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   中国におけるフリーランスとギグエコノミーの現状

中国の経済と社会は、ここ十数年で大きな変動を経験してきました。その流れの中で、雇用の形態も急速に変化し、企業や政府だけでなく、多くの中国人自身の働き方に新たな選択肢が生まれています。中でも注目を集めているのが「フリーランス」や「ギグエコノミー」という働き方です。ネットでサービスを提供したり、一つ一つの案件ごとに仕事をこなすスタイルは、中国の隅々まで浸透し始め、都市部だけでなく地方にもその波が押し寄せています。本記事では、中国におけるフリーランスとギグエコノミーの最新事情を詳しく解説し、その背景や課題、そして日本との違いにも触れていきます。

目次

1. フリーランスとギグエコノミーの概要

1.1 フリーランスの定義

まず、「フリーランス」とは、企業や団体に雇われることなく、個人として契約ベースで仕事を受ける働き方です。中国語では「自由职业者」と呼ばれ、デザイナーやプログラマーはもちろん、翻訳、ライター、カメラマンなど幅広い職種に存在しています。一般的な従業員と異なり、雇用契約や安定した給料はありませんが、自由な働き方が魅力となっています。

中国でフリーランスの人たちが急増し始めたのは、通信インフラの整備が進んだ2010年前後からです。高速なインターネット環境とスマートフォンの普及によって、パソコン一台あれば国内外のクライアントと簡単にやり取りできるようになり、柔軟な働き方を求めて独立を選ぶ人が目立ち始めました。特に北京や上海、深圳などの大都市圏では、クリエイティブ系やIT系を中心に多くのフリーランサーが集まっています。

さらに2020年以降、新型コロナウイルスの影響でリモートワークや在宅勤務が広まり、フリーランサーとして働くことの敷居が一段と下がりました。副業としてフリーランスの仕事を始める会社員も多く、以前に比べ社会にかなり身近な存在となりつつあります。

1.2 ギグエコノミーの特徴

一方で「ギグエコノミー」とは、短期や単発の仕事(ギグ)をインターネット経由で受発注し、一つ一つの案件をこなしていく経済形態を指します。フリーランスもその一部ですが、特にウーバーイーツや滴滴出行(DiDi)などの配車・配達サービス、クラウドソーシングなどデジタルプラットフォームを通じて成り立つケースが多いのが特徴です。

中国のギグエコノミーは、世界的にも非常にスピード感があります。例えば、出前アプリ「美団」や「饿了么」では、何百万人もの配達員(ギグワーカー)がシフトのない柔軟な働き方で活躍し、それ以外にも家事代行、ネットショップの運営サポート、オンライン家庭教師など、多様なギグサービスが急速に発展してきました。

利用者にとっては、必要なときに簡単にサービスを依頼できるのが最大のメリットです。働く側も時間や場所の制約を受けにくいのが魅力ですが、業務の安定性や収入の波が大きく、社会保障の仕組みが追い付いていないという現状もあります。

1.3 中国におけるフリーランスとギグエコノミーの関係

中国において、フリーランスとギグエコノミーは非常に密接に関係しています。多くのフリーランサーが案件単位の仕事、つまりギグエコノミー的な働き方をしています。一方で、ギグワーカーが独立して法人を立ち上げたり、継続的な取引で半ばフリーランス化するケースも見られるなど、両者の境界があいまいになっています。

例えば、長期間同じクライアントから仕事を請け負っているITエンジニアやデザイナーは、名目上は一件一件のプロジェクト受注ですが、実質的には“個人事業主”としてかなりの自由度を持っています。さらに最近では「自由职业平台(フリーランスプラットフォーム)」と呼ばれるインターネットサービスが多数普及しており、クラウドワークス型の仕事探しが当たり前となっています。

また、ギグエコノミーに携わる人たちの中には、本業が会社員や公務員で、副業として空き時間に仕事を請け負う「パラレルワーカー」も増えています。そのため、「フリーランス」=「専業」という固定観念が弱まり、より柔軟で多彩な働き方が受け入れられています。

2. 中国の労働市場におけるフリーランスの位置付け

2.1 労働市場の変化とフリーランスの増加

中国の労働市場は、従来の“終身雇用”や“国有企業中心”の構造から、より流動的で選択肢が広いシステムへと変化しています。経済成長が成熟期に入り、多様な仕事が増える中で、特に若い世代を中心にフリーランス志向が強まっています。

ある最近の調査によれば、中国のフリーランス人口は既に7000万人とも言われており、今後も増加が予想されています。特に都市部では企業の競争が激化し、雇用の安定性が損なわれているため、契約社員やパートタイムに近い形で仕事を続けつつ、一部をフリーランスとして活動する「兼業型」の人たちが急増しています。

また、企業側にとってもコスト削減や人材の柔軟な活用につながることから、重要なプロジェクトやスポット的な業務をフリーランサーに外注するケースが日増しに増えています。世界的企業から中小ベンチャーまで、多様な組織がこの流れに参加しており、労働市場の構造転換が進んでいます。

2.2 フリーランスの職業分野

中国でフリーランスが多く活躍している分野は、IT・Web開発、デザイン、コンテンツ制作、翻訳・通訳、コンサルティングなどが代表的です。特にアプリやウェブサイトの開発案件は、外部のスペシャリストに依頼するのが一般的になっています。

最近では、Vlogなど動画の編集やナレーション、ECサイトの商品撮影、SNS運用サポートといった、デジタル時代ならではの新しい仕事も増えています。また、農村部ではインターネットを活用した農業コンサルタントやライブコマース運営サポーターといった、地域密着型の新しいフリーランス像も生まれています。

さらにオンライン教育の普及とともに、「自宅教師」「語学トレーナー」といった教育系のフリーランサーも増加傾向です。プラットフォームを介して外国人に中国語や特技を教える事例も多く見られ、グローバルな活躍も可能になっています。

2.3 フリーランスに対する社会的認識

中国社会の中で、フリーランスという働き方に対するイメージは、ここ数年で大きく変化しました。以前は「安定しない賃仕事」というネガティブな評価が強かったのですが、IT技術の進展や経済の多様化により、「新しい時代のライフスタイル」として受け入れられています。

特に若い世代や都市部の層では、「自分の時間をコントロールできる」「好きなことを仕事にする」という前向きな意見が増えています。教育水準の向上や専門スキルの多様化が、自己実現やキャリアアップの新しい形としてのフリーランスを後押ししています。

その一方で、年配層や地方ではまだまだ「不安定」「社会保障が弱い」という懸念も根強く、世代や地域によって評価に温度差があります。また、安定志向が強い中国社会では「親の期待」と「本人の希望」が必ずしも一致しないことも多く、家族や周囲の理解を得るのが難しいという声も聞かれます。

3. ギグエコノミーの成長要因

3.1 テクノロジーの進化

ギグエコノミー拡大の最大の原動力は、間違いなくテクノロジーの進歩です。特にスマートフォンの爆発的普及と高度なネットワーク環境の整備、そしてアプリ経由での簡単な決済システムがギグエコノミーの発展を支えています。

たとえば出前アプリや配車サービスにより、働き手と依頼主・顧客とがリアルタイムでマッチングできるようになりました。個人がいつでも自由に「仕事の受付ボタン」を押すだけで、収入を得るチャンスが生まれるのです。顔認証での安全確認や電子契約、収入管理アプリの進化も、仕事の手間やリスクを大幅に軽減しています。

さらに中国独自のキャッシュレス決済(WeChat Pay、Alipayなど)が社会に深く根付いたことで、個人間送金やギグ報酬の即時振込がいつでも可能になりました。こうしたテクノロジーの積み重ねこそが、中国のギグエコノミーを世界最高水準に押し上げている大きな要因です。

3.2 経済状況と雇用の変化

近年の景気変動や企業の雇用形態の多様化も、ギグエコノミー拡大の追い風となっています。中国経済は急成長の反動として変動期に入り、正社員一括採用や年功序列へのこだわりが薄れました。アパレル・小売・飲食・ECを中心に、会社の収益状況によって正社員を維持できないケースも少なくありません。

大都市部では、住宅価格や生活費の高騰から副業や複数収入を求めざるを得ない若者が増えています。その一口としてギグワークの魅力が増しているのです。また新卒採用も厳しくなり、卒業後すぐに「ギグエコノミーでしばらく生計を立てる」という人が後を絶ちません。

リーマンショック以降、世界的にもリストラや非正規化の流れが続いていますが、特に中国では「正社員=安定」のイメージが揺らぎやすく、ネットを活用した臨機応変な働き方のニーズが強くなっています。

3.3 若者の働き方の変化

中国の若者たちは、これまでの「いい大学→大企業→安定した未来」というルートを必ずしも志向しなくなりました。SNS全盛の今、ネット上で活躍するインフルエンサーやEC事業者、ライブ配信者など、手に職と発信力があれば独立も夢ではありません。

実際、中国ではライブ配信やSNSコンテンツ配信で生計を立てる「ネット有名人」「KOL(Key Opinion Leader)」など、新たな職業が次々と生まれています。彼らの影響力は絶大で、「月収数万元」「短期間で大きな成功」という夢を抱く若者が急増しています。

また、「仕事=一生同じ会社」という考え方が薄れ、「好きなこと・得意なことを複数掛け持ちして収入を得る」という柔軟なキャリア形成が一般化しつつあります。リスクを恐れず新しいことに挑戦する姿勢は、ギグエコノミーの土壌を一気に広げています。

4. フリーランスとギグエコノミーにおける課題

4.1 法的・制度的な課題

中国におけるフリーランスとギグエコノミーの発展は目覚ましいものの、法律や制度面ではまだまだ課題が残っています。たとえば、フリーランスの契約は、口頭約束やSNS上でのメッセージに頼るケースも多く、トラブルが発生したときの法的な紛争解決が難しいことがあります。

また、税制の仕組みも複雑です。フリーランサーやギグワーカーの多くは「小規模納税者」として登録しますが、収支報告や納税義務があいまいになりやすく、悪質な未納や税逃れにつながるケースも散見されています。法的な保護が弱い分野では、報酬の未払い・遅延問題も大きな悩みの一つです。

さらに、ギグエコノミーで働く人々の業務内容が既存の「雇用契約」や「事業主契約」に完全には当てはまらないため、労働基準法や最低賃金、労働時間規制といった既存の枠組みでカバーしきれない問題も山積しています。

4.2 労働者の権利保護の不足

制度的な課題と並んで、ギグワーカーやフリーランスの権利保護が十分でない点も深刻な問題です。例えば出前や配車サービスに従事する人たちは、万が一事故に遭った場合の補償や、労働時間に応じた最低限の保障が極めて薄い状況にあります。

中国では、社会保険や医療保険を自分で手続き・支払いしなければならないため、安定収入のないギグワーカーほど保険未加入のまま働くケースが多いのです。特に健康被害や大きな事故で働けなくなった場合、その後の生活再建がとても難しいのが現状です。また、高齢化社会に対応する年金制度も手薄なままです。

さらに、一部のギグプラットフォームでは評価制度やアルゴリズムによる“低評価ペナルティ”が過度に厳しく、実質的なパワハラや働きすぎの温床となっています。組合活動や労働者同士のサポートもまだ十分に機能しておらず、個人が孤立しやすい傾向にあります。

4.3 収入の不安定性

フリーランスやギグワーカー最大の悩みは、やはり収入が不安定であるということです。一定量の仕事が得られれば大きな報酬になる反面、需要の減少や業務依頼の途絶が収入ゼロにつながるリスクを常に抱えています。

特に、人気のある分野では競争が激化し、単価の下落や過当競争に苦しむ声も少なくありません。例えば動画編集やECサイト運営など、多くの人が参入しているジャンルでは、最初のうちは副業感覚で参加していた人たちが、途中で諦めてしまうケースもよくあります。

また、社会保障制度の未整備や公的なセーフティネットが弱いため、いざという時に助けてくれる仕組みがほとんどありません。これが中長期的にギグワーカーやフリーランサーとしてやっていく上での大きな課題となっています。

5. 中国政府の対応と政策

5.1 フリーランス支援プログラム

中国政府は、ここ数年でフリーランスやギグワーカーへの支援政策を強化し始めています。たとえば各地で「創業インキュベーション基地」や「スタートアップ支援センター」が設立され、フリーランス志望者や自営業希望者に対する起業教育・資金支援・コンサルティングサービスが提供されています。

また、ITスキルや営業・マーケティング力といった「独立」に必要な能力を身につけるための職業訓練講座も盛んです。特に「インターネットプラス」と呼ばれる政策の一環として、地方都市や農村部に技術移転・研修プログラムを導入し、地域格差の解消にも努めています。

さらに、フリーランサー同士の情報交換やビジネスマッチング、共同オフィス利用を支援する「コワーキングスペース」助成金、公的創業ローン、税制優遇など、多面的なサポートが行われています。都市と地方のどちらでも、フリーランス向けのイベントやネットワーキングが活発に開かれています。

5.2 ギグエコノミーに関する規制

ギグエコノミー拡大に伴い、関連する法規制やガイドラインの整備も進んでいます。例えば2019年には、配車やフードデリバリーの安全・衛生・労働時間などを規定する指針が発表されました。これにより、プラットフォーム事業者にはギグワーカーの労働環境改善への責務が課されるようになっています。

しかし実際には、ギグワーカーが“会社の社員”とされるケースはまだ少なく、多くが「独立請負」扱いです。そのため労働基準法上の保護が直接及ばないこともしばしばあり、今後さらに制度の改善が求められています。2022年には、デジタルプラットフォーム運営企業へ社会保障加入の義務化や、最低賃金相当の報酬保証、評価アルゴリズムの透明性強化といったルール改正が少しずつ始まりました。

加えて、SNSやライブ配信関連の新職種についても未整備な部分が多く、地方ごとに行政指導の内容が異なるといった問題が残っています。今後は「法と現実のギャップ」をどう埋めていくかが問われている状況です。

5.3 未来の展望と政策の方向性

中国政府はギグエコノミーの成長自体は歓迎しつつ、その副作用である労働者の権利保護やセーフティネット強化を重要課題と捉えています。そのため2021年以降、ギグワーカーの傷害保険加入推進や、AI判定アルゴリズムによる過酷評価の抑制、長時間労働防止などに向けた具体策が議論されています。

将来的には、全てのフリーランスやギグワーカーが「一元管理できる社会保障番号」により雇用・報酬・保険情報を一括記録できるシステムの導入も想定されており、既存の「会社員優遇」から「柔軟就労にも対応した公共インフラ」への転換が進められています。

また、女性や高齢者、障がいのある人など、これまで「安定雇用」に恵まれなかった層にもビジネスチャンスを広げる政策が検討中です。今後、AIやDX(デジタルトランスフォーメーション)との連動、国内外市場のクロスボーダー化にも対応できる支援体制がより重視されると見られています。

6. 日本との比較

6.1 日本におけるフリーランスの状況

日本でも近年、フリーランス人口は増加傾向にあり、IT・デザイン、ライティング、動画編集などの専門職を中心に広がっています。ただし日本では、まだまだ「会社員=安定」という考え方が根強く、正社員や派遣社員を中心とした雇用構造が社会の大部分を占めています。

また、日本のフリーランスは「一人親方」や「個人事業主」として伝統的に存在してきましたが、仲介プラットフォームの利用はここ十年でようやく一般化した印象です。報酬面でも最低保証がなく、税務や社会保険の自己管理に苦労する声は中国と似ています。

正社員と個人事業主・フリーランスの待遇格差も大きく、社会保障や融資・各種補助金の適用範囲も限定的です。クラウドワークスやランサーズといった大手仲介サイトは賑わっていますが、収入の安定やスキル教育、医療保障の面で課題が山積しています。

6.2 ギグエコノミーにおける日中の相違点

日本と中国を比較すると、ギグエコノミーの普及速度や社会的インパクトに大きな差があります。中国では普及が爆発的に速く、配達・家事代行・オンライン教育・ライブ配信など、スマホ一つでできるギグワークが国民生活に深く根ざしています。

一方、日本では法律や社会の慣習が保守的で、ギグエコノミーが部分的・限定的に導入されている状況です。ウーバーイーツやネット配車・クラウドソーシングは広がってきていますが、プラットフォーム事業者の規制や自治体ごとの対応が分かれ、中国ほど柔軟な働き方が一般化していません。

また中国のほうが、ギグワーカーの数が圧倒的に多く、出稼ぎ労働者や都市部の副業需要まで吸収しているのが特徴的です。デジタル社会での仕事探しや決済の手軽さ、ITリテラシー、働く人々の多様性という面では、日本より一歩先を行っているとも言えるでしょう。

6.3 相互学習の可能性

中国と日本、お互いにメリット・デメリットがあります。中国のスピーディでイノベーティブなギグエコノミー推進姿勢からは、日本が学べることも多いはずです。たとえば、ギグワーカーの情報連携やオンライン学習、スマートフォンひとつで複数の仕事を掛け持ちできる社会基盤づくりなどは日本の今後のモデルになるでしょう。

逆に日本の安定した雇用制度や労働者保護の仕組み、地域社会と連動した伝統的な仕事形態、細やかな労働相談・セーフティネット体制は、中国のギグワーカー支援にも応用が可能です。また、スキルやキャリアパスの可視化・支援制度、失業時の保護施策など、日本独自のノウハウも参考になります。

今後グローバル社会が一層進んでいく中で、日中双方が互いに知恵を出し合い、公正で柔軟な働き方社会を育んでいくことが重要です。課題も多いですが、お互いの違いこそ新しい働き方の可能性を探るヒントになるでしょう。

まとめ

中国におけるフリーランスとギグエコノミーは、テクノロジーの発展や社会構造の変化、若者世代の価値観の転換を背景に急速に広がりつつあります。一方で、法的整備や社会保障、収入の安定化といった根本的な課題も少なくありません。中国政府も積極的に支援政策や制度改革を進めてはいますが、現場レベルではまだまだ改善の余地が残されています。

日本との比較では、普及の速度や社会への影響、そして制度的な対応状況に違いはあるものの、両国とも新しい働き方の可能性にチャレンジする流れは共通しています。今後は、互いに学び合いながら、より安心で活力ある労働市場の構築が求められるでしょう。フリーランスやギグワーカーが自信と誇りを持って働ける社会の実現に向けて、さまざまな挑戦がこれからも続いていきます。

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