中国の製造業とサプライチェーンは、世界経済の変化を受けながら絶えず進化してきました。特に、貿易政策や国際情勢の動きによって、産業構造や企業戦略が大きく左右される場面が頻繁にみられます。中国は巨大な市場を持つと同時に、世界中への製品供給拠点としての役割も果たしているため、一国の政策転換が多くの国・企業に影響を及ぼします。そのため、日本企業を含む多くの関係者が中国の政策や産業の動きに注目し、リスクやチャンスを見極めながら事業を行っています。
本記事では、中国の貿易政策の歴史的な展開から、製造業への具体的な影響、米中対立やサプライチェーンの変化、そして日本企業およびサプライチェーンに与えるインパクトまで、多角的に詳しく解説します。さらに、今後の展望や課題、また持続可能性やESGの観点からも中国ビジネスの行方を追いかけていきます。
1. 中国の貿易政策の変遷
1.1 改革開放以降の貿易政策の歴史
1978年の改革開放は、中国の貿易政策にとってまさにエポックメイキングな出来事でした。それまでは計画経済体制のもとで対外貿易は厳しく制限されていましたが、鄧小平の指導の下、経済の自由化が本格的にスタートしました。この時期に打ち出された「沿海開放都市」や経済特区(深圳・珠海・厦門・汕頭など)の設置は、まず対外投資や先進技術受け入れを優先しました。こうした政策を通じて、多国籍企業の誘致を強化し、「世界の工場」と呼ばれる製造拠点への第一歩を踏み出しました。
1980年代以降は、関税率の引き下げや輸出入ライセンス制度の見直しが次々に進み、外国企業への参入障壁が徐々に低くなっていきました。特に、家電・電子製品などの消費財分野においては、外資系企業と合弁企業の設立が急増し、「中国=安価で高品質な作り手」というイメージが世界に定着するきっかけとなりました。
1990年代後半には、「双辺・多辺協定」への積極的な参加や、現地企業への技術移転政策の拡大が目立つようになります。中国国内では広範な規制緩和が行われ、輸送・金融・通信といった産業インフラも大幅に近代化されました。これらの流れは後々の急成長の下地を作り上げました。
1.2 WTO加盟とそのインパクト
2001年のWTO(世界貿易機関)加盟は、中国にとって歴史的転機となりました。WTO加盟によって、中国は世界の貿易ルールに正式に組み込まれ、各国との間で「最恵国待遇」を受けることが可能になりました。このことで、それまで国内産業保護のために維持されていた高関税や輸入割当てが次々と撤廃され、自由貿易の波が一気に押し寄せました。
特に大きなインパクトがあったのは、海外からの投資流入と輸出産業の爆発的な成長です。WTO加盟後、中国への外国直接投資は飛躍的に増加。サプライチェーンの国際分業が加速し、自動車、通信機器、機械、日用品などあらゆる分野で「MADE IN CHINA」製品が世界を席巻するようになります。2000年代の中国輸出額は、年率で20パーセント近くのペースで拡大し、中国経済成長の原動力になりました。
しかし一方で、世界標準への対応が求められ、製品の品質規制やIP権保護(知的財産権の保護)など、新たな国際ルール適合を図る必要も出てきました。これにより、中国企業の競争力は一層高まると同時に、質を重視した生産改革も進むきっかけとなりました。
1.3 近年の貿易自由化・規制強化動向
2010年代に入ると、経済の高度成長に伴い中国の貿易政策もさらに多様化します。一方で「自由化」と「規制強化」という、相反する二つの要素が同時に進行しているのが特徴です。輸出入規制や関税率のさらなる引き下げに加え、「一帯一路」政策によるアジア・アフリカ・ヨーロッパとの連携強化が進み、多国間フリー貿易協定への加入も活発になっています。
一方で、国内産業の保護や国有企業の強化、ハイテク分野やインフラ分野などでの外資規制強化が見られるようになりました。特に、半導体・AI・通信といった戦略的新産業分野では、安全保障を名目に投資規制が厳格化されています。こうした動きは、米中対立の激化もあって今後ますます拡大していくとみられます。
また、環境保護や労働者保護の観点からも、輸出製品に対する国際的な品質・安全基準への適合が問われています。中国政府はこれに対応するため、「エコ商品の推進」や「グリーンサプライチェーン」の構築を重視するようになりました。
1.4 地域経済連携協定への参加(RCEPなど)
最近の注目すべき動きの一つが、地域経済連携協定(Regional Comprehensive Economic Partnership:RCEP)への参加です。2020年に合意されたRCEPは、中国、日本、韓国、ASEAN諸国、オーストラリア、ニュージーランドなど15か国が参加する、世界最大規模の自由貿易協定となりました。関税障壁の段階的撤廃や原産地規則の統一、サービス・投資分野の自由化などが盛り込まれています。
RCEPの発効により、中国製造業はアジア域内での部品調達や製品供給がより効率的になるメリットがあり、サプライチェーン強化やコスト削減に大きく寄与しています。例えば中国の自動車部品メーカーは、ASEAN諸国からの部品調達コストが減少したことで、アジア全体の生産ネットワークの再構築が進んでいます。
中国はまた、「中国-ASEAN自由貿易区」(CAFTA)や「中韓FTA」といった二国間・多国間FTAへの積極参加も続けており、今後も地域主義的な経済関係構築が加速していくと考えられます。こうした協定は、日本企業にとってもアジアでの新たな事業展開やコスト競争力強化にもつながる重要な基盤と言えるでしょう。
2. 製造業における政策の具体的影響
2.1 輸出拡大と製品競争力の強化
中国の貿易政策、とりわけWTO加盟以降の自由化路線は、製造業の輸出拡大に決定的な役割を果たしました。例えば、衣料・靴・玩具などの伝統的な労働集約型産業だけではなく、家電や自動車部品、それにスマートフォンやパソコンなどのハイテク製品にも、その恩恵が広がりました。ヒット例としては、ファーウェイやレノボなどの中国ブランドが世界市場で台頭したことが挙げられます。
同時に、競争力の強化が強く求められるようになり、多くの国有・民間企業が技術導入や製品改良、高付加価値化を目指して改革を進めてきました。たとえば、韓国や台湾の電子部品メーカーと競り合う中で、品質やブランド力の向上が不可欠となり、多くの中国企業が海外技術者の招致や自社研究開発の強化に投資しています。
また、中国政府が輸出金融支援や輸出奨励策、輸出加工区などを次々と設置したことで、初期投資が大きい産業でも進出しやすくなりました。例えば、深圳の華強北エリアでは電子パーツのサプライチェーンが高度に分業化・集積化され、小規模企業でも世界各地に部品を輸出できる体制が整っています。
2.2 サプライチェーンの再編成と多様化
グローバル化が進むと同時に、製造業のサプライチェーンも複雑化し、より広域的なネットワークへの再編が進んでいます。特に近年、中国政府は「双循環戦略」を打ち出し、国内流通網と国際サプライチェーンの二本立てによる経済安定化を重視するようになりました。これは、外的ショックに強いサプライチェーンの構築を意図したもので、最近では米中対立やパンデミックの影響で、その重要性が一層高まっています。
たとえば、電子産業などでは、パーツ供給や組立の拠点が従来の沿海部から内陸部やベトナム、タイといった周辺国に分散する傾向が強まっています。これはコスト最適化だけでなく、地政学リスクの分散、サプライチェーン寸断時のリスク管理理由も大きいです。
さらに、中国国内でも「地域別の産業クラスター化」が意図的に進められています。広東省では電子機器、江蘇省では太陽光パネルや化学産業、四川省では航空宇宙など、それぞれの強みをいかした産業集積が生まれており、サプライチェーンの効率化と多様化が同時に進展しています。
2.3 環境規制とグリーン製造の推進
環境意識の高まりは中国でも無視できないテーマです。ここ数年、中国政府は大気汚染や水質汚濁、廃棄物問題に本格的に取り組み始めました。特に、製造業がエネルギー消費や排出ガスの主な発生源となっていることから、「グリーン製造」へのシフトが国策として位置づけられています。
具体的には、「排出権取引制度(カーボンクレジット)」の導入や、「エコ工場」指定、再生エネルギーの積極利用義務化などが進められています。例えば江蘇省・無錫市には、太陽光パネル製造の世界的クラスターが形成されており、多くのメーカーが生産工程の省エネ化やリサイクル原料の導入に取り組んでいます。
また、海外市場ではグリーン調達やエコラベルの取得が必須条件となる場合が増えており、中国の製造業は国際認証(ISO14001等)を積極的に取得し、環境負荷低減型製品の開発を進めています。こうした投資は短期的にはコストを伴いますが、中長期的には世界市場での優位性につながる競争力強化策と位置づけられています。
2.4 地域格差と産業クラスターの発展
中国は広大な国土と多様な経済構造を持っています。そのため、地域ごとに産業発展のスピードや強みが大きく異なるのが特徴です。東南沿海部(上海・広東・福建など)は早くから外資企業の進出が進み、高度な産業集積が進んできました。一方、内陸や西部地域では経済発展の遅れが見られ、大規模投資や産業誘致政策が重点的に行われています。
近年は、地区ごとの「特色産業クラスター」の形成が国家プロジェクトとして推進されています。例えば深圳市はハイテク産業、西安市は航空宇宙・電子、四川省成都は自動車・精密機械に特化するなど、それぞれの都市・地域に産業拠点が形成され、国内外企業の誘致や高度人材の集積が図られています。
ただし、こうしたクラスター形成にはいまだ地域間格差が存在し、インフラや教育水準の違い、労働力の質など様々な課題も残されています。そのため、中国政府は西部大開発政策や「一帯一路」構想の中で、内陸部への大規模インフラ投資や人材育成プログラムを打ち出して、全国規模での産業バランス是正を急いでいます。
3. 米中関係と保護主義の影響
3.1 貿易摩擦の発生要因と経緯
米中貿易摩擦は、2018年以降に大きな注目を集めるようになりました。その背景には、アメリカの大幅な対中貿易赤字や、知的財産権の保護問題、中国の産業政策(特に「中国製造2025」)への懸念がありました。当時のトランプ政権は中国に対し、高関税措置や非関税障壁の導入、先端分野での投資規制を次々と実施。中国も報復関税で応じたことで、本格的な貿易戦争に突入しました。
この貿易摩擦では、主に産業製品やハイテク商品が制裁対象となり、多くの企業が原材料調達や部品供給に支障を来しました。自動車や家電、IT機器など、グローバルなサプライチェーンが複雑に絡み合う分野ほど、その影響は甚大でした。
摩擦の背景には、単なる経済問題だけでなく、安全保障上のリスクや世界秩序の再編という大きな文脈が横たわっています。「一帯一路」や「デジタル・シルクロード」など、中国の地政学的拡大に警戒を深めるアメリカの姿勢が摩擦の長期化に拍車をかけています。
3.2 関税引き上げと中国製造業への影響
米中貿易戦争で最も顕著だったのは、関税引き上げによる中国製造業へのコスト増加です。アメリカ向け輸出製品の多く—例えばスマートフォン、家電、自動車部品、家具など—が最大25%近くの追加関税対象となり、価格競争力が大きく削がれました。これにより中国の輸出統計は一時落ち込み、特にアメリカの小売業者やOEM生産企業が苦境に陥りました。
一方で、一部の中国メーカーは製品の用途変更や東南アジア・メキシコへの組立移転などで対応。たとえば、家電メーカーのTCLやスマートフォン大手OPPOは、ベトナムやインドネシアに新工場を建設し、米国向け輸出拠点の「中国離れ」を積極的に進めました。これにより、表向きの貿易量は減少したものの、生産体制の弾力化という形で影響を緩和しています。
それでも、電子部品や高度精密装置など「完全な国内代替が難しい製品」についてはコスト転嫁が困難となり、中小企業への負担が一層大きくなりました。多くの企業が投資削減や生産見直しを余儀なくされた点は、現場の経営者にとっても深刻な課題です。
3.3 米中デカップリングと企業の対応
米中貿易戦争は、単なる関税問題だけでなく、グローバルサプライチェーンの根本的な「デカップリング(分断)」をも促しました。すなわち、中国依存からの脱却を目指して、多くの多国籍企業が生産・調達戦略を再構築し始めています。アップルやマイクロソフト、サムスンなど、先進国企業のサプライチェーン再編は代表例と言えるでしょう。
中国国内でも、外需頼みから内需主導型への転換を図る企業が増加しました。「中国市場向け」や「アセアン市場向け」に的を絞った商品開発・生産が活発になり、事業展開が従来より多様化しています。また、中国政府は外資企業への規制緩和や税優遇措置、国内自給自足体制の構築などを強化。国内市場のイノベーション競争が加速しています。
しかし、全ての企業が簡単に生産拠点やパートナーを移せるわけではありません。特に半導体など高度専門分野では、中国と欧米の相互依存が根強く、完全な分断は依然として現実的ではないとの見方も根強いです。そのため、「一部移管・一部残留」といった柔軟な戦略が主流になっています。
3.4 サプライチェーンのリスク分散戦略
米中摩擦のみならず、近年は新型コロナウイルス禍の経験もあり、サプライチェーンのリスク分散が一層注目されています。まず1つ目の動向は、「チャイナ・プラスワン」戦略の拡大です。メインの生産拠点は中国に置きつつも、第2拠点(プラスワン)をASEAN諸国やインド、メキシコへ分散させる動きが進んでいます。最近では、日系の自動車部品メーカーや家電メーカーもタイやベトナムへ積極進出しています。
2つ目の動きは、「在庫・物流拠点の多元化」です。以前は効率重視で「ジャストインタイム」生産方式が主流でしたが、コロナ禍以降は一定量の在庫確保や国内輸送網の強化、代替サプライヤーの開拓を進める企業が増えています。例えば、精密部品大手の村田製作所では、サプライヤーを中国だけでなくマレーシア、タイ等に拡大してリスク分散を図る取り組みが行われています。
3つ目は、ITやデータ管理の強化です。遠隔地の生産・調達管理や物流追跡をデジタル化し、サプライチェーン全体を可視化・最適化する事例が増加。中国政府も「スマートサプライチェーン」モデル都市を指定し、デジタル化による生産効率化への支援政策を強化しています。
4. 中国製造業の競争力強化政策
4.1 「中国製造2025」とその目標
中国政府は2015年に「中国製造2025」という大胆な産業政策を打ち出しました。この政策の最大の狙いは、「安価な加工・組立」から「先端技術・ハイエンド製造」国家への転換です。具体的には、次世代情報技術、ロボット、航空宇宙、グリーン車両、先進医療機器、新素材など10の重点産業分野の国際競争力強化が掲げられています。
「中国製造2025」では、イノベーション拠点の設置や産学連携強化、国家レベルのR&D予算拡充などが相次いで導入されています。例えば、深圳や上海には国家級のハイテク産業団地やイノベーションパークが次々と建設され、地元大学や海外研究機関との共同開発プロジェクトも多数実施されています。
また、この政策は米中摩擦の引き金にもなりました。アメリカ側は「中国が高度技術分野でアメリカを追い抜く」ことへの懸念を強め、半導体・AI等のハイテク貿易制限を強化しました。中国政府としては、逆風の中でも自前技術の育成や「自給自足」の加速を打ち出しています。
4.2 科技革新への投資と人材育成
技術革新への投資は、「中国製造2025」戦略の柱と言えます。中国は国家予算の大幅拡充により、AI、半導体、バイオテクノロジー等の先端分野で世界トップ水準の研究開発拠点を設置。例えば、清華大学や浙江大学、深セン大学などを中心に、年間数千億円規模のR&D投資が続けられています。
また、海外からの技術者や科学者の招へいには報奨金や特別研究基金なども設けられ、国際的な頭脳循環を強化。例えば、深センの「孔雀計画」では、「トップクラスのAI・IT人材」獲得のための優遇政策が導入され、現地企業と国際技術者との交流が活発化しています。
さらに、産業現場の高度化には現場レベルの技能者養成も不可欠です。各地の産業集積エリアでは、地元工科大学や職業訓練校と連携し、メカトロニクスやロボティクスのマイスター育成が制度化されています。こうした人材政策が、次世代中国製造業の競争力の鍵を握っています。
4.3 ハイエンド製造分野への転換
中国は「単純大量生産」から「ハイエンド製造」への転換を加速しています。まず特筆すべきは、EV(電気自動車)やAIロボット、先端医療機器など、国際市場で急成長する分野での投資拡大です。BYD(比亜迪)など中国系EV企業の世界進出は、まさにその象徴です。
同時に、国内メーカー同士の競争も激しくなっています。スマートフォンではファーウェイ、OPPOなどが国内外でアップルやサムスンに対抗。半導体分野ではSMIC(中芯国際集成電路製造)や華虹半導体など、自社開発による技術キャッチアップが加速しています。
一方で、超精密機械や航空宇宙などは欧米勢になお優位性がありますが、中国も長期的な開発投資を続け、2020年代半ばにはかなりの水準に追いついてきています。政府の大型補助金や市・省単位での先端産業化プロジェクトが日々推進されています。
4.4 海外直接投資とグローバル展開
国際化も中国製造業の大きな戦略テーマです。ボーダーレスな企業活動を進めるため、中国政府は「走出去(ゴー・グローバル)」政策で企業の海外直接投資(ODI)を促進しています。実際、電機大手ハイアールのアメリカ・欧州進出、建設機械ZPMCの世界港湾シェア拡大、家電大手美的集団のドイツ工場買収など、グローバルM&A事例が急増しました。
また、現地法人化や自社ブランド展開にも力が入れられていて、海外市場への「直接アクセス」と「現地生産」の流れが顕著です。ASEAN・欧州・米国における研究開発拠点やサービスセンターの設立、中国式スマート工場の輸出なども盛んです。これにより、為替リスクや貿易障壁にも柔軟に対応する体制づくりが進められています。
加えて、近年注目度が高まっているのが「技術移転型のODA(政府開発援助)」やグリーン投資。中国企業はアフリカや西アジア、中南米など新興市場でインフラ開発や高度製造技術の導入を積極展開しており、今後もグローバル製造業ネットワークの中核を目指す動きは加速すると予想されます。
5. 日本企業・サプライチェーンへの影響
5.1 日本企業の対中戦略とリスク管理
日本企業は長年、中国市場を極めて重要な成長エンジンと位置付けてきました。家電、機械、自動車、化学などあらゆる業界での現地進出が拡大し、JICA(国際協力機構)等のサポートで技術協力・人材交流も活発化しています。一方で、米中摩擦やサプライチェーン寸断リスクの顕在化を受け、戦略の再検討が不可欠となっています。
近年の象徴的な事例では、パナソニックやソニーが中国工場での生産規模を一部縮小し、東南アジアや日本国内への回帰を進めています。また、キヤノン等の精密機器メーカーは、「高付加価値製品は現地保守・低コスト品はASEAN生産」といったリスク分散型生産体制への移行を加速中です。
リスク管理の観点では、政治・為替・物流コスト・環境規制といった多面的リスクに備える組織体制強化が急務となっています。現地法規や労働慣行の変化も激しいため、法務・知財チームの現地強化や、短期契約制度の導入など柔軟な経営管理手法も求められるようになっています。
5.2 調達・生産拠点の見直しと現地化
サプライチェーンの再構築も、日本企業の大きな戦略課題です。従来は「コスト重視」で中国集中型の生産体制が主流でしたが、今では「リスク分散」や「現地市場向け製品開発」重視へのシフトが顕著です。
例えば、トヨタやホンダの自動車部品調達については、中国からインドネシア・タイ・ベトナムなど東南アジア拠点へのシフトが進められています。一方、「現地発想・現地開発・現地消費」を掲げ、現地ローカル向け製品デザイン・材料調達、販売ネットワークの現地化に注力する大手企業も増えています。
また、アパレルや日用品メーカーのような短納期・少量多品種型産業では、地域ごとの消費者ニーズ把握と在庫・物流の最適化が競争力の決め手となっています。ユニクロのような早期のデジタル化対応や、物流パートナーとの緊密連携などを通じて、多拠点経営のノウハウを蓄積し始めています。
5.3 新たな協業機会と競争環境の変化
中国の産業構造の高度化を逆手に取って、日本企業が新しい協業モデルやイノベーション連携を模索する動きも活発です。例えば、パナソニックやTDK、村田製作所などの先端素材・部品メーカーは、中国地場メーカーとのR&D共同開発や、EV・半導体関連での戦略提携を進めています。
また、クリーンエネルギーやスマートシティ、医療・介護分野など、社会課題解決型産業での日中共同プロジェクトが増加しています。特に北京・上海・深圳など大都市圏では、イノベーションパークやスタートアップインキュベーション施設に日本勢が参加し、Ventures Capital(VC)を含めた資金・人材交流がグローバル水準で進んでいます。
一方、市場競争もますます厳しくなっています。ローカル企業の技術向上や国有企業の優遇政策に対し、日系企業はブランド力・品質保証・サービス網強化を武器に独自のプレゼンス確保を目指しています。しかし、急速な価格競争や模倣リスクも高いため、技術差別化や商標・特許管理が不可欠な経営課題となっています。
5.4 持続可能なビジネス展開の模索
環境・社会課題への対応がグローバルで重要になってきた今、日本企業も中国現地でのサステナビリティ重視型ビジネスへの転換を急いでいます。環境性能型自動車やリサイクル材活用製品の現地生産、省エネ工場・再生エネルギー活用など、持続成長を意識した新規投資が急増しています。
例えば、リコーやキヤノンは現地でのリサイクルトナー工場を開設し、欧米向けの「グリーン基準」適合製品を中国生産で賄うビジネスモデルを構築中です。また、日系自動車メーカーはEVやハイブリッド車技術で現地市場拡大戦略を展開。中国地場メーカーやEVベンチャーと技術連携し、現地市場での存在感を強めています。
このような動きは、環境規制強化や現地消費者の価値観変化に対応する「ローカリゼーション」とも密接に関係しています。今後はサプライチェーン全体でのカーボンフットプリント管理やCSR投資など、日本発の先進的取り組みに中国現法やローカル企業も学ぶシナジーが期待されています。
6. 今後の展望と課題
6.1 グローバル貿易秩序の変化と対応
今後、グローバル貿易秩序は米中対立や保護主義台頭、サプライチェーンリスク、地政学的競合など、複雑でダイナミックな変化が続くと予想されます。中国はグローバル経済の牽引役として、一定のプレゼンスを保ち続けるでしょうが、一方で海外投資抑制や技術流出防止策も強まりつつあります。
日本企業にとっては「チャイナ・プラスワン」だけでなく、「チャイナ・ビヨンド(中国を両軸にした多国間展開)」も一つのキーワードになり得ます。サプライチェーン再構築やデジタル化、グローバル人材育成を進めることで、多様なリスク耐性を強化しつつ、新たな市場機会を模索する柔軟な戦略が不可欠です。
また、今後の注目分野としては、ユーラシア経済圏での物流整備・デジタル経済ネットワークの基盤づくり、アジア通貨管理、越境データ流通、グリーンサプライチェーンなど、従来型貿易とは一線を画す領域が台頭しています。こうした新分野での競争力醸成が、将来の成否を分けるでしょう。
6.2 サステナビリティおよびESGへの対応
環境・社会・ガバナンス(ESG)やサステナビリティは、今後世界の企業活動においてますます中心的なテーマとなります。中国政府も最近では「カーボンニュートラル(2060年宣言)」や、持続可能な成長戦略、グリーン投資の強化を掲げています。こうした世界的トレンドを受けて、サプライチェーン全体への環境負荷評価やエシカルビジネス、地域社会への貢献が競争力の新基準となっています。
日本企業も、グリーン調達やエネルギー効率化、サステナビリティレポートの公開など、現地法規対応だけでなくグローバル基準への適合を強化する必要があります。日中共同での再生エネルギープロジェクトや、業種横断型のサステナビリティフレームワーク構築もこれからの重要なテーマです。
また、ESG投資やグリーンボンドといった新たな資金調達手段の拡充も視野に入れるべきです。中国では行政主導のグリーン認証・インセンティブ導入が進められているため、日系企業はサイト選定や事業企画段階からサステナビリティ指標やデューデリジェンスを盛り込むことが今後の成否を分けると言えるでしょう。
6.3 中国の政策動向と日中連携の可能性
今後も中国の政策動向は日系企業や世界サプライチェーンの行方に大きなインパクトを与えます。一方で、膨大な市場規模とイノベーションエコシステムを持つ中国と、成熟したモノづくり技術や運用ノウハウを持つ日本との連携は、依然として大きなポテンシャルを秘めています。ヘルスケア、クリーンエネルギー、スマート社会、農業技術など、社会課題解決型分野でこそ双方が得意とする技術・知見を融合した新たな連携モデルが期待されています。
例えば、「日中産業協力フォーラム」や地方自治体レベルでの交流促進、産学連携や人的交流スキームの拡充など、幅広いフィールドで協業の余地があります。中国の政策側も、今後「質の高い対外開放」や外資企業との共同イノベーションを一層重視してくる見通しです。
ただし、先端技術分野では「データ移転制限」「産業安全保障」など規制強化の動きもあり、国家リスクの把握や法務・コンプライアンス強化が不可欠です。日中の相互信頼・イノベーション共創の推進には、政策対話や多層的な民間交流の拡充が欠かせません。
6.4 先端技術分野での国際競争の行方
半導体、AI、通信機器、バイオ、グリーンテクノロジーといった先端分野では、今後も激しい国際競争と寡占化が予想されます。中国は国産半導体プロジェクトやAI都市モデル等で欧米や日本との距離を縮めてきましたが、輸出規制や技術提携規制、知財摩擦などリスク要因は依然多い状況です。
今後のポイントは、「どこまで自前主義でいけるか」「どの分野で国際協調が実現可能か」になります。多国籍連携での国際標準づくりや、日米中欧を巻き込んだ技術規格競争が進む見通しです。たとえば、EVやグリーン素材、スマート農業関連では、日中協調の道筋も模索できますし、逆に安全保障分野では規制競争が続く可能性も否定できません。
また、今後は「人材・アイデア・データのグローバル循環」が競争力の源泉になります。日中それぞれの強み・リソースを持ち寄り、分野ごとに協業と競争を両立させる新たな国際環境が生まれるでしょう。
まとめ
中国の貿易政策や製造業は、世界経済の変化や各国との関係性を反映しつつ、目覚ましい進化を続けています。WTO加盟を契機にした製造業輸出拡大、RCEP等の地域連携によるサプライチェーン再構築、米中摩擦をきっかけとしたリスク管理発想への転換など、多くの局面で世界・日本とも密接に連動しています。
今後は「サステナビリティ」「グローバル規制」「地域共創」など新たな競争軸が一段と重要となっていきます。日本企業としては、リスク管理と機会活用の両面で柔軟な戦略構築を目指し、多様なステークホルダーとともに持続発展を模索していくことが欠かせません。日中双方の強みをいかした新たな産業協力に期待しつつ、未来志向の取り組みがこれまで以上に求められているといえるでしょう。