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   中国の観光業における国際競争

中国はその広大な国土と多様な文化、四千年以上の歴史、めざましい経済成長を背景に、世界の観光市場でますます存在感を高めています。特に近年、中国の観光業は目覚ましい発展を遂げており、アジアのみならず、世界中から多くの観光客を惹きつけています。一方で、国際競争も年々激化しており、日本や韓国、タイ、さらには欧米諸国ともさまざまな面で競い合っています。このような状況下で、中国の観光業がどのように発展し、どのような強み・弱みを持ち、今後どの方向に進もうとしているのかを具体的に紹介します。日中間の協力の可能性や、日本企業が手がけられる新たなビジネスチャンスについても詳しくお話しします。

中国の観光業における国際競争

目次

1. 中国観光業の現状とその発展

1.1 観光業の経済的重要性

中国の観光業は国民経済の中で非常に大きな役割を果たしています。中国政府の発表によると、観光業はGDPの10%前後を占めており、農業や自動車産業と並ぶ重要な産業の一つです。また、直接的・間接的な雇用創出の面でも極めて大きな効果をもたらしています。観光関連産業には、宿泊業や飲食業、交通、土産物販売、エンターテイメントなど幅広い分野が含まれており、地方経済の活性化にも大きく貢献しています。

たとえば、2023年の中国の国内観光収入は約4兆元(日本円で約80兆円)に達しました。コロナ禍からの回復も早く、中国人の国内旅行需要が再び高まりつつあります。こうした中、観光業は地域格差の縮小や貧困対策の重要な手段にもなっています。特に、歴史的な町や農村部では、観光が新たな職を生み、若者のUターンを後押しするケースも多く見られます。

国際観光についても、観光業は中国のソフトパワーや国家イメージを向上させる重要な役割を果たしています。外国人観光客を増やすことで中国文化の発信力が高まり、経済活動の多様化が実現できます。さらに、ビジネス観光やMICE(企業会議・大型イベント)の増加は、中国が「世界に開かれた国」であることを示すシンボルともなっています。

1.2 国内外観光客の動向

中国における観光市場は非常に巨大で、年間延べ60億回を超える国内旅行が行われています。国民の収入向上や交通インフラの発展、情報化社会の進展によって、旅行がより身近なものとなりました。春節(旧正月)、国慶節(建国記念日)、夏休みなど、長期休暇が重なるシーズンには、どの観光地も国内旅行客で溢れ返ります。有名な観光地である北京の故宮や、上海の外灘、西安の兵馬俑、桂林のリバーツーリングなどが特に人気です。

一方で、国外旅行への関心も非常に高く、世界最大のアウトバウンド旅行市場とも言われています。中国人観光客は日本、韓国、タイ、シンガポールなどアジア近隣諸国だけでなく、ヨーロッパやアメリカ、オーストラリアへも大挙して訪れています。近年はコロナ禍による渡航制限で減少したものの、再び国外旅行熱が高まっており、各国が「中国人観光客の取り込み」をめぐって熾烈な競争を繰り広げています。

外国人観光客の流入については、依然として伸び代があり、2019年時点で中国を訪れる外国人はわずか約1.4億人でしたが、今後さらなる増加が期待されています。以前よりも多様な国・地域から観光客が訪れるようになり、ビジネス目的、文化体験、自然景観観光、スポーツイベントや大型国際展示会を目的とする層が拡大しています。

1.3 観光インフラの整備状況

中国の観光インフラ整備は急速に進化しています。高鉄(中国の新幹線網)は世界一の規模を誇り、中国各地の主要都市や観光地を結んでいます。例えば、北京―上海間は約4時間半、北京―西安間も約5時間で移動でき、その利便性の高さは多くの旅行者から支持されています。また、空港の新設・拡張も活発で、北京大興国際空港、広州白雲空港、上海浦東空港などは国際的な利用者の受け入れ体制も充実しています。

さらに、ホテルチェーンの進出や、観光地周辺施設の整備が進み、観光客が快適に滞在できる環境が急速に整いつつあります。外国語対応の案内表示や、キャッシュレス決済、オンライン予約サービス、デジタルガイドなど、新しいテクノロジーも積極的に導入されています。特に大都市におけるインフラ整備は進んでいますが、農村部や内陸部でも観光専用道路や宿泊施設の拡充が続いています。

今後は、自然環境や文化遺産を守りながら観光インフラを持続的に発展させることが課題となっています。観光地の景観保護や環境負荷の低減、歴史的建造物と周辺開発のバランスなど、先進国の取り組みに学びつつ、中国独自の施策も打ち出されています。

1.4 観光産業を支える政策

中国政府は観光業を国家戦略の一つとして位置づけ、様々な政策支援を行っています。「国家観光発展規画」「観光強国建設行動計画」などの長期ビジョンを示す政策が打ち出され、観光地の整備、広報活動、観光人材の育成、デジタル観光の推進など多岐にわたる分野で国家支援がなされています。さらに、観光発展モデル地区(観光自由貿易試験区)の指定や、地域連携による観光圏域の開発も進められています。

インバウンド観光促進のため、ビザ発給手続きの緩和や、国際直行便の増便、仮想電子ビザの導入など、外国人観光客の受け入れをサポートする措置も拡充されつつあります。2023年には、日本や韓国など一部の国を対象とした入国ビザ免除措置が一部導入され、今後はさらなる簡便化が見込まれています。

また、地方自治体も独自の観光振興策を積極的に展開しています。たとえば、雲南省は少数民族文化体験、福建省の武夷山は世界遺産と茶文化、内蒙古自治区では草原観光など、それぞれの地域資源を活かした観光開発が行われています。今後は、グリーンツーリズムや健康・医療観光といった新しい分野への政策的支援も期待されています。


2. 国際観光市場における中国の地位

2.1 アジア地域での影響力

中国はアジア地域において圧倒的な観光大国として、その存在感はますます強まっています。2023年にはコロナ禍からの回復もあり、アジア圏との人的交流が再活性化しました。中国からのアウトバウンド観光客は年間約1億人を超え、近隣の日本・韓国・タイ・シンガポールなどの観光産業の成長に大きく貢献しています。逆に、アジア諸国から中国へのインバウンド需要も増えており、2019年時点のデータでは訪中観光客の約60%がアジア地域から訪れています。

また、アジア各国の観光展やMICE(国際会議・展示会)でも中国は主要な参加国となっており、官民合同のプロモーション活動が積極的に展開されています。香港、マカオ、台湾との観光交流も頻繁に行われており、特にビジネス観光や親族訪問、ショッピング観光など多様な交流スタイルが見られます。

中国はアジア各国との観光協力枠組みも強化しており、例えば「中日韓観光交流年」や「ASEAN+3観光大臣会合」など、マルチな取り組みを通じて観光業発展に向け地域協調を推進しています。こうした施策はアジア全体の観光産業の底上げにも寄与しており、中国がアジア観光市場の「ハブ」としての地位を固めつつあります。

2.2 欧米諸国との比較

欧米諸国は伝統的に観光立国政策や観光地ブランディングに長けており、観光業の国際競争力は非常に高いです。たとえばフランスやスペイン、イタリア、アメリカなどは、長年にわたり多くの外国人観光客を受け入れ、都市観光・文化観光・自然観光ともに世界トップレベルの魅力を持っています。中国もこれらの国々との競争を意識し、独自の強みを強化しようとしています。

中国が欧米諸国と比較して優位な点は、やはり巨大な市場規模や都市の多様性、伝統文化の深さです。一方で、欧米の観光地のような「世界ブランド力」や「長い間培われた観光インフラ・ホスピタリティ」、そして「多様なサービス品質」では課題も残ります。また、英語対応や外国人向けのサービスに関しては、欧米に一日の長があるのは否めません。

しかし、近年は北京や上海、杭州、西安など大都市を中心に国際的なラグジュアリーホテルやグローバルレストランチェーンの進出も進んでおり、「世界のどこでも快適なサービスが受けられる」環境づくりが急速に進んでいます。中国の歴史遺産や地方都市の魅力と、欧米型の観光サービスをどう組み合わせていくかが今後の成長のカギになるでしょう。

2.3 世界観光客数ランキング

世界観光機関(UNWTO)のランキングによると、中国は「受け入れ」でも「送り出し」でも世界の上位にランクインしています。2019年(コロナ禍前)のデータでは、外国人観光客数で世界第4位、観光収入では第2位となりました。送り出し側(アウトバウンド)では、世界最大の旅行者数を誇り、消費額においても圧倒的な1位です。

特に近年、観光客受け入れ数が急速に増加している中国の主要都市としては、北京・上海・広州・成都・深センなどが挙げられます。なかでも北京の故宮博物院は世界有数の来館者数を誇り、上海ディズニーランドや広州の広東オペラ座など、近代的なエンターテイメント施設も人気が高いです。また、黄山や九寨溝などの世界自然遺産も世界中の自然愛好家に注目されています。

今後は、外国人観光客数ランキングでアメリカやフランス、スペインなどとどこまで肩を並べられるかが注目されます。都市部だけでなく、内陸部や少数民族地域、ユニークな自然景観をどうプロモーションしていくかが、さらなるランクアップへのカギとなるでしょう。

2.4 外国人観光客の受け入れ態勢

外国人観光客受け入れのための環境整備は、ここ数年で飛躍的に進められています。まず、空路・鉄道・バスなどの交通インフラが国際標準レベルにまで向上しています。主要都市の国際空港では多言語案内板や無料Wi-Fi、外国人向けインフォメーションセンターの設置が広がっています。また、人気観光地では外国人向けの英語・日本語・韓国語ガイドツアーや音声ガイドサービスもどんどん普及しています。

それ以外にも、キャッシュレス社会の普及が進み、アリペイやウィーチャットペイといった電子マネーが外国人観光客も利用できるようになるなど、観光客の利便性が大幅に向上しました。宿泊施設やレストランでは外国人スタッフを増やすほか、ムスリム向けやベジタリアンメニュー、アレルギー対応といった多様なニーズにもきめ細かく応えています。

課題としては、地方都市を中心に英語力や外国人対応のノウハウがまだ不十分であること、観光情報のデジタル化・海外向けPRの強化、観光交通システムの一体化などが挙げられます。安全性・治安面での懸念も根強いため、観光警察の増員やトラブル時のサポート体制の強化なども進められています。今後は、「どの国の観光客でも安心して楽しめる中国」を目指す取り組みがさらに重要になるでしょう。


3. 競争力の要因分析

3.1 観光資源の多様性

中国の観光資源は極めて多様です。北は万里の長城、南は海南島のビーチリゾート、西はチベット高原、東は都市景観といったように、広大な国土を活かしたさまざまな観光スタイルが用意されています。自然遺産では九寨溝の美しい湖と滝、黄山や張家界(映画「アバター」のモデルにもなった奇岩)、桂林のカルスト地形など、世界的にも珍しい絶景が点在しています。

文化遺産も豊富で、故宮や天壇、兵馬俑、大足石刻、敦煌莫高窟など、ユネスコ世界遺産に登録されたスポットは40箇所以上にのぼります。伝統的な祭りや少数民族の文化、漢方医療・武術・書道など、都市部・農村部それぞれに魅力的な体験プログラムが揃っています。最近ではアグリツーリズムやエコツーリズム、歴史・映画ロケ地体験、健康・美容目的のツアーなど、多様なニーズに応える新しい観光資源の開発も活発です。

キャンピングやサイクリングなどのアクティブツーリズム、伝統文化の手習いや料理教室といった参加型体験、香港マカオ珠海を結ぶ橋を使った湾区観光といった新しい観光商品も生まれています。この「多様性」こそが、中国観光業最大の強みの一つと言えるでしょう。

3.2 文化・歴史的魅力の活用

中国は、約4000年にも及ぶ壮大な歴史から育まれた独自の文化資源を最大限に活用しています。近年では、映画やドラマを活用した「フィルムツーリズム」、伝統芸能やアートフェスティバル、食文化体験など、文化・歴史をテーマにした観光商品の開発が盛んです。有名な例としては、北京の「故宮夜間開放」、浙江省の「宋城千古情ショー」、西安の「唐代文化体験街」、敦煌の「デジタルドーム映像アート」などがあります。

各地の伝統祭りも、観光資源として積極的にプロモーションされています。例えば、広州の「春節ランタンフェスティバル」、雲南の「水かけ祭」、チベットの「ショトゥン祭」などは、国内外の観光客の間で高い人気を誇っています。また、少数民族の村では伝統衣装体験や手工芸ワークショップなども盛んに行われており、インバウンド観光の目玉となっています。

ITやデジタル技術を使った歴史遺跡のカスタマイズ体験も広がりつつあります。例えば故宮では、拡張現実(AR)や仮想現実(VR)といった最新技術を使い、歴史に「没入」できる仕組みも導入されています。文化・歴史の深さや多様性は、中国観光のブランド価値を一段と高める要素になっています。

3.3 価格競争力とコスト構造

中国の観光業は、他国と比べて価格競争力が高いという点も大きな特徴です。新幹線や航空路線の運賃、ホテル・旅館の宿泊費、現地での食事代や観光施設の入場料も、多くのエリアで比較的リーズナブルになっています。特に地方都市や農村観光では、都市部よりもコストを抑えた旅行体験ができるため、富裕層から若者・ファミリー・バックパッカーまで幅広い層に人気です。

また、中国は自国産の農産物や食材、工芸品が豊富で、現地での購買コストも抑えられています。鉄道やバスの交通網も国家政策で整備されており、地方へのアクセスもリーズナブルです。その一方、高級ホテルやテーマパークなどグレードの高いサービスにはしっかりとした価格設定がなされており、旅行者のニーズや予算に応じた多様な選択肢が用意されています。

割引クーポンやセットチケット、オンライン販売サイト・アプリの活用など、消費者がコスパよく旅行できる仕組みも次々と登場しています。コスト構造の柔軟性は、国内外問わずさまざまな消費者層を呼び込む上で大きな強みとなっています。

3.4 サービス品質とホスピタリティ向上

観光サービスの品質向上やホスピタリティの強化も、国際競争を勝ち抜くための重要なポイントです。中国は「世界標準のサービス」を目標に掲げ、外資系ホテルチェーンやグローバルな飲食ブランドとの提携を加速させています。特に都市部では、英語対応スタッフや多言語案内表示、清潔な設備や丁寧な接客といった「安心感」を意識したサービス提供が一般化しつつあります。

また、政府主導で観光従業員の資格制度やスキルアップ研修が導入されており、現場のサービス力向上にも力が入れられています。全国観光ガイド資格試験、ホテルサービス認定制度、地域おもてなし推進キャンペーンなど、着実に成果が現れ始めました。デジタル技術による混雑情報の提供や、即時のクレーム対応システム、緊急医療対応の拡充など、旅行者目線のきめ細かなサービスも進化を遂げています。

一方で、地方都市や農村部では、接客態度やサービス品質に課題が残る場合も少なくありません。そのため、今後は「都市と地方の格差是正」や、「多文化・多国籍観光客向けホスピタリティ」の向上が大きなテーマになるでしょう。訪れる人すべてが安心して楽しめるホスピタリティの実現が、国際競争力のカギを握っています。


4. 主要競争国との比較

4.1 日本および韓国の観光戦略

日本は「おもてなし」というブランドと、四季折々の自然、美食、文化遺産などを活かした観光戦略で成功を収めてきました。近年ではアニメやマンガ、伝統工芸やサステナブル観光、地域の独自資源を生かした観光地プロモーションが目立ちます。政府による観光立国実現戦略やビザ緩和政策、全国各地でのインバウンド誘致キャンペーンの展開、全国規模でのデジタル化推進も見逃せません。

韓国は「韓流(K-POPやドラマ)」の世界的ブームを活かし、若者層から中高年まで幅広い観光客を呼び込んでいます。ソウル、釜山、済州島など都市ごとの特色を活かし、ショッピング、食、伝統文化体験、医療観光、ビューティーツーリズムなど、テーマ性の強い観光資源を磨いています。特に近年はキャッシュレス決済、SIMフリー環境、多言語表示、AI案内ロボットなど、観光テックへの投資・導入も迅速です。

中国はこれらの国々の「ブランド力」や「ユニーク体験」、きめ細かなサービスから多くを学びつつ、自己の観光資源をグローバルに発信する取り組みを強化しています。一方、中国本土は「規模」「多様性」「インフラ力」で一歩リードしており、日本や韓国と相互に刺激し合いながら観光業の国際競争が激化しています。

4.2 タイや東南アジア諸国との比較

タイやベトナム、マレーシア、インドネシアなど東南アジア各国も観光大国として知られています。特にタイはビーチリゾート、仏教文化、美食、リーズナブルな価格設定などで欧米・中東・アジアから観光客を集めています。バンコク、プーケット、チェンマイなどは日本人にも人気が高いです。タイ政府はオンライン観光ビザの導入や、観光産業専門職の育成、プロモーション動画の海外配信など、「おもてなしとプロモーション力」の強化に注力しています。

ベトナムは世界遺産のハロン湾や古都ホイアン、メコンデルタのエコツーリズム、カフェ文化・料理体験などを武器に急成長中です。マレーシアやシンガポール、インドネシアも多民族文化・エコ・マリンリゾート・MICEなど多様な分野で競争を繰り広げています。

中国はこれらの国々と比べ、都市観光と地方・自然エリア観光のバランス、多様な物価帯選択肢、巨大な国内旅行需要で優位性を持ちますが、多言語サービスや国際マーケティング、ホスピタリティなどの「細かいサービス」で東南アジア勢から学べる点も多いです。特に、観光資源のローカライズや、文化体験プログラムの「本物感」と「参加しやすさ」をどう両立するかが今後の課題になりそうです。

4.3 欧米先進諸国の取り組み

ヨーロッパやアメリカ、オーストラリアなどの先進国は、観光分野で世界トップクラスの競争力を持っています。フランスは「芸術」「歴史建造物」「美食」、スペインは「リゾート」「情熱的な祭り」「タパス文化」、イタリアは「ルネサンス芸術」「遺跡」「グルメ観光」など、国ごとに明確な観光イメージを打ち出しています。実際、フランスの年間観光客数は1億人を超え、観光収入でも世界トップです。

また、欧米諸国はオンラインプロモーションや観光地パッケージ化、多様な移動手段の提供、バリアフリー対応、サステナビリティ推進など、多方面でイノベーションを積み重ねています。ロンドンやパリ、ローマ、ニューヨーク、ロサンゼルス、シドニーなどは「国際ブランド都市」としてダイナミックな観光客誘致策を講じ、航空会社・ホテル系列もグローバル連携を重視しています。

中国は都市サイズや伝統文化、独自の観光資源では引けを取りませんが、「国際感覚」と「ブランドイメージ構築」、「旅全体のシナリオづくり」という視点では、まだ学ぶべき点が残っています。とはいえ、中国独自の新旧混在した都市景観や歴史の厚みに惹かれる観光客も確実に増えており、欧米流の輸入と独自色の打ち出しの「バランス」が今後の国際競争のカギになりそうです。

4.4 ライバル国との強み・弱み分析

中国の強みは、まずその広大な市場規模と、国内外から観光客を呼び込む多様な観光資源にあります。点ではなく面、多様性と規模の両方を兼ね備えるのは中国ならではです。さらに、急速に発展している交通インフラ、合理的な価格設定、地方都市や農村部まで波及する政府主導の観光開発といった点も強みです。

一方で、弱みとしては「ブランドイメージの一貫性」「外国人向けのホスピタリティ」「文化や言語の壁」「サービス品質のばらつき」などが挙げられます。とくに、地方都市や農村部では観光従業員のサービス研修不足、環境保全や観光地管理・マナー意識など「ソフト面の課題」が浮き彫りとなっています。

今後は、ライバル国の成功事例を柔軟に取り入れつつ、中国独自の文化や経済力、デジタル技術を最大限に活用して「中国でしか体験できない観光体験」をいかに磨き上げられるかが、国際観光競争を勝ち抜くカギです。


5. 中国観光業の課題と挑戦

5.1 観光資源の持続可能性

近年、中国の観光業界でも「持続可能な観光(サステナブル・ツーリズム)」の重要性が高まっています。急増する観光客に伴い、人気観光地では生態系や景観の保全が課題となっており、過剰な観光開発がもたらす環境破壊やゴミ問題がクローズアップされています。例えば張家界や九寨溝では一時期入場者数を制限し、自然環境の再生を促す措置がとられました。

また、文化遺産の保護も大きなテーマです。故宮や兵馬俑、歴史的な古鎮(昔の街並みが残る街)などでの保存修復、ライトアップや一部エリアの非公開化、サステナブル建材の使用など、国内外の専門機関と連携した保護対策が進められています。観光客のマナー啓発や、地元住民と観光開発の利害調整といった「社会的サステナビリティ」にも配慮した動きも活発です。

今後は、観光収入を単純に追い求めるのではなく、観光の恩恵が地域住民の暮らしや、未来世代のための資源保護と両立できるよう、観光開発の「質」をどう担保するかが試されます。地方小規模エリアの観光分散、グリーンツーリズムや新しい旅行スタイルの普及といった動きも拡大が期待されています。

5.2 国際的なブランドイメージ構築

中国観光の国際的なブランドイメージ構築は、今なお大きな課題の一つです。欧米や日本など多くの競争国は、「一度は訪れたい」という憧れ的なブランドを育ててきましたが、中国は都市景観の印象や現代政治的イメージなどで誤解されることもあり、「ネガティブイメージ払拭」と「ポジティブブランドの浸透」の両面強化が欠かせません。

また、海外向けのPRに関しても、これまでの政府主導型の公式キャンペーンだけでなく、SNSや動画配信など個人発信を巻き込んだ「多チャネル型プロモーション戦略」を積極化する必要があります。2023年には故宮のショート動画や雲南・貴州の絶景写真がTikTokやインスタグラムでバズるケースも増えました。「一度は中国で本場の○○を体験したい!」という“なりたい自分像”を観光に結び付けるストーリー設計が今後不可欠です。

ロゴやキャッチコピー、VI(ビジュアル・アイデンティティ)、観光アンバサダーの起用など、長期にわたるブランド構築のためには、国際マーケティング専門家との連携や、観光客の声を活かした柔軟な舵取りも重要となります。

5.3 言語・文化の壁

外国人観光客の増加に伴い「言語・文化の壁」は避けて通れない課題です。多くの競争国が多言語対応のガイドシステムや案内板、外国語対応スタッフを増やしているのに対し、中国では都市部を除き、英語や日本語など外国語対応が十分とは言えません。観光ガイド輸出や海外研修、生の声を活かした「学び続ける」仕組みが今後一層必要です。

また、一部の地域では「文化の違いから生じる誤解」や「宗教・食生活への配慮不足」といった問題も指摘されています。2019年~2023年にかけて実施された「ムスリム観光客対応プロジェクト」や「ユダヤ人観光客向け食対応」など、新たなトレーニングやサービスモデルも徐々に開発されています。一方で、中国語や中国独特の習慣を「体験」として楽しめる逆転の発想(言語体験プログラムや書道・茶道体験など)も注目されるようになっています。

外資系ホテルや大型観光施設では、多言語AIチャットボット、機械翻訳端末の導入も進んでいますが、自然な「対話型おもてなし」や柔軟で温かなサービスの構築が今後のキーポイントです。

5.4 治安と観光客の安全確保

観光産業において最優先されるのは「安全安心」です。幸い中国国内の治安は世界的に見ても高い水準ですが、一部の観光地や繁華街ではスリ・ぼったくり・違法ガイド・Taxiトラブルなどが報告されています。また大規模イベント・自然災害・感染症対策など、突発リスク対応も不可欠です。

政府は観光警察の拡充やセキュリティカメラの増設、オンラインでの緊急対応窓口、「110・120」など短縮ダイヤルの多言語化、旅行会社・ホテルによる安全指導の義務化など、全方位で対策を打ち出しています。大都市では実際に外国人観光客向けトラブル相談窓口や、健康・緊急医療対応センターも稼働し始めています。

また、安全対策の一環として、適正な認可を受けた旅行会社やガイドを選ぶことができる公式アプリや、トラブル発生時のサポート一括サービスなども展開中です。透明性や安心感のある利用体験を継続的に強化していくことが、「訪れる価値ある国」としての信頼感につながっていくでしょう。


6. 今後の成長戦略と展望

6.1 デジタル技術の活用

近年、中国は観光分野におけるデジタル化を急速に推進しています。例えばオンライン予約サービスやモバイルチケット、キャッシュレス決済、観光地の混雑状況リアルタイム配信など、旅行者の利便性を飛躍的に高めるデジタルサービスが次々に誕生しています。大手OTA(オンライン旅行代理店)アプリや、公式観光地アプリ、地図・交通ナビ、翻訳アプリなども日常的に活用されています。

また、AR(拡張現実)、VR(仮想現実)、AIガイドなど最新技術の現場導入が進んでおり、観光遺産やミュージアムの「新しい楽しみ方」として世界からの注目も集まっています。上海ディズニーや広州の展示会、故宮や張家界など主要観光地では、デジタル体験コンテンツやオンラインインタラクティブガイドが評価されています。

今後はメタバースや顔認証技術、スマートシティ型観光情報システムといった次世代テクノロジーも本格化することでしょう。旅行前から帰宅後まで一気通貫のデジタルサービスを提供し、「中国観光の新しい日常」となることが期待されています。

6.2 インバウンド・アウトバウンド観光の推進

中国の観光産業は「国内旅行(インバウンド)」と「海外旅行(アウトバウンド)」両面で成長戦略を描いています。インバウンドでは、外国人観光客の受け入れ拡大と多様化、観光資源・ルートのプロモーション、ビザ緩和・多言語化・国際線強化・外国人向け交通利便性アップなど、外需の新たな取り込みに積極的です。

アウトバウンドにおいては、国民の所得増加、パスポート取得者の大幅な増加、旅行代理店のきめ細かな商品開発、「日本や欧米型旅行スタイル」のブームなどで、今や年間1億人規模の中国人が世界各地を旅しています。その消費パワーは、訪問先の現地経済にも大きなインパクトをもたらしています。

今後は、インバウンドとアウトバウンドのシナジー(相互補完)を生かした観光ビジネス連携や、新しい旅行スタイル(テーマ旅行、学習・文化交流型旅行など)の創出が中国観光産業の新しい柱となっていくでしょう。

6.3 官民連携によるイノベーション

中国の観光業界では、行政と企業、大学研究機関、地元住民が一体となった「官民連携イノベーション」が盛んです。たとえば観光開発区指定やテーマパーク産業、国際大型展示会の開催誘致、地方ブランド観光地の全国展開、観光人材育成基盤の構築など、官民パートナーシップでさまざまな挑戦が行われています。

近年では、観光スタートアップやデジタルサービス企業、産学連携のベンチャー育成なども増えており、新しいアイデアやビジネスモデルが次々に誕生しています。例としては「地方資源発掘プロジェクト」「スマート観光都市」「観光地ブランディングコンテスト」「持続可能な観光認証制度」などがあげられます。

今後は、世界の観光産業動向や環境トレンド、持続可能社会への転換を見据えた、より柔軟で創造力あふれるイノベーションが求められます。さらなる官民連携の深化によって中国観光業の国際競争力は一段と高まっていくことでしょう。

6.4 日本との観光交流の展望

日本と中国は距離的にも文化的にも古くから深い関係があります。中国からの訪日観光客は、コロナ以前には年間約1000万人に達していましたが、今後さらに両国間の人の往来や文化交流は拡大する見込みです。観光ルートや商品開発でも「日本特化型」「中国特化型」のツアーやプロモーションが展開されており、両国間の双方向交流が活発です。

たとえば、北海道の雪まつりや京都・奈良の歴史観光、温泉旅行、九州のグルメ・温泉観光などが中国人観光客の間で特に人気です。逆に、上海や北京、四川・雲南地方などを訪れる日本人観光客も増えています。さらに、2023年には日中平和友好条約締結45周年を記念した観光キャンペーンも実施されました。

今後は、従来型の団体旅行から個人旅行、テーマ性のある体験型観光、日本・中国間の地方都市間連携や交換留学・文化イベントなど、「人と人のリアルな交流」を軸とした観光モデルへの進化が期待されます。両国の観光業が相互に刺激を受け合い、協力関係のもとで新たな観光イノベーションを生み出す土壌が整ってきています。


7. 日本にとっての示唆と協力の可能性

7.1 日本企業のビジネスチャンス

中国の観光市場は、今後日本企業にとっても数多くのビジネスチャンスを提供しています。まず、観光施設の運営や設計、テーマパーク分野、宿泊施設の運営ノウハウ、観光地のブランディングやマーケティングなど、多岐にわたる分野で日本発のアイデア・技術が求められています。

例えば、日本の旅館式ホテルや温泉リゾート、ユニバーサルデザイン建築、日本流サービス教育、観光マーケティングの手法などが中国で注目されています。「和」の文化体験教室や日本式ビューティーツーリズム、日本食レストランチェーンの海外展開も今後の成長分野です。

また、インバウンド中国人観光客をターゲットにした多言語予約サイト、オンライン決済、越境EC、観光特化型SNSプロモーション、デジタル観光ソリューションの共同開発など、ビジネスモデルのデジタル化・DX化による新たな市場も広がっています。日本独自の細やかな「おもてなし」や、安心・安全な観光インフラ、サステナブル観光の専門知見も中国で生かされる現場が広がっています。

7.2 文化交流と相互理解の促進

観光を通じた文化交流や相互理解の推進は、日中両国の持続可能な友好関係の礎となります。両国は歴史・食・芸術・伝統行事など多くの共通点と差異をもち、それが観光業の新しい体験価値を生み出します。「観光地同士の姉妹提携」や「日中伝統芸能フェス」「学生交流・ワーキングホリデー」など、実際にさまざまな相互交流プロジェクトが実現しています。

近年では、日本のアニメやポップカルチャー、着物・和食・茶道など日本特有の「体験型コンテンツ」が中国で話題を集め、中国現地での日本文化イベントも全国的に増加しています。また、中国の漢方・武術・書道・華道といったテーマへの日本人の関心も高まっており、双方向の文化体験プログラム拡大が期待されています。

こういった交流の積み重ねは、「知っているつもり」から「本当に理解し合う」関係へと深化し、ビジネス以外の分野にも好循環を生み出します。日本語・中国語双方の語学教育支援や留学生・インターンシップ制度強化も含め、持続可能な交流の枠組みがより大切になっていくでしょう。

7.3 新たな観光産業モデルへの提案

これからの観光業には、従来型の「大量集客・物見遊山」スタイルから、「体験・共創型」そして「サステナブル型」への転換が求められています。たとえば、「スポーツ観光」や「ウェルネス(健康)観光」、「農村民泊」や「地域文化体験ツアー」、「エコツーリズム」といった、新しいニーズに合わせた観光モデルづくりが日中連携のもとで進めば、他にはない魅力的な商品が創出できるでしょう。

観光業のデジタル化やAI/IoT技術を活用した「スマート観光」分野でも、日本のきめ細かな設計力と中国のダイナミックなマーケティング力が協働すれば、世界へ発信できる新たな観光産業モデルが生まれる可能性があります。さらに、サステナビリティや地域資源循環、観光と地元暮らしの関係の再定義も、両国が協力する価値のあるテーマです。

実際に、観光業以外にもESG(環境・社会・ガバナンス)の視点や共感型ブランディング手法、観光人材の育成交流、新しいトラベルテック市場の開拓など、「学び合い、作り合う」仕組みが次世代型観光産業の土台となるでしょう。

7.4 中国との連携強化の方向性

中国の国際観光競争力を理解し、互いの長所・強みを生かすことが、日中両国にとっての最大のメリットです。今後は、ビジネスだけでなく社会・環境・文化といった「幅広い連携」を意識したパートナーシップ構築がますます重要視されます。

例えば、日中共通の観光ビジョン策定や、両国・地域間の観光人材の双方向派遣、緊急時の観光復興や危機管理での連携、共同プロモーションや国際展示会の共催、文化・自然遺産保全での知見共有など、多層的な協力が考えられます。また、相互直行便拡大や相互ビザ緩和、デジタル技術連携などインフラ面での協力も新しいテーマです。

両国の多様な資源と国際的なネットワークを活かし合い、「未来志向型の観光・人材・文化連携」を一緒に築くことが、新しい時代の観光モデルの基礎になります。今後にむけては、個人・企業・自治体・中央政府といったすべてのレベルでの具体的な対話やプロジェクトがますます求められるでしょう。


まとめ

中国の観光業は、その多様性と規模、急速なインフラ発展やデジタル技術の活用を背景に、世界の観光市場でますます強い存在感を放っています。しかし、国際競争の中では、ブランドイメージの構築やサービス品質の向上、観光資源の持続可能性確保といった新たな課題にも直面しています。

今後は、日本をはじめとする世界の観光先進国や地域と切磋琢磨しながら、持続可能で付加価値の高い観光業モデルを追い求めていくことが求められるでしょう。日本にとっても、中国観光市場の成長は大きなビジネスチャンスであると同時に、文化交流や相互理解を深める絶好の機会です。

総じて、日中両国の観光業界が互いの長所を分かち合い、多様な分野で新しい協力関係を築くことが、アジアそして世界の観光産業の新たな未来を切り拓くカギとなるでしょう。

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