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   特許法と産業財産権の保護制度

中国でビジネスを展開する日本企業にとって、知的財産権、特に特許をはじめとする産業財産権の保護は、ビジネスの成否を左右する重要なポイントです。ここ数十年、中国は巨大な市場として経済成長を遂げてきましたが、それに見合った形で知的財産を巡る法制度も急速に整備されてきました。しかし、実際に中国で知財を守るためには、現地の法律や実務、制度の特性についての深い理解が不可欠です。この記事では、中国の特許法と産業財産権の保護制度について、基礎から最新動向、現場の実態、日中間の協力や今後の展望まで、幅広く、かつ具体例をまじえながら、できるだけ分かりやすくご紹介します。

目次

1. 中国における産業財産権制度の概要

1.1 産業財産権とは何か

産業財産権とは、「発明」「実用新案」「意匠」「商標」といった、産業活動の中で生み出されるアイデアや技術、デザイン等を法的に保護する仕組みです。これらの権利を適切に管理し守ることで、イノベーションが促進され、企業の競争力が高まります。産業財産権は、特許を含めて他社が模倣することを防ぐための大きな武器でもあります。たとえば、スマートフォンの新しいカメラ技術や独自の家電デザイン、またブランド名やロゴマークなど、さまざまなものが産業財産権の対象となります。

産業財産権は、知的財産権(Intellectual Property Rights, IPR)の一部に位置付けられています。知的財産権には著作権なども含まれますが、特に産業分野で重要視されるのが産業財産権です。特許、実用新案、意匠、商標の4つが主な柱とされており、その中でも特に技術革新や新しいモノづくりを保護するための「特許法」は、経済成長のカギを握っています。

中国もまた、経済発展の段階が進むにつれ、産業財産権の保護・利用が大きな政策課題となっています。以前は模倣品や海賊版がはびこるイメージがありましたが、今では逆に中国自らが積極的に産業財産権を申請し、守る立場にもなっています。世界的にも中国は特許出願数で上位の国となっていることから、その制度の現状を知ることは不可欠といえるでしょう。

1.2 中国の知的財産権法体系

中国の知的財産権法体系は、長い時間をかけて形成されてきました。1978年の改革開放以降、中国は国際社会からの投資や技術導入を円滑にするため、知的財産権保護に本腰を入れるようになりました。その結果、1984年には中国初の「特許法」が制定され、その後も「商標法」、「著作権法」、「反不正競争法」などが導入されました。

こうした法制度は、時代の変化や国際社会からの要請に対応して、繰り返し改正が行なわれてきました。たとえば、近年では特許法が2021年に改正され、損害賠償額の上限引き上げや懲罰的損害賠償の導入など、より強い保護を実現する制度が導入されています。また、インターネットやAI技術の登場にあわせ、知財権の保護範囲や侵害の判断基準もどんどんアップデートされる傾向にあります。

知的財産の管理・審査を担う機関は主に「中国国家知識産権局(CNIPA)」です。特許や商標などはこの局が全体を管理しており、審査や登録、訴訟にいたるまで、一貫した行政システムが構築されています。地方にも多くの知的財産管理機関があり、地方特有の産業の保護に力を注いでいます。

1.3 特許法の位置づけと重要性

中国の知的財産権法体系の中で、特許法は極めて重要なポジションに立っています。なぜなら、先端技術や新しい制作方法、さらには製造業の競争力の源泉となる「発明」を法的に守るための枠組みだからです。中国という巨大な市場で事業展開する多国籍企業、日本企業にとっても、特許を取ることは強力なビジネス戦略と言えるでしょう。

特許法は「発明」「実用新案」「意匠」の3種類の技術的アイデアを保護しています。中国企業自身も積極的に特許を取得し、国内外で自社技術の優位性を守ろうとしています。実際、アリババやファーウェイ、テンセントなど、中国を代表する企業は膨大な数の特許を保有し、世界市場でも攻めの姿勢を見せています。一方、外資系企業や中小の中国企業にとっても、特許権を巡る争いはますます重要性を増しています。

特許法は「範囲」「期間」「権利内容」「侵害時の救済」「更新・維持」の規定など、細かく分かれています。ビジネスモデルや技術分野によって、どの特許、どの戦略が最適かを選ぶことが、中国で成功する鍵になります。特許取得が「守り」であるだけでなく、「攻め」の武器になる――それが今の中国ビジネスの常識です。

2. 中国の特許法の基本構造

2.1 特許の種類と対象

中国の特許制度には、大きく分けて「発明特許」「実用新案特許」「意匠特許(デザイン)」の3つのカテゴリーがあります。それぞれ保護される内容が異なるため、ビジネスや技術内容によって使い分けることが有効です。

発明特許は、新規性・進歩性・実用性が認められる技術的発明に与えられます。例えば、まったく新しいバッテリー材料、新規なAIアルゴリズム、あるいは医療分野で画期的な診断技術などが該当します。中国における発明特許は、20年間の独占権を持ちます。

実用新案特許は、いわゆる「小発明」に該当するもので、構造や形状などの実用的な改良が対象になります。たとえば、従来品より部品の配置が工夫された工具や、効率的な省エネ機器、自動化機械の機構改良などです。新規性と実用性は必要ですが、進歩性のレベルは発明特許より緩やかです。実用新案の権利期間は10年とされています。

意匠特許(デザイン)は、商品のデザインや外観が対象で、家電製品や家具、スマートフォンの形状、あるいはパッケージや容器デザインなども含まれます。近年、消費財ビジネスで益々重要視されています。意匠特許の保護期間は15年に延長(2021年改正以降)されています。

2.2 特許取得の手続き

中国で特許権を取得するためには、まず中国国家知識産権局(CNIPA)へ出願する必要があります。出願は中国語で行うことが原則なので、現地の弁理士や専門業者と協力し、適切な書類を準備することが成否を分けます。日本の特許をすでに持っている場合は、「パリ条約」に基づく優先権主張や「PCT(特許協力条約)」経由の出願も可能です。

審査の流れとしては、まず形式審査と実体審査があります。発明特許の場合、実質的な技術内容まで詳しく審査され、非常に厳格な基準で判定が行われます。これは欧米や日本と同様の流れです。一方、実用新案や意匠は比較的簡易な審査(部分的な審査や登録制)が採用されていますが、出願内容によっては追加書類や詳細説明が求められる場合もあります。

権利取得までの期間は、案件や内容により異なりますが、発明特許でおおむね2〜5年、実用新案や意匠特許は半年〜1年ほどと、日本より短いケースも見られます。早期審査制度も用意されているため、緊急性がある案件や市場投入を急ぐ場合は活用するのが有効です。

2.3 特許維持と更新制度

中国で特許権を維持するには、年ごとに「年金(維持年金)」を納付する必要があります。これを怠ると権利が失効しますので、権利保持者は中国国内での管理体制をしっかり整えることが求められます。特に複数の特許を持っている場合は、うっかり更新を忘れてしまうケースもあるため、現地事務所や信頼できる代理人の協力が必須です。

年金は権利年限が長くなるほど高額化する傾向があり、権利を維持するコストも計画的に考慮する必要があります。たとえば、特許のアイテムが競争上不可欠なら、更新コストを負担してでも守る価値がありますが、事業から撤退したり技術が陳腐化した場合は、あえて失効させ新規出願や別分野への転用を図る選択肢もあります。

また、中国の特許法(2021年改正)では、特許権の「補足保護期間」や「行政救済手段」なども強化されています。つまり、特許権者が何らかの事情で期限内に更新できなかった場合、手続きを条件に一定期間救済を受けられる制度が整っています。これにより、権利保持者への配慮がこれまで以上に進んでいると言えるでしょう。

3. 特許権の権利内容と保護

3.1 特許権の効力範囲

中国の特許権は、登録された権利内容に基づいて、発明または技術アイデアの独占的な利用を認めています。つまり、特許権者は他者にその技術を無断で製造・使用・販売・輸入させることを禁止できます。この独占権の効力は中国全土に及び、たとえ地方都市や内陸部でも、特許権は一様に法的効力を持ちます。

効力範囲は、特許請求の範囲(クレーム)に明記された技術要素に限定されるため、権利取得時には実務的にも慎重な記述と広がりを持たせる工夫が必要です。たとえば、同じ技術を複数の用途に応用する場合、それぞれについてしっかりクレームを分けて出願することで、後々の争いごとを防げます。また、部品や素材などのバリエーションも考慮し、抜け漏れないよう管理されることが重要です。

さらに、特許権には「間接侵害措置」という仕組みも用意されています。これは、特許製品自体でなく、部品や原材料、市場での取引行為が結果的に特許侵害につながる場合でも、権利行使ができる制度です。実際、中国のハイテク産業では部品メーカーが間接侵害として訴えられるケースも散見されます。

3.2 権利侵害時の救済措置

もし他社や第三者に特許を侵害された場合、中国ではいくつかの救済手段が設けられています。まず、行政救済として、特許権者は中国国家知識産権局やその地方支局に申し立てることができます。これは比較的手続きが迅速で、現場で侵害製品を差し止めたり、証拠保全を行うことが可能です。

もうひとつの方法は「民事訴訟」です。特許権者が裁判所に直接訴訟を提起し、侵害者に対して損害賠償や差し止めを求めます。中国の知財専門裁判所(北京、上海、広州など)では専門裁判官が担当し、近年ますます公正・迅速な審理が行われるようになっています。2021年改正で懲罰的損害賠償が導入され、悪意の侵害の場合は被害額の1〜5倍に増額請求できるため、被害者救済がさらに強化されています。

加えて、刑事罰も用意されています。悪質な侵害——たとえば大規模な模倣品販売や組織的違法製造が認められた場合は、刑事訴追や罰金、時には実刑判決も下るようになりました。中国政府自体が経済の質的転換を目指しているため、知財侵害に対する姿勢も年々厳しくなっています。

3.3 中国における特許訴訟の特徴

中国の特許訴訟は、日本や欧米とはやや異なる独特の特徴があります。一つ目は、訴訟件数の多さです。中国国内だけで年間数万件の知財関連訴訟が提起されており、まさに世界最大規模です。これは中国企業の知財に対する意識が高まり、自分で自分の技術を守るため積極的に裁判を活用していることが背景にあります。

二つ目は「迅速な審理」です。中国の裁判所(特に知財専門裁判所)は一年程度で判決を出すケースが多く、証拠収集・証人尋問・技術専門家による意見聴取なども積極的に行われます。日本とは違い、中国では証拠の「現場押収」や「証拠保全」制度も強化されていて、訴訟時のスピード感が非常に重要視されています。

また、中国企業が主体的に外資系企業を訴える、いわゆる「逆転訴訟」も増えています。中国で事業展開する日本企業にとっては、訴えを受けるリスクや和解交渉の進め方についても、あらかじめ準備や戦略を持つことが欠かせません。中国では特許権侵害の有無にとどまらず、反訴や売買契約の有効性、ライセンス契約違反なども対象になるため、交渉や訴訟の場では法的・実務的な知識が強く求められます。

4. 実用新案・意匠権の制度

4.1 実用新案権の概要と取得手続き

実用新案権は、発明ほどの新規性や高度な技術力までは求めず、実用的な技術進歩が見られる「プチ発明・改良発明」を主な保護対象とします。中国では中小企業やスタートアップがこの仕組みを活用し、新製品や新サービスの導入時に競合との差別化を図っています。たとえば、より省エネ性を高めた洗濯機の駆動構造や、折りたたみ式の家具など、既存品に少し工夫を加えた技術でも申請できるため、実務上とても人気があります。

実用新案の出願は、原則として発明特許より手続きが簡易で、審査期間も短いのが特徴です。具体的には、形式審査中心で実体審査は限定的であり、多くの場合は書類に不備がなければ比較的速やかに登録されます。したがって、新商品やサービスのローンチに合わせて「早く権利化したい」場合に非常に有用です。日本企業でも、まず中国で実用新案を短期取得→その後発明特許へ切り替え(優先権付与)するといった戦略が広く採用されています。

ただし注意点もあります。実用新案は審査が簡易である分、後に「無効審判」を申し立てられやすい側面があります。これは、競合他社や第三者が「特許性がない」と訴えた場合、比較的短期間で審理・判決が下るため、権利保持者としてはしっかりとした技術説明や資料準備が欠かせません。権利取得後の防御策にも十分な配慮が必要です。

4.2 意匠権の範囲と特徴

意匠権とは、いわゆるプロダクトの外観デザインや形状そのもの、装飾的要素の新規性を保護する権利です。中国では「外観設計」とも呼ばれ、家電や文具、スマートフォン、衣料品など、消費者が“目で見て分かる違い”を持つ商品がこの対象になります。特に近年、消費者志向の高まりとともに、意匠権の重要性は増しています。

意匠権の権利範囲は、登録時の意匠図面や説明書に記載された「形」「模様」「色彩」などによって具体的に定められます。ユニークなカーブを持つマグカップや、斬新なICカードリーダーデザイン、シンプルなキッチン家電の外観なども多く登録されています。意匠権は2021年改正で保護期間が15年に延長されるなど、企業の投資意欲をより強く後押しします。

また、中国の意匠権制度では「部分意匠」の登録も認められており、商品の全体でなく一部(例えば自動車のドアハンドル部分だけなど)も保護対象となります。ファッション業界でも「靴紐の結び目」や「洋服の袖部分のパターン」など、小さな個性が大ヒット商品の基盤となる時代です。これにより多様な分野での意匠権活用が現実味を帯びています。

4.3 産業界における実用新案・意匠権の活用事例

実用新案や意匠権は、多くの中国企業や外資系企業にとって、「スピード感をもった商品投入」「市場シェア確保」「ブランド価値保護」に欠かせない戦略的ツールです。たとえば、広東省の家電メーカーでは、電子レンジの取っ手形状で意匠権を取得し、コピー商品を一掃することに成功しています。さらに、その意匠権に発明特許も追加でかぶせ、法的な防御層を厚くする手法も一般的です。

また、中国に進出する日系自動車メーカーでも、例えばカーナビのボタン配置やパネルカラーの独自性を意匠権としておさえ、模倣防止に役立てています。実用新案の活用例としては、スマートシティ向けの小規模なIoT端末や、社内物流の省人化機器など、「大会社だけでなく、中小企業やベンチャーの武器」にもなっています。

さらに面白い例では、食品メーカーがパッケージの新デザインで意匠権を取得し、スーパーやオンライン店舗で自社製品の差別化と模倣品排除に成功したケースも報告されています。こうした実用新案権・意匠権の取得と運用は、「短期決戦型」「現場重視型」の中国市場において、とても有効な知財戦略となっていると言えるでしょう。

5. 産業財産権の国際的側面

5.1 国際条約と中国の対応

中国は世界の主要な知的財産保護の国際条約に加盟し、そのルールに基づいて国内法制度を構築・改正してきました。たとえば、「パリ条約」(産業財産権の保護に関するパリ条約)や「特許協力条約(PCT)」はもとより、「WTO・TRIPS協定」(知的財産権の貿易関連側面に関する協定)にも加盟しています。

これにより、日本など他国で先に特許出願した場合でも、パリ条約の優先権を利用し一定期間内に中国で出願すれば“初発出願と同じ”取り扱いが受けられます。また、PCT出願を活用することで、国際的な特許審査・登録プロセスが大幅に簡略化され、多国間同時展開を行うグローバル企業には大きなメリットとなっています。

さらに、中国はWTO加盟(2001年)や外資誘致政策に呼応して、知財保護を国際水準まで引き上げる努力を続けてきました。直近の法改正では、損害賠償額の計算方法や懲罰的賠償、証拠収集手続きの国際化など、先進国の枠組みに合致した内容が導入されつつあります。これにより、新技術や新商品のグローバル展開で「中国だけが例外」とならない環境が徐々に整備されています。

5.2 外国企業の権利保護の現状

中国に進出している外資系企業、とくに日系企業にとって、中国の知的財産権制度が“本当に機能しているかどうか”は非常に重要な関心事です。一昔前は「中国では権利が守られにくい」「訴訟しても勝てない」というイメージが強くありましたが、近年は事情が大きく変わってきました。

中国の知財訴訟において、外国企業が勝訴する割合は年々増加傾向にあり、北京知財法院の公表データでも一定以上の成果が示されています。ただし、実際の訴訟時には“証拠”や“侵害行為の特定”に高いレベルの立証責任が求められます。偽物の摘発や証拠収集も、現地の行政機関や弁護士との協力が不可欠です。

とくに電子機器、自動車部品、医薬、化粧品などの分野では、日本企業が自社の技術やデザインの権利保護のため積極的に訴訟・行政申立てを選択しています。また、中国当局が模倣品や違法輸出の摘発を大規模に行った例(例えば広東省の国際家電展示会での集団摘発、上海空港での偽ブランド押収など)も増えています。「十数年前より中国は遥かに知財意識が高まった」と、多くの現地企業や駐在員が実感しています。

5.3 日中間における特許協力と課題

日中両国間では、知的財産分野の協力や情報交換が定期的に行われています。日中知財シンポジウムや行政交流、共同研究プロジェクトの仕組みがあり、実務者レベルでのノウハウ共有も活発です。たとえば、日中両国の特許庁が、審査手続きや出願フォーマット、データベース化、AI活用といった課題を一緒に検討し、実務現場の負担軽減に取り組んでいます。

しかし一方で、依然として解決すべき課題も少なくありません。日本企業が中国で特許取得を目指す際、「出願書類の現地語訳の精度」「細かい技術要件の違い」「審査基準の解釈のズレ」など、実務的ハードルは多いです。また、「特許クレームの幅」に関しては中国の審査基準が日本より厳しい分野とそうでない分野が混在しており、事前の情報収集・事務所選びが結果を大きく左右します。

今後は、日中双方における専門家育成や意識改革、そして常に変化する法律・ルールの情報共有をいっそう密にすることが、より円滑な特許協力体制構築につながります。日本企業にとっては、「中国市場だけでなく、中国と上手に付き合いながら世界全体の知財戦略をどう描くか」が最大の課題になりそうです。

6. 知的財産権保護の現場と課題

6.1 権利侵害の実態と対策

中国では依然として権利侵害、特に模倣品・コピー品の流通が完全には撲滅されていません。ITや家電、衣料品、スポーツ用品、あるいは飲食分野でも“見かけそっくり”な製品が流通し、時には海外への逆輸出(“リバースグローバル”)事例も少なくありません。例えば、有名な日本の文具メーカーが発売した新型ボールペンが、数ヶ月後には中国国内の露天やインターネット通販で大量に“そっくり商品”として現れる、といったケースは現在でもあります。

こうした現場の対策としては、現地調査・証拠収集・行政機関への申立て・定期的な権利見直しなど、「とにかく迅速な対応」が不可欠です。大手企業は現地法人の法務・知財部門に加え、専門調査員チームを設け、流通経路やサードパーティのネットワーク(オンラインモール、B2B/B2Cプラットフォーム等)を24時間監視しています。また、特許や意匠の登録件数を意図的に増やし、“攻防一体”の知財戦略を構築する例も増えています。

一方、権利が侵害された場合、中国国家知識産権局や地方知財行政事務所を通じた行政救済が最も迅速で有効だという声が多いです。地方によっては行政の対応速度や実務レベルにばらつきがあるため、申立ての際には信頼できる現地代理人の存在が重要となります。最近ではオンライン申請やAI技術を活用した権利侵害検知も広がっており、デジタル時代ならではの新しい対策も注目されています。

6.2 政府機関の役割と最新動向

中国の知財関係の政府機関、とくに「中国国家知識産権局(CNIPA)」の役割は年々重要性を増しています。この機関は、特許出願の審査や登録はもちろん、模倣品摘発キャンペーン、啓発活動、関連法令・通達の策定まで幅広く担当しています。特に北京、上海、広州などの沿海大都市では、知財専門裁判所や知財警察部門が強化され、知財事件の「スピード解決」「プロフェッショナル判決」に注力しています。

最近のトレンドとしては、知財分野でのAI・ビッグデータ解析の導入が進んでいる点も注目されています。たとえば、中国国家知識産権局は出願件数の分析や侵害リスクの自動検出ツールの開発、中国全土での権利維持状況のモニタリングシステム導入など、行政のIT化を猛烈に推し進めています。また、「知財都市」「知財クラスター」といったモデル都市指定もなされており、深圳や蘇州といった先端都市ではMaaS(Mobility as a Service)やスマートファクトリー開発と並び、知財保護が地域戦略の基柱となっています。

加えて、中国政府は「社会信用システム」と連動させた「知財ブラックリスト」制度も運用しています。悪質な知財侵害を繰り返す企業は公開されたリストに載り、金融取引や事業許認可に著しい不利を受けるため、「知財違反=ビジネスリスク」という認識が中国全体に広がりつつあります。こうした国全体での意識改革は、長期的な知財保護の基盤となるはずです。

6.3 今後の制度改革と日本企業への影響

今後の中国の知財制度については、「更なる国際化」「デジタル技術導入」「現地実務の一層の透明化」が続くと予想されます。中国は国際ビジネスの中心地であり、海外からの批判を受けて制度改正を繰り返してきた経緯があります。たとえば、「AI・IoT・バイオ分野への迅速審査制度」や、「外国出願人のオンラインアクセス権強化」「多言語対応窓口の充実」等、グローバル基準での運用がより強化される見通しです。

日本企業への最大の影響は、「中国の制度を理解しているかどうか」が直接競争力に繋がる時代になった、という点です。2020年代半ば以降は、特許・実用新案・意匠の各分野で制度変更が短いスパンで発生しており、「2年前の常識」がすぐ通用しなくなることも珍しくありません。たとえば、2021年以降の中国特許法や、オンライン出願制度の刷新などにより、審査スピードやクレーム解釈、権利行使の手続きが随時変化しています。

現地でのローカルパートナー選定、弁理士・弁護士の現地実績・日本語対応力も以前以上に重要です。対中国ビジネスの現場では、日本本社・中国法人・現地専門家が「リアルタイムで情報連携」できる体制づくりが求められています。将来、中国発の新技術との「特許クロスライセンス交渉」「共同開発時の知財分担」など、より高度で柔軟な判断力と交渉力が必須となるでしょう。

7. まとめと今後の展望

7.1 中国特許保護制度の評価

中国の特許法および産業財産権の制度は、30年余りの急速な進化を遂げ、今日では世界有数の出願・登録件数を誇るまでになっています。かつての「模倣天国・知財弱国」というイメージは過去のものとなり、今では中国自体がイノベーションを保護・推進する側に大きく舵を切りました。特許や実用新案、意匠の各分野において、法改正や行政体制の強化により、権利者保護の実効性が大幅に高まっています。

もちろん課題も残されています。地域格差や現地官庁による運用のバラつき、制度変更の頻度、一部分野での審査基準の曖昧さなどは、特に外資系企業や中小企業にとって悩みの種です。しかし、政府や業界の努力により、訴訟の透明性や証拠収集の公正化、行政救済手段の改善など、実務レベルでも着実な進歩が見えます。外国企業の勝訴率上昇や、悪質な侵害事業者への厳しいペナルティ導入は、中国の“知財先進国化”の証拠といえるでしょう。

今後は、AI、バイオ、半導体、グリーンエネルギーといった先端分野で、より国際協調型の知財ルール整備が求められるでしょう。上海や深圳など、先進都市でのサンドボックス制度(新技術の実証実験フィールド)や、オンライン裁判制度など、デジタル時代の新しい知財管理も加速しています。中国の特許法・産業財産権制度は、“世界と競う・世界と共に守る”フェーズへ入ったと言ってよいでしょう。

7.2 日本企業へのアドバイス

日本企業が中国でビジネスを展開する際、まず第一に「最新の現地法・手続きを理解すること」が不可欠です。以前の知識や日本国内だけの経験に頼っていると、思わぬ落とし穴が待っています。例えば、クレームの解釈や証拠提出のルール、権利維持管理のタイミング、さらには新しい行政恩恵や早期審査制度の活用まで、日々進化する現場で“フレッシュな情報”こそが最大の資産となります。

「現地に強いパートナー(弁理士・弁護士・調査会社等)」を見つけ、定期的な勉強会・情報交換・現地視察を続けることも大切です。よくある失敗例は、「日本の本社だけで意思決定」「中国現地担当者が法律改正を把握していなかった」「書類の和訳ミスや手続き遅延」など、社内連携面での課題です。一方、逆に現地化が進んでいる企業では、「製品ごとに特許・意匠・商標を一括管理」「模倣品や権利侵害発生時の即時対応体制」「現地訴訟対応力・ADR(裁判外紛争解決)への強み」など、知財リスクマネジメントが経営競争力に直結している事例も多々見られます。

また今後、「日中企業による共同開発・クロスライセンス」「中国現地でのサンドボックス制度を利用した新技術実証」「中国発の知財管理ノウハウやAIツールの現地利用」など、日本から一方的に“権利を守る”という立場だけでなく、“共創・共進化”の時代が到来します。日本企業は自社の強みと現地パートナーの知恵を組み合わせ、ダイナミックでフレキシブルな知財戦略を描くべきでしょう。

7.3 中国における知財戦略の将来

中国の知的財産市場は、今や世界最大クラスの“創意・競争・共生”のフィールドです。今後も「技術&デザイン主導型経済」への転換が進む中で、知財マネジメントは単なる権利取得・防御策から、パートナーシップ構築、ライセンス交渉、オープンイノベーション支援など、総合的な経営戦略へと発展していくはずです。

AI解析やビッグデータ時代の知財管理、また越境事業に特化した「国際Arbitration」「多国間特許ネットワーク」など、今後10年で中国の知財制度はさらに進化するとみられています。海外企業にとっては「最大のチャンスであり、最大の試練」といえます。中国現地の変化を柔軟にキャッチし、「素早く守り、素早く攻める」体制を構築していくことが、国際競争のなかで生き残るカギとなるでしょう。

終わりに

中国の特許法と産業財産権の保護制度は、今や世界のトップレベルに肩を並べるまでに発展しています。その背景には、経済の質的転換、国際社会との積極的な協調、新技術分野の勃興といったダイナミックな環境の変化があります。制度・実務両面の理解を深め、現地の専門家と連携しながら、日本企業ならではの強みをいかした「中国型知財戦略」を構築していくことが、これからの時代の成功の秘訣です。本稿が皆さまの中国ビジネス・知財活動の一助となることを願っています。

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