のある方はぜひ読んでみてください。
1. 中国における環境デザインの発展背景
1.1 近代化と環境問題の台頭
1990年代以降、中国では爆発的な経済成長と近代化が進みました。それに伴い、工場やマンション、高層ビルなどの建設ラッシュが続き、多くの人が農村から都市に移り住みました。しかし一方で、急速な都市化は空気や水の汚染、資源枯渇、廃棄物の増加、エネルギー消費の急増といった深刻な環境問題も生み出しました。都市がコンクリートで埋め尽くされ、緑地が減少したり、ヒートアイランド現象による気温上昇や健康被害も深刻化しました。
こうした問題意識が社会全体で高まり、「きれいな空気」「快適な住環境」へのニーズも強くなりました。2000年代半ばからは、都市住民の生活環境や健康・安全への関心が急速に高まり、政府や建設業界もようやく環境への配慮に本格的に目を向けるようになりました。特に2008年北京オリンピックや2010年上海万博といった大型国際イベントを契機に、環境負荷の低減や「グリーン都市」のイメージづくりが国家的な課題となりました。
実際、北京オリンピックの会場となった「鳥の巣」や「水立方」といった建物は、設計段階から省エネや自然光の活用、リサイクルなどの先進的な環境デザインが取り入れられ、世界からも注目されました。それ以降、持続可能性を意識した建築デザインや都市開発が、中国全土で本格化していきます。
1.2 中国都市化の進展とその課題
中国の都市人口はここ数十年で激増し、2022年には都市人口比率が65%を超えました。多くの地方都市や中小都市まで高層ビルや新興住宅街が林立し、生活インフラが急拡大する一方、ゴミの処理や大気汚染、騒音問題など多様な課題が現れました。地方都市においては、急ごしらえの質の低い建築物も少なくなく、耐久性や安全性への問題点も指摘されています。
また、都市住民の住環境への要求レベルが上がる一方で、安価な建物や機械的な団地、公共空間の不足、都市緑化の遅れなど、居住の質が追い付かないケースも目立つようになりました。都市生活の快適さだけでなく、健康やコミュニティ、ヒートアイランド対策、交通渋滞対策など、複合的な課題が浮き彫りとなりました。
特に大都市部では、経済格差に起因する「住む場所による生活格差」も深刻です。こうした課題に対応するためにも、ただ「建てる」だけでなく、人々の生活や健康、そして未来の地球全体を見据えた環境デザインおよび持続可能な建築への転換が不可欠となりました。
1.3 政府政策とイニシアティブの変遷
これらの社会的圧力や課題を受け、中国政府はさまざまな環境政策やイニシアティブを段階的に打ち出してきました。2007年には「省エネ・排出削減政策」が本格始動し、建築業界には省エネ基準やグリーンビルディングの指針が導入されました。その後、「12次五カ年計画」(2011〜2015年)や「13次五カ年計画」(2016〜2020年)を通じて、低炭素都市づくりや再生可能エネルギーの導入拡大、既存建物の緑化改修などが強化されています。
また、2013年にはPM2.5を代表とする大気汚染への対応を強化するため、全国規模の大気改善計画もスタート。最近では2020年発表の「カーボンニュートラル目標(2060年)」も加わり、建築分野でもCO2削減やエネルギー効率向上がますます重視されるようになりました。
加えて北京や上海、広州、深圳など主要都市では、独自のグリーンビルディング促進条例や助成プログラムも導入され、最新のエコロジカル都市政策と世界の先進事例の導入にも意欲的です。こうした政府のリーダーシップと投資が原動力となり、環境重視のデザイン・建築が飛躍的に広がる下地ができました。
2. 持続可能な建築の理念と重要性
2.1 持続可能性の基本概念
「持続可能な建築(サステナブル建築)」とは、地球や社会にやさしく、次世代にも受け継げる建築物や都市をつくるという考え方です。つまり、ただ豪華で見栄えが良いビルや住宅を建てるのではなく、資源やエネルギーの消費を最小限に抑えて、環境負荷をできるだけ減らしつつ、人間にとって快適かつ健康的な暮らしができる空間をつくることが目標です。
例えば、太陽光や自然換気を最大限活用した設計、省エネ性能の高い断熱材や窓の導入、雨水の利用や緑化空間の確保、リサイクル素材の活用など、幅広い工夫が詰め込まれています。また、建物のライフサイクル全体―設計、建設、運用、解体に至るまで、あらゆる段階で持続可能性を意識することが大切です。
この「持続可能性」は、中国では「绿色建筑(グリーンビルディング)」や「生态文明建設」とも言われ、単なる技術や材料のことだけではなく、都市や社会全体のあり方・価値観の変革につながっています。未来を見据えて今を変える、責任あるデザインが求められるのです。
2.2 建築におけるエネルギー効率
建物はエネルギー消費の大部分を占めます。中国では、全国の電力消費の約3割が建築物の空調や照明、給湯などに使われているといわれています。それだけに、省エネ建築は地球温暖化対策やエネルギー問題の解決に直結します。エネルギー効率を高める設計や設備は、省電力の空調・照明システムや、熱の損失を防ぐ高性能な断熱材やガラス、さらには建物全体を太陽の動きや風向きに合わせて最適化するパッシブデザインが代表的です。
さらに、太陽光パネルや地熱ヒートポンプといった再生可能エネルギーの活用、スマートセンサーによる自動制御など、最先端の技術も積極的に導入されています。例えば、深圳の最新ハイテクビルでは、ビル自体が「発電所」のような役割を果たし、余剰電力を周辺の施設に供給するケースも見られるようになっています。
また、エネルギー効率化への投資は運用コストにも大きな効果があります。初期投資こそ必要ですが、長期的には電気代やメンテナンス費用が大幅に下がるため、ビルオーナーや住民にとっても経済的メリットが明確です。省エネという一点だけでも、持続可能な建築は「未来投資」であることがわかります。
2.3 資源循環と再利用の推進
もうひとつの大きな柱は、資源循環(リサーキュレーション)や再利用(リユース)の考え方です。中国の建設業界では、解体される建物廃材の再利用や、廃棄物の発生抑制、再生材料の活用が注目されています。都市のスケールで見れば、ビルや住宅だけでなく、道路、公園、下水道設備などのインフラも含めて、可能な限り「廃棄ゼロ」を目指す努力が続いています。
実際、上海の一部新興住宅街では、解体した古い建物の煉瓦や木材を新築住宅の建材として再活用したり、雨水を集めて洗車や植栽の水やりに回すなど、身近な「資源の循環型利用」が普及し始めています。さらに、建設現場で出るコンクリートや鉄くず、プラスチックなどさまざまな副産物を、外部業者と連携して分別・再資源化する取組みも急増中です。
これによって、埋立地の削減や自然資源の保護、地域経済の循環化にも大きく寄与しています。今後は、単発の「リサイクル建築」にとどまらず、都市全体が「資源循環型社会」へとシフトしていくことが重要な目標となっています。
3. 中国のグリーンビルディング認証制度
3.1 国家統一規格「三つ星評価システム」
中国国内のグリーンビル認証といえば、まず挙げられるのが「三つ星評価システム」(中国绿色建筑评价标准・GB/T 50378)です。これは、2006年に国土資源部と建設部(現在の住建部)が共同で制度化し、中国全域で適用される国家規格となっています。この認証は、1つ星から3つ星まで3段階のレベルがあり、エネルギー効率、資源利用、屋内環境、運用とメンテナンス、敷地のエコロジー、イノベーション性など、さまざまな評価項目があります。
三つ星システムの特徴は、単に省エネの設備が入っているかどうかだけでなく、敷地周辺の自然環境の回復や、住民の生活環境の健康性など、「人と自然の共生」に多角的に着目している点です。また、設計時だけでなく、建設後の実際の運用状況についても評価があるため、数値だけでない「持続可能性の本質」を問う仕組みといえます。
この制度により、政府系の大型公共建築から民間マンション、商業複合施設まで、幅広い分類でグリーン認証取得が進みました。2018年時点で、中国全土の三つ星グリーンビルは4億平方メートル以上に上っています。最近では、地方都市や工業団地、病院や学校など、さまざまな用途での認証取得も着実に増えています。
3.2 LEED・WELLなど国際認証の導入
世界的に有名なグリーンビルディング認証には、アメリカの「LEED(Leadership in Energy and Environmental Design)」や、イギリスの「BREEAM」、ウェルネス(健康性)に特化した「WELL認証」などがあります。中国でも過去10年ほどで、これらの国際認証の導入が急速に進みました。外資系企業や国際的なホテルチェーン、海外投資家によるオフィスビルなどを中心に、グローバル基準での「グリーン認証」取得がブランド力や競争力の強化に直結するようになったからです。
たとえば、上海ディズニー・リゾートの一部施設や、北京CBD内のグローバル本社ビル、新興ハイテク都市・深圳のイノベーションパークなどは、設計段階からLEEDやWELLを意識して開発されています。こうした認証を取得するためには、エネルギー管理の自動化や、オフィス内の空気質を24時間モニタリングし、照度や換気量も自動制御できるIoT技術の導入など、中国国内認証ではカバーしきれない先進的な要素も求められます。
この国際認証の多様化は、中国建築業界全体のレベルアップにつながっています。海外の設計事務所と中国地場デベロッパーのコラボ案件も増え、単なる「建築の質」から「ブランド戦略」や「国際競争力」へと、意識が大きく変化したのが大きなポイントです。
3.3 認証制度がもたらす経済・社会的メリット
グリーンビルディング認証(国内・国際を問わず)には、複数の経済的・社会的メリットが存在します。まず、認証取得ビルや住宅は賃貸料や販売単価で上乗せがつきやすく、投資家やテナント企業の信頼も高まります。省エネ設計によって長期的な運営コスト削減効果も得られ、所有者・入居者の双方に利益があります。
また、「環境認証取得」は、企業や自治体が「社会的責任(CSR)」をアピールできる大きな武器でもあります。特に外資系企業や先進的なブランドは、サステナビリティに配慮する姿勢を強調することで、消費者や取引先の信頼感につなげています。これは新たなマーケティング手法としても重要です。
一方で、グリーンビルディング認証の普及は、建築材料や技術開発、関連サービス業の成長を促し、雇用や産業振興にもなっています。中国では「グリーン建材」の開発メーカーが急増しているほか、設計・施工・運営まで一貫して持続可能性をコンサルティングする専門会社も多数誕生しました。その結果、環境分野での人的資源育成や、先進技術の蓄積も進んでいるのです。
4. 主要都市における実践事例
4.1 北京:スマートシティと省エネ建築
首都・北京は、環境デザインと持続可能な建築のモデル都市の1つです。北京では全国初となる「グリーンビルディング推進条例」(2014年)を制定し、公共建築や大規模開発プロジェクトに対し省エネや水資源の保護、廃棄物管理の義務付けを行っています。政府庁舎や病院、学校といった公共インフラも積極的にグリーン改修が進められ、省エネ性能評価を常時実施しています。
また、特に注目したいのは、北京を代表する「スマートシティ」計画です。これは、IoTやビッグデータ、AIを使って、都市全体のエネルギー管理や交通流制御、大気質モニタリング、廃棄物管理をリアルタイムで最適化するもので、住宅・商業ビルにも最新のエネルギーマネジメントシステム(EMS)やスマートメーターが普及しています。これにより、多数のビルが集まる複合都市でも、無駄なエネルギー消費や環境負荷を大幅に抑えることに成功しています。
さらに、独自の成功事例として「北京国際金融ビル」を挙げることができます。この高層複合ビルは、外壁にハイテク二重ガラスや自然換気機能を装備。雨水回収と再利用システム、屋上緑化、LED照明や省エネ空調の完全自動制御など、多層的な省エネ技術が凝縮されています。テナントからも「快適で健康的」「運営コストが想像以上に低い」と高い評価を得ており、中国グリーンビルディングの象徴的な先進プロジェクトのひとつです。
4.2 上海:歴史保護と現代環境デザインの融合
上海は植民地時代からの歴史的建築物が多く残る一方、最新のエコビルや複合開発も進む、伝統とイノベーションが共存する都市です。ここでは「歴史的環境保護地区」と「現代的グリーンデザイン」を融合させた新しい都市再生の試みが盛んに行われています。
たとえば、上海外灘(バンド)エリアは、西洋と中国の建築様式が混在する独特の街並みが特徴ですが、老朽化した歴史建物をリノベーションしつつ、断熱性能や耐震性、自然換気、屋上庭園など現代的な環境性能を付加する事例が増えています。とくに「新天地」再開発プロジェクトでは、石庫門(シクメン)建築特有の煉瓦や木造部材を再利用しつつ、下水再利用やLED照明、太陽光パネルなど最先端エコ技術を組み合わせ、地域全体の歴史的景観とサステナブルな生活を両立しています。
また、上海市政府は「エココミュニティ」や「海綿城市(スポンジシティ)」プロジェクトにも力を入れています。これは、都市部の地面や河川が自然環境と同じように雨水を吸収・ゆっくり排出できるよう、緑化帯や透水性舗装、人工池を整備し、洪水被害や地下水枯渇を防ぐ都市緑化の最先端事例です。こうした革新的な環境デザイン手法は、世界中の都市開発の手本ともなっています。
4.3 深圳:新興都市のイノベーション事例
深圳は、中国改革開放の象徴であり、たった数十年で人口1,000万人超のメガシティとなった新興都市です。深圳の特徴は、もともとゼロからスタートするゆえの自由度から、最先端かつ大胆な環境デザインやイノベーションが数多く生まれていることです。
たとえば、市中心部にある「華僑城(OCT)」一帯は、美術館や劇場、公園、商業モール、多数の住宅・オフィスからなる広大な複合開発エリア。ここでは全域にBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)による徹底管理、再生エネルギー供給、ゴミの自動パイプ輸送システムを導入しています。さらに、住宅区ごとに屋上・壁面緑化や共用菜園、雨水循環システムなどが整備され、住民自身が維持管理に参加するユニークな運営スタイルが高く評価されています。
また、深圳最大級の「前海(チエンハイ)・深港現代サービス産業合作区」では、すべてのオフィスビルや商業施設がグリーンビルディング認証を取得。自家太陽光発電での電力自給率向上、都市冷暖房の一括供給、ゼロエミッションごみ処理など、徹底的な環境配慮設計が実現されています。深圳の最先端事例は、都市開発が「環境と経済成長の両立」をどう実践できるかを、世界に発信する好例です。
5. 環境デザインに影響を与える技術革新
5.1 グリーンテクノロジーの導入と普及
中国の環境デザイン・建築分野の発展を語るうえで、グリーンテクノロジー(環境配慮型技術)の進化は欠かせません。近年、太陽光発電技術や高効率ヒートポンプ、省エネ型エレベーター、熱回収型換気システムといった最先端設備の国産化が進み、建築分野への導入コストも大きく下がってきました。これにより、一般的な住宅や中小規模ビル、地方都市でもエコ設備の普及が加速しています。
たとえば、住宅用ソーラーパネルの価格はこの10年で約4分の1に下がり、地方農村でも屋根設置が当たり前になっています。また、省エネ型の断熱窓や窓用フィルム、外壁材なども国産技術で高品質・低価格の製品が増え、使い捨てではなく長寿命・修繕可能な「持続型部材」への転換が進んでいます。
中国政府や地方自治体は、こうしたグリーンテクノロジーを導入した住宅やビルへの優遇政策や補助金も提供。売電制度や税制優遇なども加わり、設計段階からグリーン化が「お得になる」インセンティブが広く浸透しています。また、スマートセンサー類やビッグデータ活用、IoTによる「見える化」も普及し、電力・水道・空調の無駄削減や快適性アップに即効性をもたらしています。
5.2 BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)の活用
BIMとは、建築物の設計、施工、運用、維持管理に関するデータを3Dモデルとして一元管理できるIT技術です。中国の建築プロジェクトでも2010年代後半から本格導入が急増し、環境デザインの革新力となっています。たとえば設計段階からBIMを使うことで、日の当たり方(遮熱・採光)、風の流れ(通風効率)、断熱性、エネルギー消費シミュレーションなどを一気に最適化できます。
施工でも、部材の数量や廃材発生量を正確に算出できるため、無駄な投入や余剰製造を激減させ、資源節約や建設コスト節減につながります。さらに、建物運用後はBIMデータを基に空調・照明・設備の異常検知や修繕計画を立てるなど、長期的な省エネ・省資源をサポートする点が魅力です。
また、中国の政府系メガプロジェクトでは、BIMのクラウド共同利用を推進しており、設計者・業者・自治体・住民が同じ空間データを踏まえて意思決定できます。たとえば蘇州の新興ビジネスパークや、杭州の最新交通ターミナルなどで実用化されており、これが中国独自の「ビッグ・プロジェクト効率化」の新潮流となっています。
5.3 再生可能エネルギーとスマートグリッド
中国は世界最大の再生可能エネルギー投資国でもあり、風力・太陽光発電の導入量は世界トップクラス。都市部でも、建築物の屋根や外壁に太陽光発電パネルを設置し、地域ごとに「分散型発電」で電力自給率を上げる工夫が拡大中です。
また、再生エネルギーの変動対応や効率的利用のため、「スマートグリッド(高度電力網)」の整備が急速に進んでいます。これは発電、消費、蓄電をネットワーク化し、AIやビッグデータでリアルタイムに需給バランスを調整する仕組みです。たとえば、雲南省・貴州省といった大量電力供給地から北京・上海といった消費都市への遠隔送電網と、都市内の家庭・ビルごとの「マイクログリッド」を連動させる先進事例が増えています。
個別ビルのレベルでも、オフィスや住宅が発電→充電→放電(EV・家電)まで一括管理できるスマート配線やエネルギーマネジメントシステムが一般化。今後、AI制御で「使わない電力は外部に自動販売」できる分散型エネルギー社会へと大きくシフトしていく見込みです。
6. 社会への影響と今後の課題
6.1 持続可能な建築がもたらす生活環境の変化
環境デザインや持続可能な建築の普及によって、中国の都市生活は着実に変化しつつあります。まず都市住民の健康意識が向上し、「きれいな空気が吸える部屋」「夏も涼しく冬も暖かい家」「災害に強い安全な構造」など、本質的な住環境への関心が高まっています。これは単にエコであるだけでなく、暮らしの質の向上という視点でも価値が大きいです。
たとえば大都市では、空気清浄フィルターやCO2センサーを標準装備したマンション、コミュニティ内に菜園・公園・広場・遊歩道が整備された新興住宅地が人気です。また大規模オフィスビルでも、自然光の取り込みや休憩スペースの緑化、都市の騒音軽減のための高性能窓や壁面植栽が評価ポイントとなっています。「健康と環境が一体化した不動産」は、富裕層・中間層だけでなく、今や「普通の暮らし」として支持を集めています。
環境デザイン建築の波及効果は、都市外縁部や地方都市、郊外住宅地にも広がりつつあります。郊外の新興団地では、コモンスペースやエコ公園、教育施設や地域商業との複合開発など、「住むだけでなく地域全体の快適環境づくり」が意識され、持続可能な都市形成への重要な基盤となっています。
6.2 コスト・収益性と普及の障壁
しかし、現実には課題も少なくありません。まず、グリーンビルディングやスマート環境技術の導入にかかる「初期コスト」が高いという認識が根強くあります。特に中小デベロッパーや地方都市では、短期的な利益優先で建設される低コスト物件も多く、「将来的な省エネ・修繕費用の安さ」よりも「とりあえず安く建てる」が優先されがちです。
また、中国の多くの都市で、認証制度の運用や審査の人的リソースが十分でなく、形式的な認証取得や「見せかけだけの省エネ設備」といった“グリーンウォッシング”も指摘されています。質の高い技術者や運営管理人材の不足、入居者や利用者の環境リテラシー不足も普及のハードルです。
それでも、長期的にみればエネルギーコストの節減や資産価値の向上、トラブルリスクの低下など、持続可能な建築の収益性は徐々に理解され始め、中高価格帯の都市開発やオフィスビルは「グリーン認証」が標準化しつつあります。今後は政策的な補助や、ノウハウ普及、金融商品の拡充(グリーンローンやグリーンボンド等)が普及拡大のカギになります。
6.3 将来の都市計画・政策への提言
中国の環境デザインと持続可能な建築は、今後いよいよ都市政策や社会システム全体を再設計する段階に入ります。単発・単体の建物だけではなく、「地域一体でのエネルギー最適化」や、「都市構造全体での省資源・安全・快適性の追求」が必要となります。
具体的には、分譲マンションやオフィスビルだけでなく、公共交通機関やスーパー、公園、教育施設、医療センターなど、街全体の施設が一体的に省エネ・循環型運用を目指す「エコ・タウン」「ゼロエミッション・パーク」といったエリア開発を加速すべきです。また、地方都市と大都市の格差是正や、農村・郊外の快適化・魅力化(脱・一極集中)も重要テーマとなります。
政策面では、グリーンビルの認証基準のさらなる引き上げ、省エネ基準の義務化や、性能の低い既存住宅のリノベーション助成、新築よりリノベ重視の税制改革、建築関連教育の義務化など、包括的アプローチが必須です。「持続可能な都市チャレンジ」は、次世代の中国経済と社会の基幹テーマであり、行政・企業・住民が一体になって取り組むべき課題だといえるでしょう。
7. 日中の知見共有と日本への示唆
7.1 中国の経験と日本の現状比較
中国と日本は、都市化のプロセスや社会的課題に多くの共通点を持っています。しかし、それぞれの国情によって環境デザインや持続可能な建築へのアプローチも異なります。日本ではすでに住宅やビルの省エネ基準が比較的高く、高断熱・高気密、地震対策などが標準化されています。それに対し、中国は都市全体の「スピード開発」が特徴で、高層集中や新興都市の爆発的拡大にともなう環境課題への対応が中心です。
中国の事例で特徴的なのは、「政策主導のトップダウン」と「規模の大きさ」、そして「新技術の大胆な導入・普及力」です。数百万〜数千万規模の区画再開発や、世界最大級のスマートグリッド導入など、日本では考えられないスケールのプロジェクトが次々と実現しています。一方で、日本は個々の建物や街区単位での積み上げ型イノベーション、防災面での高い技術集約、歴史的建築の保存技術など、緻密で多様な経験が蓄積されています。
中国の「スピード感」「新技術の社会実装力」と、日本の「細やかさ」「長寿命・高品質志向」が互いに学び合うことで、両国の都市化・環境領域全体が進化できる可能性は十分にあります。
7.2 環境デザイン分野での日中協力の可能性
環境デザインや持続可能な建築の分野は、日中の協力・連携に絶大なポテンシャルを秘めています。たとえば、省エネ住宅リノベーションや既存団地の改修技術、コミュニティ緑化、豪雨洪水対策、老朽インフラの更新など、日本が得意とする分野は中国でも課題が多く、技術移転・共同プロジェクトが期待されます。
さらに、中国で急成長するスマートシティやIoT型エネルギーマネジメント、BIM・再エネ連携などのパイロット事業に、日本企業や自治体が参画し、現地でのノウハウ獲得や国際標準化を視野に入れた協力モデルを作ることも可能です。加えて、学術交流や人材育成プログラム、双方の環境認証制度の相互認証や、日中共通のサステナビリティ基準づくりも有益です。
民間レベルでも、サプライチェーン上のグリーン建材や省エネ設備の共同開発、材料性能評価や実証事業、脱炭素型まちづくり商品の共同展開など、多角的なwin-win協力が可能になっています。
7.3 日本の都市政策への応用と展望
中国の圧倒的なスケール感や最新テクノロジー大胆導入の事例は、日本の都市政策にも多くの示唆を与えています。日本においても、急激な少子高齢化や人口減少、新旧インフラの老朽化、再開発地域のスマート快適化など、喫緊の課題への対応が急務です。中国のスマートエネルギー都市や、BIM・IoT連動の複合施設運営、超大型エリアのゼロエミッション化などは、日本の今後の都市戦略に新たなヒントをもたらす可能性があります。
加えて、「エリア単位での省エネ・スマート化」や「持続可能×歴史保存」「新築よりリノベ・再生」といった潮流も、日本ならではの街づくりへ積極的に取り入れる価値があります。そして、都市経営だけでなく、生活者目線で「毎日を快適で健康に、未来の世代にも誇れる都市空間をつくる」意識を、行政・市民・企業が共有して取り組むことが、今後ますます重要となるでしょう。
まとめ
中国の環境デザインと持続可能な建築の軌跡は、単なる「流行」や「イベント対応」ではなく、社会・経済全体、ひいては21世紀型文明の進路を決める壮大なテーマと言えます。政策・テクノロジー・経済インセンティブ・市民参加、あらゆる側面で前進と課題が重層的に進行してきました。
日本と比べれば、まだ粗さや急ぎ足の部分、グリーンウォッシングなどの課題は多いですが、「21世紀型都市を最速・最大規模で現実化するチャレンジ」は、中国ならではの底力といえるでしょう。そして、日本こそが「じっくり・着実に・長寿命で・人と環境に本当にやさしい都市づくり」のお手本を世界に示す存在であり続けなければなりません。
この両国の経験と知恵、ノウハウや制度、テクノロジーの融合が、アジア全体はもちろん、地球規模でのサステナブルな未来を切りひらく突破口となっていくでしょう。「環境デザインと持続可能な建築」は、国境を越えて共有すべき知恵そのものです。日本も中国の成功・失敗の両面にしっかり学びながら、自国の都市・建築の未来像を真剣に描いていく時期を迎えています。