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   中国におけるブランド戦略と消費者認知

中国は世界最大級の消費市場であり、近年の生活水準向上やデジタル化の進展によって、そのブランド市場は大きな変化を遂げています。中国の消費者は「より良いもの」「より個性的なもの」を求める傾向が加速しており、国内外の企業はこの巨大な市場でどのようにブランドを育て、消費者の心を掴むかに苦心しています。本記事では、中国のブランド市場の基本情報から、消費者心理、戦略設計、デジタル活用、日本企業の戦略および今後の展望まで、多角的な視点から詳しく解説していきます。

目次

1. 中国ブランド市場の概要

1.1 中国ブランド市場の成長背景

中国市場は、この四半世紀で爆発的な成長を遂げました。1980~90年代の改革開放政策以降、外資系企業の参入が急増し、中国国内にも多くの新興ブランドが誕生しました。特に都市部の中間層が増加し、その消費力が市場をけん引しています。経済成長とともに生活レベルも上がり、「安さ」から「品質」「ブランド価値」重視へと消費者の志向が変わりました。

さらに、インターネットの普及率が9割を超える大都市において、情報接触量が飛躍的に増加したことも消費行動の多様化につながりました。中国独自のSNSやモバイル決済が生活の隅々まで浸透し、数十億人規模の「スマート」な消費者層が誕生しています。こうした背景の中、商品やサービスの質だけでなく、ストーリーや体験、社会貢献など、ブランドのもつ総合的な価値が重視される時代となりました。

同時に、中国政府もイノベーション政策を強化し、「国産ブランドの育成」が国家戦略として推進されています。例えば華為(ファーウェイ)、アリババ、シャオミなど、世界でも知名度の高い中国発ブランドが次々と登場し、「中国ブランド=安かろう悪かろう」のイメージは過去のものになりつつあります。

1.2 消費者行動の変化

消費者行動の大きな変化として、「自分らしさ」を求める傾向が顕著になっています。以前は有名ブランドや西洋ブランドに憧れる風潮が強かったものの、現在は国内ブランドにも目が向けられ、「国潮(グオチャオ)」と呼ばれる中国文化を前面に出したブランドが若者を中心に人気です。李寧(Li-Ning)や安踏(ANTA)といったスポーツブランドは、国産でありながらデザイン性や価値観訴求で一躍人気となりました。

また、購買決定に影響を与える要因も変化しています。商品の性能や価格だけでなく、SNSやKOL(Key Opinion Leader:インフルエンサー)、友人のクチコミなど「社会的証明」に大きく左右されます。消費者同士のレビューやライブコマースでの生配信で、実際の使い心地やリアルな情報が即座に拡散され、ブランドイメージの形成に直結します。

さらに、エシカル消費やサステナビリティといった新しい価値観も徐々に浸透しつつあります。環境に配慮した製品、社会貢献を打ち出した商品に高い関心を持つZ世代が増加しています。これに伴い、ブランド戦略やコミュニケーションも大きく変化しているのです。

1.3 国内・外資ブランドの競争構造

中国では、国内ブランドと外資ブランドが激しく競争しています。かつて外資ブランドが「品質・信頼」の象徴だった時代は過ぎ、今や国内ブランドが価格、品質、サービス、そして「中国らしさ」を武器にシェアを急速に拡大しています。

一方で、高級ブランドやハイテク製品、医薬品、ベビー用品など一部のカテゴリでは、依然として欧米や日本ブランドが強い信頼を得ています。たとえば、日本の化粧品や家電、ドイツの自動車、フランスのラグジュアリーブランドなどは、中国市場で根強い人気を保っています。しかし、ユニクロや無印良品のように現地化・価格戦略に成功した日本ブランドの健闘も目立ちます。

また、「外資vs.国産」の二項対立だけでなく、グローバル市場で成功している中国企業と、中国ローカル志向の中小ブランドとの間でも熾烈な争いがあります。ターゲットとなる消費者層や訴求軸に応じて細分化されたマーケットで、それぞれが独自のポジションを築いているのが現状です。

1.4 政策・規制の影響

中国市場では政策や規制の影響力が大きいです。例えば、輸入品に対する関税や通関手続きの簡素化、越境ECの促進政策など、政府の方針一つで市場環境が大きく変わります。また、データ保護やネット広告の規制強化、新消費者保護法なども、ブランド戦略の根幹に影響を与えています。

特に近年は、「中国製造2025」や「国潮」政策によって国産ブランドの支援が強化されており、外資企業には現地パートナーとの協業や合同ブランド開発、現地化商品の投入が求められるケースが増えています。例えば、スターバックスやナイキは中国独自の限定商品や現地コラボによってブランド価値の維持・向上を図っています。

さらに、「ダブル11」や「618」など中国特有の大型ECセールイベントでは、政府主導の消費拡大施策が日本や欧米の大手ブランドにも商機をもたらしています。一方で、規制・法改正が頻繁に行われるため、各ブランドは現地法務や最新動向への十分な配慮が欠かせません。

2. 中国消費者の認知形成プロセス

2.1 消費者心理の特徴

中国の消費者は、実用性やお得感も重視しますが、同時に「自分らしさ」や「ステータス感」を非常に大切にしています。とくに都市部の若年層は、ハイブランドや新進気鋭ブランドを通じて「価値観」や「志向」を発信する傾向が強いです。自分のライフスタイルや信念を商品やサービス選定に重ねて、「私は他の人とは違う」「センスが良い」とアピールしたい、という心理が目立ちます。

一方、伝統的な価値観も根強く残っており、「家族」や「仲間とのつながり」「面子(メンツ)」といった要素も購買決定に強く影響します。例えば、ギフト選びには名の通ったブランドや評判の良いものを選ぶ傾向があり、「失敗したくない」「信用できるものを選びたい」という集団志向・安心志向がしばしば見られます。

また、急速なデジタル化のなかで「流行への感度」も年々高まっています。トレンドに敏感な消費者は、「一度は試してみたい」「話題に乗り遅れたくない」というFOMO(見逃し恐怖症)的心理から、新発売や新商品の購入に積極的です。この点は、ブランド戦略やキャンペーン設計において非常に重要な要素となります。

2.2 社会的・文化的要因の影響

中国社会には、儒教や家族至上主義など独特の文化圏が影響しています。社会全体が「調和」を重視し、「世間体」を気にする傾向が購買行動にも反映されます。また「階層間の意識」も根強く、ハイブランドは単なる機能性だけではなく、「社会的地位」や「人脈」アピールのツールとしても活用されています。

さらに、「団体意識」や「仲間同士の助け合い」も消費の形を変えています。友人や家族の評判はもちろん、学校や職場の先輩・同僚の意見が大きな影響力を持っています。そのため、ブランドはSNS・クチコミでの評判管理や、ターゲット層の「コミュニティ」へのアプローチ戦略を重視するようになっています。

近年注目されているのが「グローバルとローカルの融合」です。中国の伝統文化や歴史的要素をデザインやキャンペーンに取り入れながらも、グローバルな品質基準や最先端のテクノロジーを組み合わせた「ハイブリッド型ブランド」が若い世代を中心に人気を集めています。李寧やティーモールの「国潮」プロジェクトはその代表例です。

2.3 情報取得媒体の役割

中国の消費者は非常に情報感度が高く、多様な媒体を通じて情報収集を行います。特に「微信(WeChat)」「微博(Weibo)」「小紅書(RED)」などのSNS、ショート動画プラットフォームの「抖音(Douyin)」「快手(Kuaishou)」は日常生活の一部になっています。これらの媒体は単なる情報源ではなく、消費者が積極的に意見を発信し、ブランドに参加する「共創」の場としても重要です。

また、消費者の購買判断には「信頼できる情報元」が決定的に重要です。有名KOLや芸能人、リアルな利用者レビューを通じた「リアルな声」がブランド認知を左右します。たとえば、日本の資生堂やSK-IIのようなコスメブランドは、SNS上の「効果検証」や「使った感想」がバズることで大きな売上を伸ばしてきました。

最近では、AIによるリコメンドやビッグデータ解析を活用した「個別最適化」も浸透しており、「自分向けの情報」をいかにタイムリーに届けられるかが、ブランドの命運を分ける時代に突入しています。

2.4 ブランドロイヤルティの形成メカニズム

中国の消費者は新しいもの好きな一方で、一度気に入ったブランドには強いロイヤルティを示します。そのため、初期認知から実際の購買、リピート購入、ファン化までの「体験デザイン」が非常に重要です。たとえば、アリババグループ系列のスーパー「盒馬鮮生」は、支払いから配送までシームレスな体験を提供し、消費者の高いロイヤルティを獲得しています。

ブランドコミュニティやVIP特典、会員限定イベントも、消費者の囲い込みに効果的です。多くのブランドが「会員エコシステム」を整備し、誕生日特典や限定商品、メンバー同士の交流イベントを通じて、ブランドファンのロイヤルティ向上を図っています。また、ユーザー参加型の開発(例:投票で次の製品を決める)や、オーダーメイド体験も定着しつつあります。

さらに、店舗やスタッフのサービス品質もロイヤルティ形成には欠かせません。たとえば、ハイアットやマンダリンオリエンタルなどの外資系ホテルブランドは、中国人スタッフへの徹底した研修や、中国伝統文化に配慮したサービスで強いファン層を確保しています。

3. ブランド戦略の設計と実施

3.1 中国市場におけるポジショニング戦略

中国のブランド市場で成果を上げるには明確なポジショニングが不可欠です。とくに「安価・大量生産」モデルから、「高付加価値」「個性」「体験」を前面に出すブランドが存在感を高めています。高級志向の消費者にはExclusivity(限定感)やSocial Status(社会的地位)、若者層にはFun(楽しさ)、Novelty(新しい体験)を訴求することが効果的です。

例えば、ダイソンは「クリエイティブな家電メーカ―」「最先端テクノロジー」「掃除の革命」というポジションで中国市場で大成功を収めました。対照的に、完美日記(Perfect Diary)は「手頃な価格でハイクオリティな化粧品」「SNSで映えるデザイン」という独自のポジションを確立しています。

そのためには、現地消費者への徹底したリサーチが不可欠です。市場調査によって、ターゲット層が求めている機能やサービス、ブランドイメージを的確に捉え、他社と明確に差別化されたポジションを据えることが成功の第一歩となります。

3.2 ローカライゼーションの重要性

中国の広大な国土と文化の多様性を考えると、「ローカライゼーション」は不可欠です。地方ごとの消費行動や好み、文化的背景の違いを踏まえた戦略設計が重要です。例えば、上海や北京などの大都市では先端的なライフスタイルや西洋文化への関心が高い半面、内陸部や農村地域では伝統的な価値観と価格重視の傾向が強くなります。

スターバックスは、店舗デザインやメニュー構成のローカライズを徹底し、中国茶や地域特有の素材を活かした限定商品を積極的に投入しています。また、KFC(ケンタッキーフライドチキン)は中国独自の「お粥」や「月餅」など、現地の食文化と結びつけることで、老若男女すべての層に支持されています。

逆に、「グローバル基準」のみを押し付けると、「中国人の心」をつかむことができず、ブランドの定着に失敗しやすいです。現地文化へのリスペクトを示し、消費者との共感を高める工夫が何より大切です。

3.3 サブカルチャーとニッチ市場への対応

近年、中国の若年層を中心に、サブカルチャーや趣味志向、マイノリティコミュニティが大きな影響力を持つようになっています。たとえば、アニメやコスプレ市場、アウトドアやフィットネス、ペット用品、高齢者向けの健康市場など、従来は注目されてこなかったニッチ分野が急成長しています。

サブカルチャー市場を捉えるためには、消費者との「共創」や「双方向コミュニケーション」が重要です。例えば、Bilibiliのような動画プラットフォームでは、クリエイターやユーザーとのコラボによる限定商品がバズを生んでいます。Xiaomi(小米)は、ガジェット好きなオタク層の意見を積極的に取り入れ、製品開発や広告戦略に反映しています。

また、LGBTコミュニティや環境意識の高い消費者など、多様なニッチ市場に目を向けた商品・キャンペーンも増えています。これにより、ブランドは「小さくても濃い」ファン層を育て、中長期的な成長の土壌を作ることができるのです。

3.4 オムニチャネル戦略の実践

中国の現代的な消費者は、オンラインとオフラインの境界なくブランドと接触しています。そのため、「オムニチャネル戦略」は欠かせません。リアル店舗の体験重視と、ECサイトやモバイルアプリ・SNSを組み合わせたシームレスな購買体験が求められます。

ユニクロは、店内試着からアプリで商品レビュー、ECサイトで購入、そして再びリアル店舗での受け取りやアフターサービスを一気通貫で提供しています。こうしたオンラインからオフラインへの「O2O(Online to Offline)」施策は、ブランドと消費者の距離を縮め、リピート購入やファン化につながります。

また、特に重要なのが「データ統合」です。オンライン・オフライン双方の顧客データを一元管理し、顧客ごとにパーソナライズしたサービスやキャンペーンを展開できれば、競合との差別化が可能となります。京東(JD.com)、アリババ系列のFMCG(消費財)ブランドなどでは、カスタマージャーニー全体を統合的に設計する取り組みが拡大しています。

4. デジタル・SNS時代のブランド構築

4.1 中国独自のデジタルエコシステム

中国のデジタル社会は発展のスピードと規模が世界トップクラスです。WeChat(微信)、アリペイ(支付宝)、Tmall(天猫)、JD(京東)、Douyin(抖音)、RED(小紅書)など、独自のITインフラが緊密に連携しており、消費者は一つのアプリ内で情報収集・購入・カスタマーサービスまでを完結させることができます。

多くのブランドは、自社の公式アカウントやWeChatミニプログラム、ライブストリーミング、B2C・C2Cモールへの出店など、デジタル空間上での顧客接点を細かく最適化しています。L’Oréal(ロレアル)は、中国向けECモールに合わせたサイト設計やプロモーションでオンライン売上の6割以上をデジタル経由で達成しています。

こうしたエコシステム内では、「消費体験の即時性」「データの可視化」「クロスメディア展開」が高いレベルで実現されています。消費者はいつでもどこでも興味を持った商品を検索し、数分で注文、数時間で手元に届くという超高速サイクルが当たり前になりました。

4.2 KOL・インフルエンサーマーケティング

中国市場ではKOLやインフルエンサーが消費者の購買決定に大きな影響を持っています。KOLは単なる宣伝役以上に、消費者とブランドの「信頼の架け橋」として機能しています。カリスマ美容師や人気YouTuber、ショート動画スター、美容系男子・女子など、専門ジャンルに特化したインフルエンサーが自らのSNSチャンネルで商品を紹介し、「リアルな声」として共感を集めます。

例えば、「李佳琦(Austin Li)」は「口紅王子」と称され、ライブ配信1回で億単位の売上を記録したこともあります。完美日記(Perfect Diary)など国産ブランドはKOLとのコラボ商品を通じて、短期間で認知度を飛躍的に高めました。一方で、日本の資生堂やSK-IIも有力KOLとタイアップし、現地女性層の心をつかむことに成功しています。

ただし、近年は規制強化にともない、KOL選定や広告表記などのルールを厳格に守らなければならなくなっています。コンプライアンスや企業側の透明性も、ブランド価値向上には欠かせないものとなっています。

4.3 ソーシャルコマースと消費者参加

ソーシャルコマースは中国独自の進化を遂げています。WeChat上での「グループ共同購入」やDouyinを使ったライブコマース、REDでのUGC(ユーザー生成コンテンツ)など、消費者自身が販促の主役となる仕組みが一般化しています。ライブコマースのトップ配信者は数千万人規模の同時視聴者を集め、そのインパクトはテレビCMや雑誌広告を凌駕します。

「ダブル11」(11月11日のEC大セール)は、ソーシャルコマースの最たる例です。当日に合わせて数千ものブランドが事前告知、ライブ配信、SNSキャンペーンを連動させ、消費者は情報発信・拡散に主体的に参加します。ブランド自身も、配信イベントやインタラクティブなSNS企画で消費者参加を促し、コミュニティとのエンゲージメントを高めています。

加えて、消費者の声を商品開発に活かす取り組みが人気です。例えば、「投票で次の商品を決める」「ファングッズの限定受注」など、消費者がブランドの一部として参加する感覚がファン化につながります。

4.4 データドリブンなパーソナライゼーション

デジタル社会の進展により、消費者一人ひとりに合わせたパーソナライズが現実的に可能となっています。スマートフォンの位置情報や購買履歴、SNSでの行動データなど、あらゆる顧客データがリアルタイムで分析され、「今、最適なコンテンツや商品提案」が行われます。

京東やアリババ系列のECサイトでは、ログインするごとに個別最適化された商品リコメンドが表示され、メールやWeChatメッセージでパーソナライズされた販促情報が届きます。顧客データをもとに、おすすめ商品の内容や表示順まで細かく調整されており、コンバージョン率向上に大きく貢献しています。

資生堂やSK-IIなど日本ブランドも、体験イベントへの参加履歴や肌診断データを活用し、一人ひとりに最適な商品のサンプルや購入特典を提案しています。「消費者ファースト」を徹底し、「自分のためのブランド」と感じてもらうことが、現代中国でのブランド競争のカギとなります。

5. 日本ブランドの中国展開事例分析

5.1 成功した日本ブランドのケーススタディ

中国市場で成功した日本ブランドの代表格といえば、ユニクロや資生堂、パナソニック、味の素、日清食品などが挙げられます。ユニクロは「高品質・低価格」イメージと店舗体験、現地化した広告で都市部若年層のファッション定番ブランドとして定着しました。また、日本オリジンの機能素材や四季を意識した商品展開、中国限定デザインなど、細やかなローカライズが高く評価されています。

資生堂は、現地の化粧品販売事情に合わせ、カウンターサービスや肌診断など「体験型」プロモーションを強化しました。WeChat公式アカウントと連動したロイヤルティ・プログラムは中国全土で好評で、高級コスメ需要を牽引しています。さらに、「日系=高品質・安全」という信頼も強く、ファン層が拡大しています。

また、味の素や日清食品の即席麺は、現地の味覚や食文化を細かく調査し、中国人の口に合う製品改良でヒット商品となりました。特に地方ごとの味の違いにも対応し、幅広い層に受け入れられています。これらの成功事例には、「現地消費者への徹底的な理解と現地化戦略」が共通しています。

5.2 直面した課題とその対応

一方で、日本ブランドは多くの課題にも直面しています。まず、現地ブランドとの価格・スピード競争では後れを取るケースが目立ちます。とくにコモディティ化が進む商品カテゴリでは、現地企業の価格攻勢や圧倒的な商品開発スピードに追いつけないという問題があります。

また、文化的な「壁」も依然として大きいです。たとえば、広告キャンペーンが現地の流行に合っていなかったり、現地消費者の急激な嗜好変化を捉えきれなかったりして、一度シェアを失うと再浮上が難しくなることもあります。加えて、中国独特のECセールやSNSプロモーションなど、デジタル活用で後れを取る企業も少なくありません。

これらの課題に対し、多くの企業は現地パートナーとの協業や現地専門スタッフの登用、SNS・ライブコマース強化、製品企画からプロモーションまでワンストップ対応できる体制の構築など、組織・戦略転換で乗り越えようとしています。

5.3 現地パートナーとの協業の意義

中国市場ならではのビジネス環境に対応するには、「現地パートナーとの協業」が極めて重要です。現地パートナーは、中国特有の商習慣や規制対応、チャネルマネジメントなど、日本企業だけではカバーしきれない部分をサポートします。

例えば、パナソニックは主要家電量販店オーナーとの深い関係構築で販売拠点を一気に拡大し、店頭デモやプロモーションも現地人材を活用することでブランド浸透を図りました。また、味の素は現地食品メーカーとの提携で流通ネットワークや商品開発スピードを飛躍的に高めています。

一方で、単なる「代理店依存」に陥ることなく、ブランドとしての世界観や基準はしっかり維持することも大切です。マーケティング方針や品質基準をパートナーと何度も協議し、双方の強みを活かせる関係性を構築することが長期的な成功につながります。

5.4 持続的成長に向けた課題

今後も成長を続けるためには、「ブランドの鮮度維持」と「ロイヤルユーザーの拡大」が重要課題となります。中国の消費者は新しいものを積極的に取り入れる半面、「飽きやすい」「流行り廃りが早い」という特徴も持っています。そのため、短期間でトレンドが移り変わる中国市場では、定期的な商品リニューアルや新サービスの投入、SNSプロモーションのアップデートが不可欠です。

また、現地スタッフやパートナーとの連携を深め、現地発のアイデアを素早く商品化し、ローカルコミュニティに根ざした活動を強化していく必要があります。さらに、ロイヤルユーザー向けの限定キャンペーンやファンコミュニティ運営も継続的なブランド愛着度向上に役立ちます。

一方で、近年は環境規制やデータ保護法など新たなビジネスリスクも増加しています。既存のブランドイメージや事業基盤を守りつつ、社会的責任やサステナビリティにも目を向けた総合的なブランド戦略が求められています。

6. 今後のブランド戦略の展望と提言

6.1 新興トレンドとブランドへの影響

中国の消費者市場は今後さらに「個別化」「デジタル化」「サステナビリティ志向」が加速すると予測されます。急成長するショート動画市場や、バーチャルインフルエンサー、AIによる無人店舗やパーソナライズ商品の普及は、今後の10年でブランド構築の主流になるでしょう。また、地方都市や農村部の「消費力向上」「オンライン化」も著しく、これまで手薄だった市場への展開も重要となります。

一方、経済成長と技術革新のスピードが速い中国では、今あるブランド価値も容易に上書きされる恐れがあります。特に若年層は「刺激」と「新体験」を常に求めているため、ブランドは情報発信の速さ・新しさ・エンタメ性を絶えず追求しなければなりません。

さらに、法規制の強化・消費者保護の整備も進んでおり、ブランド戦略だけでなく事業運営全般において「透明性」と「信頼性」がより問われる時代になっています。安心・安全・誠実さを前面に出したブランディングの重要性が一層高まっています。

6.2 消費者主導型イノベーションへの対応

今後は「消費者主導型イノベーション」がブランド戦略の中核となるでしょう。消費者は受け身ではなく、「自己表現」「共創」「参加体験」をブランドに求めています。商品の新機能やデザインだけでなく、自分たちが声を上げ、アイデアを反映できる仕組みが必要です。

例えば、「消費者投票で商品企画」「SNS上で消費者と共同キャンペーン立案」「ファンコミュニティでの限定商品開発」など、新しい参加型マーケティングが重要です。そのためには消費者一人ひとりのデータや声を細かく拾い上げるためのデジタル活用と、リアルな顧客コミュニティへの投資が求められます。

また、AIやビッグデータの活用は、商品開発や需要予測だけでなく、コミュニケーション設計、カスタマーサービスの進化にも大きな役割を果たします。消費者との「共創精神」が競争を勝ち抜くカギとなるでしょう。

6.3 サステナビリティと社会的責任の強化

中国市場でもサステナビリティや社会的責任(CSR)の潮流が無視できないものとなっています。環境規制や社会的期待の高まりの中で、エコ・環境配慮型商品やサステナブルなパッケージング、社会貢献型キャンペーンがブランド競争力の一要素になっています。

例えば、P&GやIKEAは環境にやさしい素材や、リサイクルやエネルギー消費削減の取り組みを積極的に訴求し、消費者の共感と信頼を獲得しています。ユニクロもサステナブルな原材料を使用した新商品やリサイクル活動を通じて、エコ志向の中国消費者を取り込んでいます。

さらに、コロナ禍以降は企業の社会貢献活動への期待が高まり、現地の雇用創出や社会問題への積極的な関与、地域コミュニティへの支援も、ブランドイメージ形成に直結しています。単なる企業PRにとどまらず、具体的な社会還元に継続的に取り組むことが、今後のブランド戦略では不可欠となるでしょう。

6.4 日本企業への具体的アドバイス

日本企業が今後中国市場で持続的な成功を収めるためには、「現地化の徹底」と「スピード・柔軟性」を最優先で意識する必要があります。日本独自の強み(高品質、丁寧なサービス、安全管理)と、現地消費者の期待や流行を素早く取り入れる「現地力」の両立がカギです。

また、デジタルとリアルの融合、インフルエンサーやSNSコミュニティを活用したファン育成など、「中国流」のマーケティング手法に積極的に挑戦する姿勢も重要です。現地スタッフやパートナーの意見を積極的に取り入れ、現場主導で仮説検証・戦略修正を繰り返す柔軟性を忘れないでください。

同時に、コンプライアンスやCSRへの配慮も今後ますます重要となります。経済面だけでなく、環境や社会への貢献、中国社会への長期的な信頼構築を見据えたブランド戦略を意識しましょう。


まとめ

中国のブランド市場は、かつてないほどダイナミックかつ多様化の一途をたどっています。消費者の行動や価値観は日々変化し、競争環境も激しさを増しています。そのなかで成功するブランドは「現地市場への深い理解」「鮮度ある体験価値」「消費者との共創」「社会的信頼」の4点を両立させています。

日本企業にとっては、従来のやり方をそのまま持ち込むだけでは通用しません。現地の声に耳を傾け、時代とともに柔軟に変化し続ける勇気と創造力が試される時代です。今後も中国市場の成長に伴走しながら、唯一無二のブランド価値を築くために―今日からできる一歩を始めてみてはいかがでしょうか。

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