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   民宿と地域経済の活性化

中国における観光業の発展は目覚ましく、多様な旅行スタイルが人気を集めています。その中でも、ここ数年で急速に拡大してきたのが「民宿」産業です。民宿とは、個人や地域住民が自宅や地域の伝統的な建物を活用して運営する宿泊施設のことです。こうした民宿は都市部だけでなく、歴史ある古鎮や豊かな自然に囲まれた農村部など、さまざまな地域で登場し、地域経済や社会、文化に新たな活力をもたらしています。この記事では、中国の民宿産業の現状やその地域経済への影響、そして今後の展望について、具体例やデータを交えながら分かりやすく紹介します。

1. 民宿産業の現状と背景

目次

1.1 中国観光業の発展と新たな需要の出現

近年、中国国内の観光市場は爆発的な成長を遂げています。経済発展に伴う所得の増加や都市化の進展により、多くの中国人が旅行に出かけるようになりました。特にコロナウイルス感染症の流行以降、海外旅行が難しくなったため、国内旅行への需要はますます高まっています。中国交通運輸部のデータによれば、2023年の国内観光客数は延べ48億人以上に達したと報告されています。

このように旺盛な旅行需要を背景に、「ありきたりなホテルではなく、その土地ならではの個性的な宿で過ごしたい」という新たなニーズが若い世代を中心に増えています。昔ながらの古民家や農家を活用した民宿は、「特別な体験をしたい」「観光地だけでなく地域の生活文化を味わいたい」という旅行者の欲求を満たす存在へと進化しました。

また、ミレニアル世代やZ世代など新しい消費層が、自分たちのライフスタイルや価値観にマッチしたユニークな宿泊体験を重視する傾向も強まっています。最近は、伝統的な文化、地元食材、自然体験などを取り入れた特色ある民宿が次々と誕生しています。

1.2 民宿の定義と特徴

中国で言う「民宿(ミンシュー)」は、日本の民宿と似ている部分もありますが、概念がより幅広く、多様な形態が存在します。一般的には、個人もしくは地元住民が自宅や古民家、農家、廃校などの既存建物を改装し、ゲストを宿泊させる形態が主流です。観光地周辺や観光資源の豊富な地域、都市部の特色ある住宅街など、バリエーション豊かな立地があります。

民宿の最大の特徴は、その地域の生活文化やライフスタイルを身近に体感できる点です。オーナー自身が受け継いできた伝統的な家屋にゲストを招き、自慢の郷土料理や手作りの朝食をふるまうケースも多く見られます。建物自体に歴史的な価値がある場合は、一部をそのまま保存し、観光資源として訴求する事例も増加中です。

また、ゲスト一人ひとりのニーズに合わせた柔軟なサービスや、家族的な雰囲気でのもてなしも民宿の大きな魅力とされています。地元の農作業や伝統体験、料理教室の開催、周辺の観光ガイドサービスなど、多様な付加価値を提供することで、大手ホテルチェーンや無機質なビジネスホテルとは一線を画す存在になっています。

1.3 民宿市場の規模と成長動向

中国の民宿市場はこの10年ほどで急成長しています。民宿の数は2012年には数千軒ほどだったものが、2023年時点では30万軒を超えたといわれています。特に浙江省、福建省、雲南省、四川省など観光資源が豊かな地域や都市周辺の郊外エリアで民宿の新設が目立ちます。

取引金額・市場規模についても、2022年にはおよそ5000億元(約10兆円)規模に達し、毎年2桁以上の成長を続けているとの調査結果があります。Booking.comやAirbnbなどのグローバルOTAに加え、中国国内独自のプラットフォーム(例えば「途家」「蚂蚁短租」など)も活況で、稼働率の高い物件は人気観光シーズンには予約が数か月前から埋まるほどの人気を誇ります。

また、国家レベルでも民宿産業振興政策が打ち出されており、農村振興や地域活性化施策の目玉として民宿産業の発展を後押しする動きが強まっています。今後も中産階級の拡大や二次・三次都市への観光需要が増えることで、民宿市場の成長はしばらく続くと予想されています。

1.4 民宿事業者のタイプと運営形態

中国の民宿事業者にはさまざまなタイプがあります。まず伝統的なスタイルとして、小規模な家族経営があります。これは地元住民が個人宅の空き部屋を活用したり、祖父母時代から受け継いだ古民家を大切に手入れして宿泊施設として運営するパターンです。こうしたタイプは農村地域や歴史的建築物が残る観光地で多く見られます。

最近では、若い起業家やデザイナーなどが都市部や観光地で新しいコンセプトの民宿を立ち上げるケースも急増中です。例えば、アート・デザインを全面に打ち出した民宿、音楽や映画などテーマ性のある民宿、現代的な設備を備えたラグジュアリー民宿など、消費者の多様な要望に応える商品開発が行われています。彼らはSNSや動画配信を活用して話題づくりやブランド化を図るのが特徴です。

また、地元企業や都市資本が地域と連携し、複数の民宿をネットワーク化・ブランド化する動きも見られます。例えば一つの古鎮(歴史的な町並み)全体を民宿エリアとして再開発し、統一的なサービス提供やプロモーション活動を実施する事例があります。こうした団体経営・フランチャイズ型民宿は、品質管理や顧客対応体制をしっかり備えているのがメリットです。

2. 地域経済への直接的な影響

2.1 地元雇用の創出

民宿産業の拡大は直接的に地元雇用の増加に結びついています。小規模な民宿でも、顧客対応や清掃、食事提供などの業務に地元住民を雇用する必要が出てきます。また、多くの民宿では伝統料理や手作り体験を提供しているため、地元のお母さんたちや職人、農家の人たちが活躍する場になっています。

中規模・大規模な民宿や複数棟を展開するプロジェクトでは、受付スタッフやガイド、管理業務担当、イベントオーガナイザーなど、さまざまな職種の雇用が生まれています。浙江省・桐廬県のある人気民宿では、年間を通じて20名以上の地元住民が正規雇用され、繁忙期にはアルバイトやパートでさらに数十名が追加採用されるという例もあります。

特筆すべきは、農村地域での若年層・女性の雇用拡大効果が大きい点です。農閑期には出稼ぎを余儀なくされていた住民が、地元で安定した収入を得られるようになり、Uターン・Iターンを促す動きにもつながっています。農村振興政策と民宿産業の成長が相乗効果を生み出している現状です。

2.2 地元産品・サービス需要の拡大

民宿がもたらすもう一つの直接的な経済効果が、地元産品やサービスへの新たな需要創出です。民宿では地元食材を使った料理や手作りの朝食が人気となっており、近隣の農家や食品加工業者との取引が増加しています。例えば、雲南省のある民宿エリアでは、地元の野菜・茶・蜂蜜などの仕入れが大幅に伸び、民宿専用の農産物供給協会まで設立されました。

また、施設の改装や建物の修繕時にも地元工務店・職人の技術が活躍します。伝統建築技法や地域特有の素材の利用が求められるため、地場産業の技能継承やリノベーション技術の発展にも寄与しています。福建省の土楼(世界遺産)の一部は、現地の匠の手によって民宿として生まれ変わり、観光資源の再活用と地元経済の活性化に成功しました。

さらに、ガイドサービスやアクティビティ体験など地域密着型サービスの需要も高まっています。地元の歴史や風習を案内する観光ガイド、伝統工芸の体験講師、郷土料理教室の運営者など、多彩な新規ビジネスが生まれているのです。

2.3 地域財政への寄与(税収・投資)

民宿産業の発展は、地域財政面でもさまざまな価値をもたらしています。まず、民宿事業を営むことで現地に法人税や営業税などの税収が生じます。民宿市場が大きい地域では地元政府が民宿専用の管理規則や課税制度を設け、租税収入の拡大がおおいに期待されています。

さらに、民宿への投資やリノベーション事業を起点に、地域に新たな資本流入を生み出している点も注目です。たとえば、浙江省・莫干山エリアでは、都市資本や起業家による民宿への投資総額が5年間で20億元(約400億円)を超えました。これにより道路やインフラの整備、公共サービスの拡充など周辺地域の発展も促されています。

加えて、民宿による観光収入の増加が地域経済全体の底上げ効果をもたらしています。民宿の集積地では宿泊税や入場料、体験イベントの参加費など新たな収入源が生まれるため、各地で民宿事業への奨励政策が進められています。

2.4 観光客流入による周辺産業の連携効果

民宿に宿泊するために都市部や他地域から多くの観光客が訪れるようになると、周辺の飲食業、小売業、交通、観光案内など関連産業にも波及効果が広がります。特に、夜の飲食店や地元の特色を活かした土産店は、民宿利用者の増加に応じて売上が伸びる傾向にあります。

また、民宿の立地を活かして地域観光ツアーやアクティビティを組み合わせることで、地域全体としての集客力が強化されます。例えば、雲南省のある村では、民宿宿泊客をターゲットにした茶畑体験ツアーや伝統舞踊の観賞会が人気を呼んでおり、お土産品の売上増加や伝統芸能の振興につながっています。

こうした連携効果を最大化するため、複数の民宿がネットワークを組み、地域一体となったプロモーション活動やサービス向上のための取り組みも盛んです。特色ある観光地としてのブランディング効果が生まれ、地域の持続的発展を支えています。

3. 地域社会や文化への波及効果

3.1 伝統文化・建築物の保護と再利用

民宿事業の魅力のひとつは、古い民家や伝統的な建築物を再活用しながら保存する点です。たとえば、安徽省の西递・宏村など世界遺産にも登録されている古鎮地域では、明や清の時代の屋敷を改修して民宿として運営するケースが数多くあります。これにより、取り壊しが進んでいた歴史的建造物が次々と息を吹き返し、観光資源としても新たな価値が生まれました。

民宿として再利用されることで、伝統的な民家の建築技術や装飾、庭園様式などが後世に伝えられるだけでなく、地元の人びとが自分たちの文化を誇りに思うきっかけにもなっています。また、伝統行事や季節の祭りなども、民宿宿泊客との交流を通じて継承される例が増えています。

さらに、こうした取り組みは政府やNPOによる文化財保護活動とも連動しています。福建省の土楼群では、地元住民と専門家、観光事業者が協力して建物の補修や老朽化対策を定期的に実施し、世界遺産としての価値を守りながら活用しています。

3.2 地元住民との交流促進

民宿は「宿泊場所」としてだけでなく、旅行者と地元住民が気軽に触れあう交流の場にもなっています。オーナーが直接ゲストと食事や会話をともにすることで、日常生活や地域の習慣、行事への理解が深まります。たとえば、農繁期の土曜日にはみんなで田植え体験をしたり、地元のマーケットで食材を一緒に買い出しに行ったりと、短い滞在でも深い絆が築かれています。

こうした交流は、旅行者の滞在体験を豊かなものにするだけでなく、住民側にも外の世界の新しい文化や価値観を取り入れるきっかけを与えます。外国人観光客が多い地域の民宿では、英語や他言語を学ぶ地元の若者が増加するなど、教育や人材育成にも良い影響が出ています。

また、地方自治体や民宿経営者が主催する食事会や文化体験イベントは、住民全体の団結を強める効果もあり、地域社会の活性化に寄与しています。お祭りや市などコミュニティ活動と民宿利用がリンクすることで、地域ぐるみの温かいホスピタリティが生まれています。

3.3 地方独自の体験型観光の発展

中国では、「都市のストレスや喧騒から離れたい」という都会人のニーズに応える体験型観光を打ち出す民宿が急増中です。たとえば、雲南や貴州、四川などの農村部では、「農業体験」「手作り料理体験」「伝統工芸体験」などが民宿の定番オプションとなっています。これらは、都会の生活では味わえない「非日常」を楽しみたい現代人に大変人気です。

また、一部の民宿は「農村スローライフ」や「田舎暮らし体験」を売りにして、長期滞在型プランを充実させています。実際に、上海や北京など大都市の若年層が、短期バケーションとして農村民宿に滞在し、畑仕事や散歩、地元のお祭り参加など素朴な毎日を楽しんでいます。

さらに、民宿経営者自身が旅行者向けの体験メニューを自ら企画・運営するケースも増えており、観光資源が乏しい過疎地域で「体験型観光」が新たな地域ブランド創出のきっかけとなっている事例も多くみられます。

3.4 サステナビリティと観光マナーの促進

近年、中国国内でも「持続可能な観光(サステナブル・ツーリズム)」への意識が高まりつつあります。民宿経営者の中には、環境配慮型の運営や地産地消、ゴミ削減、節水などの取り組みを積極的に導入する動きが広がっています。例えば、浙江省のある民宿では、再生可能エネルギー設備やエコトイレを設置し、地元産素材のみを使った料理づくりなどを実践しています。

また、旅行者に対して「地域の文化財・自然に対するリスペクト」や「ゴミの持ち帰り」「騒音の禁止」など観光マナーを丁寧に伝える試みも増えています。地元の小学生が観光客向けに「エコツアー」の案内役として活躍する事例もあり、新たな地域教育プログラムとしても注目を集めています。

民宿には、“小さな規模だからこそ出来るきめ細やかな配慮”が根付きやすいという利点があります。そのため、観光公害の未然防止や地域住民との共生型観光のモデルケースとなる事例も少なくありません。今後は大規模観光開発にはない「顔の見える観光」が主流となることが期待されています。

4. 民宿ビジネスの成功要因と課題

4.1 サービスの質とホスピタリティ向上

民宿ビジネス成功のカギを握るのは、何よりも「サービスの質」と「ホスピタリティ」です。中国では民宿の数が急増したため、差別化やリピーター確保のために温かなおもてなしやきめ細やかなサービスが求められます。実際、カスタマーレビューサイトなどで「スタッフの親しみやすさ」「対応の丁寧さ」「心配り」が高く評価されている民宿ほど、稼働率や利用者満足度が高い傾向にあります。

加えて、施設の清潔さや備品の充実、顧客のニーズに応じた柔軟なサービスも重要です。例えば、小さな子ども連れの家族にはベビーベッドを用意したり、ペット連れ旅行者向けに専用設備を整えるなど、利用者目線に立った取り組みが差別化となります。

さらに、伝統文化や地元の特色を「体験」として織り込むことも大きな魅力です。食事やイベント、アクティビティに地元らしさを盛り込んだプログラムが、宿泊体験の価値を一段と高めてくれます。

4.2 IT・オンラインプラットフォームの活用

近年の民宿ビジネスの成長には、ITやオンラインプラットフォームの活用が欠かせません。中国ではBooking.comやAirbnbなど世界的な予約サイトに加え、地元ならではの宿泊予約プラットフォームが人気を集めています。これらのサイトを通じて、旅行者は希望条件や口コミ評価、写真を比較しながら迅速に予約できるため、民宿側もオンライン集客が重要になっています。

また、SNSやショート動画(抖音/TikTok、RED/小紅書など)を使った情報発信も大いに進んでいます。ユニークな内装や美味しい郷土料理、感動的な体験シーンを動画や写真で投稿することで、若い世代や都市部の旅行者に強いアピールができます。

その一方で、ネット予約上のトラブルや悪質な偽装民宿など、新たな課題も生まれています。そのため、本物かつ高品質な体験を保証するためのプラットフォーム審査や、レビュー内容の信頼性向上なども不可欠なテーマとなっています。

4.3 規制・法制度への対応

民宿産業の急拡大に対応し、各地でさまざまな法規制やガイドラインが整備されています。かつては「民宿=グレーゾーンの個人商売」と見なされた時期もありましたが、近年は安全・衛生基準を満たすための施設登録や、保険加入、税務申告などが義務化される地域も多くなっています。

例えば、消防法や感染症対策、食品衛生管理など、宿泊施設として最低限の基準をクリアする必要があります。さらに、地域コミュニティとの調和を重視した「住民同意制度」や「観光税の徴収」など法的義務も増加傾向です。

このような規制強化により、安心・安全な旅行環境を守りつつ、持続可能な運営モデルを構築することが今後の民宿ビジネスにとって不可欠です。一方で、中小事業者目線では手続きの煩雑化やコスト負担増という悩みもあり、政府による支援策やガイドライン整備への期待も高まっています。

4.4 持続可能な発展と競争力強化

民宿産業が今後も持続的に発展するためには、数の多さではなく「独自性」や「地域らしさ」を武器とした競争力の強化が重要です。人気観光地や有名都市周辺では、民宿の乱立や価格競争が起こり、経営が厳しい事例も出てきています。

そのため、地域資源や伝統文化、独自のストーリーをコンテンツ化し“ここにしかない体験”の提供がますます重要になります。例えば、地域特産品をテーマにした宿泊パックや、祭り・伝統工芸を組み合わせたイベント開催、長期滞在型サービスなど、宿泊+αの新価値を生み出す努力が求められています。

また、競争が激化する中で、グループ経営やブランド化、他業種とのコラボレーションによるシナジー創出も有効です。地域をあげたブランディング戦略やサービス基準の統一を通じて「選ばれる民宿エリア」へと進化していくことが期待されます。

5. 先進事例と地域活性化の実態

5.1 成功した地域別の民宿モデル

中国国内には、民宿を核にした地域活性化の成功事例が多数存在します。たとえば、浙江省の莫干山(モガンシャン)地区は、山間部のリゾート地として古民家リノベーション型民宿の一大集積地となっています。ここでは、1920年代の別荘や農家を洗練されたデザインでリノベーションし、豊かな自然環境や健康志向のライフスタイルと結びつけた“ここならではの体験”が人気を呼んでいます。

雲南省の沙溪古鎮では、地元の建築様式をそのまま残した民宿が点在し、歴史ある町並みと現代的な観光サービスが見事に調和しています。観光収入の増加に伴い、古い建物の保存・修復活動も活性化し、若い地元住民のUターン起業が相次いでいます。

また、福建省の永定土楼エリアでは、世界遺産にも登録されている伝統的な円形建築を活用した民宿が多く登場し、各地から建築マニアや文化体験を求める旅行者を集めています。地域全体でガイドツアーや伝統料理体験、民族ショーなどを連動させ、新たな観光経済圏が形成されつつあります。

5.2 イノベーティブな取り組みと地域協働

ある地域では、従来の“宿泊中心”モデルを越えた、「地域全体をホテルに見立てる」発想が生まれています。例えば、浙江省江山市の「下大沢村」では、村全体を一つの巨大な宿泊施設と位置付け、チェックインや食事、アクティビティを村中で分担して提供する仕組みを導入しています。この取り組みにより、村の全住民が案内役や体験プログラムの運営者として参加し、民宿経営体験を通じて高い収入を確保しています。

また、都市のIT企業と農村自治体が共同で民宿経営プラットフォームを開発し、オンラインとオフラインの融合型サービスを実現した事例もあります。これにより、小規模事業者でもネットワーク力を生かし、集客やプロモーション、新規体験商品の開発が効率化されました。

さらに、「クリエイター民宿」「テーマ民宿」「エコ民宿」など、多様なニッチ市場向けコンセプト開発も進んでおり、起業家やデザイナーの参入を後押ししています。地域資源の再発見と民宿産業の枠を越えた連携が、ダイナミックな地域活性化を生み出しています。

5.3 日中の民宿運営比較

中国の民宿と日本の民宿は、共通点も多い一方で、運営方法や利用者の考え方に違いも見られます。中国の民宿は「体験型」や「滞在型サービス」と結びつきやすく、大型宿泊予約サイトやSNS活用による爆発的な拡散力が強みです。異業種出身の新規参入やデザイナー、クリエイターの参画が目立ち、内装やサービスの多様化が顕著です。

一方、日本の民宿は長年にわたり「家族経営」や「旅館」の伝統が根付き、サービス品質の均質さやホスピタリティ、きめ細やかな対応が高く評価されています。規制面では日本の方が厳しく、食品衛生や消防法など法律の網が深い一方で、行政や地域コミュニティとの連携も進んでいます。

どちらの国でも課題となっているのは、急速な増加による「質の管理」や「地域生活との調和」です。今後はそれぞれの強みやノウハウを学び合い、新しいモデル作りにチャレンジする動きが加速するでしょう。

5.4 民宿を活かした地域ブランド化の事例

中国各地では、民宿を活かして「地域ブランド」づくりに成功した例が増えています。例えば、江西省・婺源(Wu Yuan)では、「中国一美しい村」としての自然景観と民宿体験がセットとなり 毎年多くの写真愛好家やエコツーリストを集めています。ここの民宿は地域の伝統建築様式を生かし、春の菜の花シーズンには予約困難な人気ぶりです。

もう一例、四川省・丹巴では、チベット族の伝統民家を改修した民宿を観光資源に転換。伝統装飾や民族舞踊体験、地元家庭との交流プランなどを通じて、「民族文化体験の聖地」として大きな注目を集めています。結果、民宿オーナーや地元農家の収入が飛躍的に増え、村全体の生活水準向上につながっています。

このような事例では、「地域の個性(ストーリー)」と「旅行者の期待する新体験」を両立させる工夫が不可欠です。民宿を起点に見たことのない地域文化を可視化し、持続的な経済循環を生み出すモデルが注目されています。

6. 日本への示唆と今後の展望

6.1 中国の経験から日本が学べる点

中国の民宿産業の進化や成功事例から、日本の地域活性化や観光戦略に生かせる学びは非常に多いです。例えば、「都市住民のニーズに合わせた体験型民宿」の開発や、「地元資源とデジタル技術を融合させた新たな観光商品」の創出などは、日本の農山漁村や過疎地域で応用しやすいモデルでしょう。

一方で、「コミュニティ全体で民宿事業に取り組むネットワーク型経営」や、「IT活用による効率的な集客・情報発信」、「地域資源のリノベーションと観光ブランド化」など、中国ならではの発想にも学ぶ余地が多くあります。これまでにない「地域ぐるみの民宿ビジネス」を模索するヒントになるでしょう。

また、成功事例だけでなく、急速な拡大による過当競争やサービス品質低下、規制対応の遅れといった「反面教師としての教訓」も日本の民宿業界にとって有意義な素材です。「量」より「質」へのシフトや持続可能な経営管理の重要性は、中日両国に共通する永遠のテーマといえます。

6.2 日中観光交流の深化展望

中国の民宿産業発展は、日本との観光交流面でも新たな可能性をもたらしています。中国人観光客は「宿での体験」「地域との交流」を重視する傾向があり、民宿や農家民泊など“顔の見えるおもてなし”が期待されています。地方自治体や民間が連携して中国語対応やデジタル化、体験型観光パッケージの拡充を進めれば、さらなるインバウンド需要の掘り起こしが期待できるでしょう。

また、日本人旅行者にとっても中国の民宿は大きな魅力です。チベット文化や四川、雲南など多民族の風習を体感できる民宿ツアーや、菜の花や棚田など素朴な風景とセットになった地域滞在型旅行など、これまでにない旅の形が注目を集めています。今後は、日中双方で「異なるバックグラウンドを持つ民宿経営者同士の交流」の場づくりや、「地域ブランド同士のコラボレーション」も進むと予測されます。

特にコロナ後の観光市場では、人とのふれあいや“感動体験”への欲求がさらに高まっているため、日中両国が民宿や地域観光モデルを軸とした「心の交流」を深化させる絶好のチャンスです。

6.3 持続可能な観光モデル構築への提言

今後の観光業・民宿産業の発展には、経済的利益だけでなく、「地域コミュニティ・文化の保全」「環境サステナビリティ」「多様性への配慮」などの総合的な視点を持つことが不可欠です。大量動員型観光による自然破壊や観光公害を防ぎながら、質の高いサービスや“地域の顔”が見える観光商品を育てていく取り組みが重要です。

具体的には、小規模な民宿や家族経営の強みを生かした「顔の見える観光」「多品種・少量・高付加価値」モデルの推進や、持続可能なビジネス管理(CSR・SDGs等)を意識した運営が期待されます。さらに、観光教育やエコツーリズムの普及、旅行者への啓蒙活動なども将来的課題です。

また、ITの活用とリアル体験の融合、新たな資本導入と共生型経営のバランスなど、多面的なアプローチが求められるでしょう。行政、企業、住民、旅行者といった“みんなで創る観光”への発展が、これからの時代にフィットした地域活性化のキーワードになります。

6.4 今後の地域経済活性化への期待

中国で進展している民宿産業の成長は、地域社会や産業、文化・生活にポジティブなインパクトをもたらしています。こうした成功事例や経験をベンチマークにしつつ、日本の各地域でも“その土地ならでは”の民宿ビジネスや交流型観光モデルを磨き上げ、持続的な経済循環や社会活力の創出につなげていくことが大切です。

今後はより多様なニーズに応える民宿・体験観光の開発や、地域コミュニティを主体とした協働型運営、ITやデジタルサービスのさらなる活用など、チャレンジとイノベーションが両立する時代へと進化することでしょう。そして、単なる「観光地化」だけでなく、「地域そのもの」をブランドとし、住民・旅行者双方が誇れる持続的発展モデルの確立が期待されます。

終わりに

中国民宿産業の進化は、地域経済の活性化と文化・社会の再発見を同時に成し遂げた稀有なモデルです。その背後には、新しい旅の形を求める現代人のニーズと、地元の人々の熱意と工夫がありました。これからの時代、どの国・地域においても「地域資源の価値」を見直し、持続可能な方法で活用する重要性はますます高まります。日本でも、民宿という小さな場から「地域まるごと元気にする」発想で、未来の観光や地域振興に挑戦していきましょう。

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