中国は今、世界有数の旅行大国として注目を集めています。かつては国内旅行が主流だった中国の人々ですが、経済成長と都市化、そして社会の変化とともに、その旅のスタイルや消費行動も大きく様変わりしてきました。本記事では、旅行消費市場の歩みから、現代中国人の新しい旅行嗜好、デジタルトレンド、コロナ禍の影響、さらには日本市場との比較や今後の展望まで、さまざまな角度から中国の「旅行消費と消費者の嗜好の変遷」を詳しくご紹介します。
1. 中国における旅行消費市場の概要
1.1 旅行消費市場の発展歴史
かつて中国では「旅行」といえば公的な団体旅行や家族連れの国内旅行が一般的でした。1980年代、改革開放政策により中国人の生活水準が上がるとともに、国内各地への旅行ブームが少しずつ起こり始めます。当時は鉄道旅行が主流で、パッケージツアーが人気でした。しかし、まだ余暇を楽しむ文化が定着していたわけではなく、旅行は特別なイベントという感覚が強かったのです。
1990年代には経済発展とともに、中国人の海外旅行も徐々に現実的になりました。2003年、中国がついに個人観光旅行(Outbound Independent Traveler、略してOIT)を認め、これを機に一気に海外旅行者数が増えます。その後2008年の北京オリンピック、2010年の上海万博など、国際的なイベントの影響もあり、旅行を通じて見聞を広げたいという需要が一層高まりました。
2010年代に入ると、中国人の可処分所得の増加やインターネットの普及がさらに旅行市場を後押しします。公共交通インフラの整備、航空路線の拡大、オンライン旅行サービスの進化なども加わり、「旅は贅沢品」から「日常の一部」へと認識が変化していきます。
1.2 旅行市場の基本構造とセグメント
中国の旅行市場は大きく国内旅行と海外旅行に分かれています。そこからさらに、「個人旅行」と「団体旅行」、「ビジネス」と「観光」、「短期」と「長期」など、さまざまな消費セグメントが生まれています。特にここ数年は個人旅行(FIT, Free Independent Traveler)やテーマ型ツアーが急速に成長中です。
市場の規模も桁違いで、国内旅行に関して言えば数十億人規模の延べ旅行者数を記録する年も珍しくありません。特に旧正月や国慶節といった大型連休には、国内外の移動が非常に活発となり、交通機関や観光地は大混雑します。都市別でみると、北京・上海・広州など大都市のほか、成都・重慶・西安など地方都市の観光需要も近年増大しています。
また、ターゲット別には家族旅行、カップル旅行、ひとり旅、シニア旅行、友人グループ旅行など、多様化が進んでいます。ショッピングやグルメを目的とした都市型レジャーだけでなく、自然体験や伝統文化に触れる地方観光、さらには養生や美容目的のヘルスツーリズムなど、細分化が止まりません。
1.3 旅行消費の主要プレーヤー
中国の旅行消費をリードしているのが、二つのプレーヤーです。まず一つは、伝統的な旅行会社やツアーオペレーター(中国国旅、携程旅行網[Trip.com]、飛猪[Fliggy]など)。これらはパッケージツアーの企画・販売やホテル・航空券の予約などをワンストップで提供するプラットフォームです。
もう一つは、消費者自らがインターネットやアプリを駆使して直接情報収集・予約を行う「個人主導型」のプレーヤー。驚くべきスピードで普及したWeChatや支付宝(Alipay)などの決済サービス、口コミアプリ「小紅書」(RED)や動画サイト「抖音」(Douyin/TikTok)は、旅行先選びから現地レポートまで旅行消費行動を大きく変えています。
また、新興勢力としては、KOL(Key Opinion Leader)やインフルエンサーによるSNSでの旅行情報発信、地域自治体や観光地自体が行うダイレクトなプロモーションなど、多様なプレーヤーが市場に参入しています。消費者の購買行動がデジタル化・多様化し、旅行消費マーケットは絶えず動いています。
1.4 現状と直近の市場動向
新型コロナウイルスの影響下、2020年を境に旅行市場は大打撃を受けましたが、その回復力は予想以上です。2023年から2024年にかけては国内旅行需要が一気に復活し、新しい旅行先や宿泊スタイルに注目が集まっています。直近では中国国内の地方都市や自然豊かな秘境、アウトドアアクティビティへの人気が高まる一方で、コンサートなど“イベント消費型”旅行も増加傾向です。
また、国際線の再開とともに海外旅行も徐々に勢いを取り戻しつつあり、日本、韓国、東南アジア、ヨーロッパなど目的地が多様化しています。特にビザ発給の簡素化やスマートフォン一つでの決済手段の普及が、海外旅行需要を押し上げる要因となっています。また、環境や健康に配慮した「サステナブル旅行」も一部の若い世代を中心に関心が高まりつつあります。
このように、中国の旅行消費市場は伝統的な団体旅行から個人主体の多様な旅行へと劇的に変化しており、消費者の嗜好や価値観も連動して進化を続けています。
2. 消費者の旅行嗜好の変遷
2.1 伝統的な旅行スタイルと特徴
1990年代から2000年代初頭にかけての中国人旅行者の主流は「団体ツアー」。親や子供、祖父母を含む家族単位のパッケージ旅行が一般的でした。固定されたルート、時間通りに進行する行程、ガイド付きで観光名所だけを巡る、といった指向性が強かったのです。その結果「団体写真撮影」や「みんなでバス移動」といった光景がよく見られました。
この時期の旅行の目的は、「有名な場所に行って見る」こと。万里の長城、故宮などの定番はもちろん、華僑の故郷を訪ねる里帰り旅行、会社の社員旅行や学びの一環としての修学旅行も盛んでした。旅行は「身分や経済力の象徴」であり、ステータスとして語られる場合も多かったのです。
消費スタイルも今以上に制限が多く、「旅先でのブランド品まとめ買い」や「グルメ巡り」よりも、「ツアーについてくるレストラン」や「大量にお土産を買って配る」といった団体的な色合いが強かったと言えます。旅行そのものがまだ「贅沢品」であり、日常とは一線を画した特別な体験だったのです。
2.2 現代消費者の旅行志向
現代の中国人旅行者は、かつての団体主義から大きく変化しました。「自分らしい旅行」「自由度の高い旅行」を重視し、旅行の計画から予約、現地アクティビティの選択まで、自分で決めるスタイルが主流です。訪れる場所も、従来の有名観光地から、SNSで話題の「隠れたスポット」や「インスタ映え」する場所にシフトしています。
食の嗜好についても、「旅行=地元グルメ探訪」という意識が高くなり、ミシュラン掲載レストランやB級グルメ、小吃(ストリートフード)探しなど、食体験自体が目的となっているケースも多いです。また、地方独自の伝統文化やアクティビティ、田舎町でのゆったりした滞在など、「体験重視型消費」が増加。ラグジュアリーホテルや特色ある民宿、ブティックホテルの人気も高まっています。
旅行先の選び方も、スマホアプリやSNSの口コミ、大衆点評(中国版食べログ)、小紅書(RED)などのプラットフォームから情報収集するのが当たり前に。特に動画やリアルタイムのレビューが重視され、一人ひとりが「旅の発信者」としてSNSで写真や感想をシェアする文化が根付いています。
2.3 若年層の旅行に対する新しい価値観
「90後」「00後」と呼ばれる90年代・2000年代生まれの若い世代は、旅行に対して独自の価値観を持っています。まず、「自己表現」と「自分磨き」の手段としての旅行。たとえば、旅先の絶景やカフェ、ユニークな体験をSNSにアップして「自分だけの物語」を作ることに重きをおきます。「他人と違う」「個性的」なルート選びや旅の楽しみ方が人気です。
また、この世代は「即時性」や「効率」も重んじる傾向があり、スマホ一つで宿泊予約から現地移動、レストラン検索、支払いまで何でもこなします。公共交通のモバイルチケット、QRコード決済、現地ガイドとのマッチングサービスなど、デジタル化された旅行体験が日常化しています。限られた休日を最大限に活用し、「弾丸旅行」や「2泊3日の短期トリップ」も珍しくありません。
そして、環境保護や社会的な意識も芽生え始めています。「エコロジーツーリズム」や地域への貢献、伝統文化の再発見など、「意味ある旅」に価値を置く人も増えてきました。コロナ禍を経て「健康」や「安心」も旅行選びの大切な要素になっています。
2.4 世代間の嗜好比較
中国の旅行消費を語る上で、世代間の差は無視できません。60~70年代生まれのミドル世代は、旅行プランも「安定」「安心」「みんな一緒」がキーワード。知名度の高い観光先や長期休暇の家族旅行、団体パッケージなど、従来型の旅行スタイルを好む傾向は今も残っています。
それに比べて、80後、90後、Z世代は「オンリーワンの体験」「自分軸の旅」を追求します。友達や同世代と小人数で出かけることや、SNS映えする写真を撮る、新しい店や未知の町を開拓するなど、アクティブで好奇心旺盛。情報ソースも口コミやレビュー、インフルエンサーの発信から得るのが特徴です。短い休みでも頻繁に旅行する「プチ旅行派」も増えました。
反面、高齢者層は健康志向が強く、養生・医療ツーリズムや温泉、長閑な田舎体験など、体に優しい旅行が人気。孫や家族と一緒に出かけたり、手厚いサービスのパッケージ旅行を選ぶ安全志向も根強いです。こうしたライフステージに応じた細かな違いが、今日の中国旅行市場の多面性を作っています。
3. 新しい旅行形態とその背景
3.1 個人旅行(FIT)の拡大と要因
近年、「個人旅行(FIT)」が中国の旅行市場の主流となっています。その要因の一つは「情報と技術の革新」。スマートフォンやネット予約サイト、アプリの発達により旅行計画が格段に手軽になりました。実際、多くの中国人は航空券やホテル、現地アクティビティを自分で選び、オンライン上でワンタップ予約しています。
このFIT化の背景には、「自分だけの旅をしたい」という欲求も大きく影響しています。例えば、団体旅行では自由時間が制限されますが、個人旅行なら好きな場所を好きなだけ巡れるため、「人混みを避けたい」「オーダーメイドで予定を組みたい」「現地の生活にじっくり触れたい」といったニーズにぴったりです。また、家族やカップル、友人同士でテーマ性のある旅行をつくりやすいのも利点でしょう。
FITの拡大には政策面の下支えもあります。中国政府はビザ制度の簡素化、パスポート取得の緩和、公共交通インフラの整備(高速鉄道や空港の拡充)を進めており、これが旅行コストや不便の大幅低減に寄与しています。ターゲットセグメントも年々広がっており、若年層だけでなくファミリーやシニア層のFITデビューも増えています。
3.2 贅沢・特徴的な旅行体験の人気化
「ラグジュアリーツーリズム」や「一点突破型体験」が中国で急成長しています。ただ移動して観光地を巡るだけでなく、「唯一無二の体験」にこだわる旅行者が増えました。例えば、超高級ホテルや有名ブランドのスパリトリート、ワイン農園でのテイスティングツアー、高原リゾートや離島でのプライベートバケーションなどが人気を集めています。
また、地域独自の伝統文化体験や職人ワークショップ、地元の食材を使ったミールツアー、伝統的な祭りに密着参加する「深度体験」も注目の的です。コロナ禍では「密を避ける」「安心・安全」への意識から、農村部のヴィラや個人貸切の小規模宿泊施設、秘境トリップへの需要も高まりました。
さらには、「推し活」「コンサート遠征」「有名人巡り」も一つの特徴です。例えば人気ドラマのロケ地や話題のカフェ、KOL・インフルエンサーが訪れたスポットを辿る旅。旅行を通じた「自分だけのエピソード作り」に、大きな価値を見出す層が拡大しています。
3.3 デジタル技術の導入と影響
中国の旅行市場において、デジタル技術の活用は革命的です。まず、旅行予約やチケット取得がWeChatや支付宝で即時に完結するのは当たり前。大手OTA(オンライン旅行エージェント)プラットフォームや、航空会社・ホテルの公式アプリが「ワンタッチ旅」を支えています。
加えて、「口コミ経済」の拡大も見逃せません。小紅書(RED)や抖音(TikTok)は旅行先の情報収集、予約、体験共有までを一気通貫でサポート。現地での「ライブ配信」や「バーチャル観光」サービスも登場し、消費者は行かなくてもまず「体感」してから計画を立てられるようになりました。
IoTやAIも新しい体験を生んでいます。例えば、スマートホテルのキー不要入室、AIコンシェルジュが旅程や好みを最適化、地域観光マップをARで表示など、デジタル技術は旅の準備から現地体験、口コミ拡散まであらゆる面で威力を発揮しています。これが新世代の“旅行消費”の原動力となっています。
3.4 コロナ禍以降の変化
コロナ禍は中国の旅行消費行動に大きなインパクトを与えました。2020年のロックダウン後、しばらく海外旅行はほぼ停止し、国内旅行すらも制限がかかる状況に陥りました。この経験を通じ、中国人の「旅の価値観」はさらに多様化し始めています。
まず、「近場」「短期間」「自然」を重視するシフトが顕著に。安全・衛生への意識が高まる中で、都市部から離れた農村や山間地域、キャンプやアウトドアアクティビティの需要が急増しました。また、プライベートカーで出かける「自駕游(セルフドライブ旅行)」や、家族や小グループの貸切旅行もトレンドです。それに併せ、ローカル観光地が新たな仕掛けを打ち出し、地元密着の体験型ツアーを次々と提案しています。
コロナ収束後も「オンライン予約」や「非接触型サービス」は当たり前に。而して「安心・安全」「サステナビリティ」「体験重視」の3要素が、消費者行動を左右する時代が到来しています。
4. 地域別・目的別の旅行消費傾向
4.1 国内観光と国外観光の比較
中国人にとって、国内と海外旅行はそれぞれ全く異なる意味合いを持っています。国内旅行はアクセス面で手軽な分、頻繁に楽しめる存在。大都市近郊の観光地から田舎町、山岳地帯、文化遺産地などジャンルは無数にあり、一家団欒や友人同士、ビジネス出張など目的も様々です。旧正月や国慶節には地方への“帰省”と合わせて観光する家族も多く、「民俗文化」や「伝統祭り」を楽しむことが一般的です。
一方で、海外旅行は「非日常」や「刺激」を求める人が多く、特にここ10年あまりは「見たことのない世界」への関心が高まっています。ショッピング、グルメ、異文化体験、自然探訪など、国内では味わえない価値を期待しているのが特徴です。特に日本、韓国、タイ、シンガポールといった東アジア・東南アジアは「近くて新しい旅」の定番になっています。
海外旅行では「言葉や文化の壁」があるため、伝統的には団体パッケージツアーが主流でしたが、近年はFITの浸透、高度な翻訳アプリやキャッシュレス決済の普及もあり、若い世代を中心に「自由旅行」が加速度的に増えています。
4.2 人気観光地(都市・地方)の変遷
一昔前まで中国人にとって人気観光地といえば、北京、上海、西安、桂林、九寨溝(四川省)などの王道スポットが定番でした。今でも世界遺産や歴史的な建築、絶景地帯には多くの人が集まります。しかし近年は「新しい都市」や「テーマ性ある田舎町」に注目が集まる傾向も。
たとえば、雲南省麗江・大理の古鎮、貴州の苗族・トン族村落、海南島のビーチリゾート、さらに新疆の草原地帯やチベット高原など「エスニック」「冒険」「秘境感」を前面に出した目的地が人気を集めています。SNSやメディアの影響で「行ったことのない場所」への憧れが高まり、地方都市の観光インフラ整備も進んだことで、アクセスの悪さというハードルがぐっと下がりました。
都市型観光では、成都や杭州、重慶など「美食」「歴史」「現代アート」などで有名な都市が台頭。その土地ならではのレストラン、カフェ、体験型ショップの紹介がSNSでバズり、“次の人気都市”ブームが途切れません。
4.3 テーマ別(自然、文化、レジャー)旅行需要
中国人の旅行目的はますます多様化しています。伝統的な「歴史文化」「絶景探訪」は不動の人気ですが、今やそれ以外にも豊かな選択肢が登場。例えば、「アウトドア」や「アドベンチャースポーツ」需要の拡大。キャンプ、トレッキング、ラフティングなど自然を満喫するアクティビティに若者や家族連れが殺到しています。
文化面でも変化が見られます。アート巡り、フェスティバルへの参加、伝統工芸体験、地元祭りや寺廟参拝など、地域固有の文化や歴史を体験したいという欲求がさらに高まっています。また、音楽や映画イベント、eスポーツ大会など“現代カルチャー”絡みのレジャー旅行も急増中です。
食に関しては、「地方グルメ探索」「食べ歩き」「美食ツアー」が大人気。旅行のためだけに遠方の有名レストランへ行ったり、地元の屋台や市場で食べ比べを楽しむ人も多数。健康志向で「オーガニック農場体験」や「ヘルステーマパーク」巡りに出かける人も出てきています。
4.4 ショッピング・グルメなどの消費活動
中国人の旅行消費を語る場合、やはり「ショッピング」と「グルメ」は外せません。昔から「旅先で買い物を楽しむ」文化は根強く、国内旅行でも伝統工芸品や特産品、高品質な日用品や衣服を買い求めます。中でも「都市限定」や「ご当地コラボ商品」「ライブコマース(現地からの生配信販売)」が大ヒット。地方の博物館や観光地のお土産ショップが自らライブ配信を行い、旅行者とオンライン上でも繋がろうとする動きが盛んです。
グルメに関しては、伝統的な有名レストランから人気屋台、創作系レストランまで選択肢が無限に広がっています。SNS映えする料理やユニークなカフェ体験、旬の味覚や地方色豊かな郷土料理が旅の最大の楽しみという人も多いです。また、食文化を現地で学ぶ「料理教室ツアー」や旬の果物狩り、ワインツアーも高い人気を誇ります。
消費活動として「投げ銭」「フォロー割」など、独自の仕組みも浸透しており、旅と消費行動、エンターテイメントが一体化した新しい体験価値が続々と生まれています。
5. 日本市場との比較と交流
5.1 中国人の対日旅行動向
中国人の日本旅行人気は依然として根強く、コロナ禍前のピーク時には年間数百万人規模の旅行者が日本を訪れていました。日本を選ぶ理由はさまざまですが、「治安の良さ」「清潔感」「高品質な商品やサービス」、そして「四季折々の絶景・文化体験」などが大きな魅力です。温泉や桜、お花見、紅葉、美食体験、アニメ聖地巡礼など、テーマも多岐にわたります。
また多くの中国人にとって、日本への旅行は「日常の延長」のような感覚にも変化しています。リピーターとなり、毎年のように日本の異なる都市や時期を訪れたり、ショッピング目的で短期渡航を繰り返す層も増えています。免税制度やWeChat Pay・Alipay対応店舗の増加、日本語・中国語対応のサポートインフラが整備されたことも、旅行者受け入れの追い風となりました。
一方で、コロナ禍後はビザ規制強化や円安など諸条件の影響を受け、一時的に旅行者数が減少しましたが、ここにきて段階的な回復傾向が見られます。人気都市は東京・大阪・京都・北海道だけでなく、九州や北陸、沖縄、地方の温泉エリアなどへも分散し、多様化が進んでいます。
5.2 日中観光交流の特徴とトレンド
日中両国の観光交流は、互いの強みを生かした独自のトレンドを生み出しています。日本から中国への観光客は、中国の世界遺産や歴史名所、伝統文化への関心が高い一方で、中国人訪日観光客は「最新トレンド体験」を追い求める人が目立ちます。例えば、ドラッグストアでの買い物、和食の食べ歩き、百貨店や家電量販店での家電・化粧品ショッピングが定番です。
文化体験や季節ごとのイベントが旅行目的になる傾向もあり、日本の花火大会や雪まつり、夏フェス、オタクカルチャー体験などが中国人観光客に人気。インバウンド向けの多言語ガイドやSNSキャンペーンも増加し、コミュニケーションの壁が少しずつ低減されています。
最近では、中国の都市部と日本の地方都市を直行便で結ぶLCC(格安航空会社)の登場や、自治体・観光協会主体の「地方体験型ツアー」の提供など、双方向の観光交流がますます盛んになっています。
5.3 日本企業へのビジネスチャンス
日本企業にとって中国人観光客は、非常に魅力的な存在です。まず、消費意欲が強いこと。旅先でのショッピングやグルメ、観光体験にお金を惜しまない傾向があり、東京都心や大阪・京都の百貨店、有名ブランド店、飲食店などには「中国向けサービス専用窓口」を設ける例も多いです。免税販売やモバイル決済の導入はもはや必須事項となっています。
さらに、デジタルマーケティングに敏感な中国人向けに、WeChat・小紅書・抖音など現地SNSを活用したダイレクト販促も拡大中。国慶節・春節など中国の大型連休前にプロモーションを集中する企業も増え、「KOL(インフルエンサー)」起用による現地向けイベントも盛んに行われています。
また、富裕層やビジネス層を対象とした個別仕立ての「オーダーメイド旅行」や、文化・歴史・健康・エンタメ体験といったテーマツアーの開発・提供も有力なビジネスチャンスです。中国語対応スタッフの採用や、多言語翻訳アプリの導入も重要な投資分野となっています。
5.4 観光プロモーション事例
日本の地方自治体や観光事業者が中国向けに行ったプロモーション事例は枚挙に暇がありません。たとえば、北海道が小紅書や抖音で「雪リゾート」「グルメ」を前面に出したキャンペーンを展開し、冬シーズンの旅行需要を大きく伸ばしました。また、京都市の観光局は中国語インフルエンサーを招聘し、古都の歴史や和菓子体験などを動画で発信。地方の温泉宿・観光地も中国人旅行者向けに「貸切プラン」「健康・養生ツアー」を企画しています。
最近では、中国の旅行大手OTAと連携したデジタルツアー販売や、“旬の体験”を訴求するオンラインイベント(桜満開ライブ配信など)が人気です。さらに、SNSで話題の「ご当地キャラクター」や日本の伝統祭りを紹介するプロジェクトも広がっており、「ストーリーテリング」と一体化したプロモーションの工夫が続々登場しています。
6. 今後の課題と機会
6.1 持続可能な旅行消費へのシフト
大量観光による環境負荷や地域社会への影響が問題視される中、中国でも「持続可能な旅行消費」への意識が高まっています。オーバーツーリズムによる観光地の負荷軽減、自然・歴史資源の保護、地域経済への利益還元などを目指す取り組みが重要視されています。例えば、「自然保護区認定ツアー」や「伝統文化維持体験」「地産地消グルメツアー」への人気が上昇しています。
また、消費者自身もサステナブルな選択を重視するように。例えば、「マイボトル持参」「使い捨てアイテムの削減」「プラスチック禁止」の宿泊プラン、「環境への配慮」が付加価値になるケースも増加。また、「旅を通じたボランティア活動」や「ローカルと共につくるエコツアー」など、“意義ある旅行”の選択もトレンドです。
旅行会社や観光地も、資源管理やゴミ削減、エコツーリズム開発に積極的に関与し始め、国際的な観光認証やSDGsへの参加を打ち出す事業者が増えています。
6.2 新興技術とスマート旅行の展望
AI、IoT、5Gといった新興技術の進化は、中国旅行市場にも大きなインパクトを与えています。例えば、AIによる「個人好み分析」や「おすすめプラン自動生成」、顔認証チェックイン、スマートスピーカーによる多言語ガイド、AR・VR活用のバーチャルツアーといったサービスが普及。旅行体験がさらにパーソナライズされ、効率的かつ快適になっています。
交通手段でも、「スマート鉄道」「スマートバス」「無人運転カーシェア」「電動バイクレンタル」などが次々誕生しており、都市・地方間や観光地同士の移動がぐっと便利になり、多様なニーズに応えられる体制が整ってきました。さらに、健康管理や安全対策のための「健康コードアプリ」や「緊急時通報システム」なども標準化されています。
今後も「完全キャッシュレス旅行」や「AIコンシェルジュによる旅程管理」「ウェアラブルデバイス活用」「デジタルチケット一元化」など、“スマート旅行”時代の幕開けが予想されます。
6.3 日本と中国の観光ビジネス連携
今後、日中両国の観光産業連携はますます重要になります。中国人観光客の日本旅行回帰、日本企業の中国市場進出の両面で、具体的な協業やパートナーシップが期待されます。例えば、日本の地方自治体が中国OTAと組んで「テーマ型地方ツアー」を展開したり、中国の旅行会社が現地日本語ガイドや送迎付きサービスをパッケージ販売する例も現れています。
また、「越境デジタルインフラ」の整備も求められています。モバイル決済の相互対応、多言語情報発信、観光ビッグデータの共有、インフルエンサーやKOLを活用したクロスボーダープロモーションなど、幅広いビジネスチャンスがあります。地方企業や中小事業者にとっても、中国旅行者をターゲットとするインバウンド対応の強化が鍵となります。
さらに、観光人材育成や双方向のビジネス研修、地域同士の文化交流プロジェクトなど、観光を通じた「人の繋がり」づくりが今後の成長基盤になるでしょう。
6.4 政策とインフラの役割
政策面でも、国・地方レベルで観光振興に向けた整備が進められています。中国政府は観光産業振興政策を繰り返し打ち出し、インフラ投資、観光産業の規制緩和、ビザ・通関手続きの簡素化を強化。主要ハブとなる国際空港や高速鉄道網の拡充も計画的に進んでいます。
また、日本でも「インバウンド観光戦略」や地方創生施策として、外国人旅行者受け入れのための案内表示や交通アクセスの整備、多言語対応スタッフの育成などが進行しています。両国の政策の整合や共同プラットフォームの開発、官民連携によるプロモーション強化が今後の観光ビジネスの成否を分けるでしょう。
加えて、水際対策や緊急時連絡体制の強化、災害対応、観光公害対策、高齢者や障がい者を含む「ユニバーサルツーリズム」対応の拡大など、「旅の安心・安全」を基礎とするインフラの重要性も再認識されています。
7. まとめ・展望
7.1 旅行消費の成長と課題整理
中国の旅行消費市場は、この数十年で規模・内容ともに大きな躍進を遂げてきました。FIT化、短期・高頻度化、多様な旅行形態、新興都市や地方観光地の台頭と、消費者の動きも実に多様になっています。経済成長や技術の進化も後押しし、「旅行は贅沢品」から「日常不可欠の娯楽」へと変貌しました。
一方で、環境負荷やサステナビリティ、オーバーツーリズム、リソースの偏在、グローバルな危機対応など、“持続可能な成長”に向けた課題も表面化しています。業界関係者や政策当局、消費者自身が三位一体となって、持続可能かつ多様な旅行経済の仕組みを作っていく必要があります。
7.2 中国消費者の嗜好変化のまとめ
中国人旅行者の嗜好は時代とともに劇的に変化してきました。団体・定番観光から、自主的でカスタマイズ可能な自由旅行へ。より多くの体験や自己表現、生活の質や社会・環境への配慮まで、旅行に求める価値基準が拡張しています。各世代・属性ごとに違いがあるものの、「旅そのものを通じて人生を豊かに」という根本的な欲求は共通しています。
また、デジタル技術・スマート社会の進展によって、「スマホ一つで旅は完結」という世界が実現し、リアルとバーチャル、オンラインとオフラインの壁もなくなりつつあります。中国独自の「共有・拡散」文化も追い風となり、中国旅行者は世界の観光市場でますます存在感を増しています。
7.3 日本企業へ向けた提言
日本企業にとっては、中国人旅行者の動向をいち早く捉え、それぞれの嗜好や求める価値に合った体験・サービスを提供することが成功のカギとなります。特に、「安心・安全」「高品質」「独自性」を兼ね備えた商品開発や、デジタルマーケティング、口コミ戦略の強化は不可欠です。
また、多言語対応や中国人気アプリ・決済手段への対応、人材育成にも注力し、中国人旅行者の視点に立った“ストーリー型体験”を積極的に提案することが大切です。現地旅行会社やKOLとの連携、地方自治体との協業も重要な戦略です。
7.4 今後の研究・注視点
今後、中国の旅行市場や消費者嗜好がどのように進化するかは断言できませんが、グローバルトレンドやサステナブル志向、デジタル技術の進展、新しい社会課題へのアプローチなど、幅広い視点での「観察と研究」が求められます。健康、安全、体験価値、クロスボーダー交流といった切り口から、さらに具体的なニーズ把握・ソリューション提案が鍵となるでしょう。新型コロナや世界の情勢次第で市場の流れは左右されますが、「旅行=人生を豊かにする体験」という基本理念は揺らぎません。
終わりに
中国の旅行消費と消費者の嗜好の変遷は、新しい時代への大きなヒントを与えてくれます。旅の価値が多様化し、その規模も拡大を続ける中、柔軟な発想と持続可能な枠組み、大胆なイノベーションがますます重要となっていくでしょう。日本企業や海外の観光関係者が中国の市場動向を的確につかみ、共に発展していくことを心より期待しています。