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   中国における有機農業の成長と課題

中国における有機農業の成長と課題

中国の食卓やスーパーで「有機」と表示された野菜や果物を見かけることがどんどん増えています。都市部ではオーガニック食品専門の販売店や、ネット通販で「安心・安全・健康」をアピールした中国産有機食品が大人気になっています。一見すると、中国の有機農業はすでにしっかり根付き、順風満帆に見えるかもしれません。しかしその裏側には、急速な成長の陰でさまざまな課題もあり、グローバル化の波や消費者意識の変化、認証制度の混乱など、多くの現実的な問題を抱えています。本記事では、中国有機農業の成長のプロセス、持続可能な未来に向けての課題、そして日本企業や日中連携の可能性についてわかりやすく解説します。

目次

1. 有機農業の定義とグローバルな背景

1.1 有機農業とは何か

有機農業とは、合成農薬や化学肥料、遺伝子組み換え技術に頼らず、自然の循環や土壌の豊かさ、生態系のバランスを大切にした農業のことです。基本的には、環境負荷を抑えつつ、動植物本来の力で健康的な農産物を生産する方法を指します。例えば、害虫を防ぐ場合でも農薬に頼るのではなく、天敵やトラップを利用したり、多様な作物を組み合わせて病害リスクを減らしたりと、自然の仕組みを積極的に活用します。

誰が決めているのかというと、世界的にはIFOAM(国際有機農業運動連盟)などが、有機農業の原則や指針を示しています。それを元に各国ごとに独自の有機認証制度やガイドラインが設けられています。例えば欧州連合(EU)は、厳格な規格による統一マークで有機食品を管理。日本にも「有機JAS」があり、パッケージに認証マークの有無で消費者もチェックしやすい仕組みです。

有機農業は単なる食品安全の追求だけではありません。気候変動や生物多様性危機、土壌劣化といった地球規模の課題解決にも貢献するとして、近年ますます注目されています。健康志向やサステナブル消費への関心の高まりとともに、世界中でその広がりを見せています。

1.2 世界における有機農業の発展状況

世界全体を見ると、有機農業市場は1990年代以降、急速に拡大してきました。有機農業は最初、ヨーロッパや北米の環境運動家や農家グループによって、消費者の健康志向・環境保全意識の高まりとともに本格化しました。2022年時点では、世界の有機農業に使われている面積は約7,500万ヘクタール。市場規模では、アメリカ、ドイツ、フランスなど先進国がけん引し、卸売や小売を巻き込んだ巨大産業となっています。

エコ消費志向のヨーロッパでは大手スーパーやレストランにも有機専門コーナーが当たり前。アメリカではローカルの小規模農家と、市場流通を通さず消費者が直接契約する「CSA(Community Supported Agriculture)」など、独自の仕組みも発展しました。アジア地域でも、韓国・台湾・日本が中心ですが、この20年で中国やインドの急成長も目立っています。

グローバルで見ると、有機農業は高級志向の食品から、「誰もが選べる日常的な選択肢」へと進化しつつあります。同時に、認証や産地情報の透明性、栽培方法の標準化などの課題も浮き彫りになってきました。

1.3 中国での有機農業の始まりとその意義

中国の有機農業の本格的な始まりは1990年代にさかのぼります。1980年代から改革開放政策の進展に伴い、環境問題や食品安全への不安がじわじわ広がり、「無公害」「グリーン食品」「有機食品」といった多様な認証制度が相次いで登場しました。1994年には北京市で最初の有機農産物認証の試みが行われ、その後全国に徐々に広がっていきます。

中国政府は当初、健康志向の高まりや国内市場の需要増に加え、日本やヨーロッパなど消費者が厳しい環境基準を求める輸出市場の獲得も視野に入れて、有機農業推進に力を入れてきました。2005年には、中国有機製品認証制度(中国有機認証)の全国統一化が実現し、それまで地方ごとにバラバラだった有機規格をまとめる形となりました。

この背景には、食の安全への深刻な不信感や、農村経済の活性化、都市部の急速な生活水準の向上といった社会的なトレンドがありました。また、地球規模での環境問題に対し、中国が大きな農業大国として責任を果たす意味も大きいです。有機農業は「信頼回復」「環境保全」「新しい雇用や産業創出」といった多様な意義を持って、中国の中でその存在感を強めてきました。

2. 中国における有機農業の成長の現状

2.1 有機農業の市場規模と地域分布

中国の有機農業はこの20年で飛躍的な成長を見せています。公式統計によると、2022年時点の中国国内有機農業の耕地面積は約300万ヘクタール以上、世界でもアジア最大級です。国内の有機食品市場は年々拡大し、2021年の市場規模は約880億元(日本円で約1兆5千億円)とされています。毎年10%以上の成長率を維持しており、中間所得層や富裕層を中心に需要はますます高まっています。

地域的には、北京、上海、広東、雲南、四川などが有機農業の拠点となっています。特に沿海部の発展した都市近郊や、もともと自然環境が豊かな南部・西部の一部地域で、広大な有機農地と近代的な生産体制が育っています。一方で、内陸部や中西部の一部ではインフラ整備や認証制度の普及が遅れており、地域格差も生まれています。

また、都市部の高級スーパーやネット通販専用の有機食品専門ブランドなども相次いで誕生し、地方の農地と都市の消費者をつなぐサプライチェーンが次第に確立しました。北京では「有機市場」「グリーン食品週間」などのイベントが盛況で、生活の中でオーガニックを身近に感じる機会が増えています。

2.2 有機農産物の主要品目と生産体制

中国で生産される有機農産物は多岐にわたりますが、特に人気なのは野菜、果物、米、大豆、穀類、茶などです。例えば、広東省や浙江省では有機野菜・果実が代表的ですし、東北地方では有機米や有機大豆が大量に作られています。また福建省、雲南省などは有機茶や薬用植物の一大産地でもあります。

生産体制としては、かつて家族経営の小規模農家が中心だった時代を経て、現在では大規模農場の集約化や、協同組合方式、またはIT企業や小売チェーンによる「契約栽培」モデルなど、多様な形態が生まれています。例えばアリババや京東(JD.com)、ピンドードー等のネット企業が、農村と直接契約して有機食品流通プラットフォームを構築した例もあります。

都市部からの需要増に合わせて、流通や冷蔵・物流インフラも急速に整えられています。生産者はQRコードを用いて生産・流通のトレーサビリティを保証し、消費者はスマートフォンで産地情報や認証状況を確認できるなど、IT技術と有機農業が密接に連携しています。

2.3 政府の政策支援と規制の枠組み

中国政府は早い段階から有機農業の発展を国家戦略に位置づけ、積極的に政策支援を行ってきました。2015年には「エコ農業振興計画」が発表され、環境保全と産業発展を軸とした政策が展開されました。国や地方自治体からの補助金や税制優遇策も多く、地域ごとにパイロット事業やモデル農場が設立されています。

また、有機農産物の公式認証制度(中国有機認証制度)は、農業農村部(旧農業部)と専門認証機関の共同管理で運用されています。「中国有機製品認証標識」のシールが貼られたものだけが正規の有機食品と認められます。この認証は、土壌・水・使用肥料・農薬情報まで細かく審査し、厳しい基準をクリアした農場だけが名乗れる仕組みです。

ほかにも、官民連携で有機農業技術の普及や、生産者・流通業者に対する研修会・技術指導が実施されています。たとえば北京市や上海市などでは、学校給食や公共施設への有機食品導入を推進し、消費者側の意識啓発活動も活発に行われています。

3. 成長を牽引する要因と産業構造の変化

3.1 消費者意識の変化と市場需要の拡大

中国における有機農業の驚異的な成長には「消費者意識の急激な変化」が欠かせません。特に2000年代以降、繰り返される食品安全事件(例えば2008年の「メラミン混入粉ミルク事件」など)は国民に大きな衝撃を与え、「本当に安全な食べ物を子どもや家族に食べさせたい」という需要が急拡大しました。こうした背景から、中間層や富裕層を中心に有機食品への人気・信頼度が高まります。

食事の多様化や健康志向も後押しとなりました。都市部の若いファミリーや妊婦、高齢者層では、野菜、果物、乳製品、調味料といった毎日使う食材からオーガニックを選ぶ人が増えています。またネット通販サイトの普及により、地方でも手軽に有機食品を購入できるなど、購買層の拡大も成長を支えています。国内旅行や観光産業で「農村体験」「有機農業体験ツアー」なども流行し、消費者の農業への理解も深まりました。

近年は「エコ」「グリーン」「サステナブル」「無農薬」「無化学肥料」「認証」などのキーワードが商品パッケージで目立つようになり、マーケティングの面でも消費者意識の変化を強く反映しています。この流れは今後もさらに拡大していくと考えられます。

3.2 サプライチェーンの発展と流通インフラ

かつて中国の有機食品は、ごく一部の高級スーパー、ホテル、輸出専門ルートに限られていました。しかし近年ではサプライチェーンや物流インフラの進歩により、全国で流通が拡大しています。生産段階だけでなく、加工、包装、輸送、販売の各プロセスで「有機」であることを維持管理する仕組みが整ってきました。

サプライチェーンの面では、アリババの「フーマー(盒馬鮮生)」、京東の「有機食品館」など大手ネット通販が次々と有機専門コーナーを設置。生産者と消費者の距離を縮めるモデルが普及し、ITを活用した「契約栽培」や「直接取引」も増えています。冷蔵・冷凍物流拠点の整備で鮮度保持も徹底され、都市部以外でも手軽に新鮮な有機食品を受け取れる環境が整っています。

加えて、生産者側では生産記録や流通履歴をITで管理し、生産・販売の透明性をアピールしています。中国最大手の食品ECサイト「ピンドードー」も、生産地から運送・加工を経て消費者の食卓に上るまでのプロセスを追跡できるシステムを導入。消費者の安心感を高め、市場拡大に貢献しています。

3.3 技術革新とデジタル農業の導入

現代の中国有機農業を語る上で「技術革新」「デジタル農業」への積極的な取り組みは見逃せません。具体的には、ドローンやセンサー、ビッグデータ解析、IoT技術の導入が各地で進んでいます。害虫の発生状況や土壌品質の細かな分析が可能となり、化学薬品に頼らず生産性を上げるヒントを得やすくなりました。

たとえば、雲南省の有機茶園では、土壌センサーによって肥沃度や水分量をリアルタイムでチェックし、その情報をもとに施肥や水やりを最適化しています。浙江省や広東省などでは、ドローンを使った有機肥料散布や生育監視が日常業務に取り入れられています。それによって、従来の手作業中心から作業効率が大幅に向上し、人手不足問題の緩和やコストダウンも実現できています。

さらに、ITを活用した農産物流通のプラットフォーム構築も重要です。アリババや京東などが「産地直送」を強力に押し出し、生産者が自分の商品を直接全国へPRできるチャンスとなっています。これにより新規農家の参入障壁が下がり、「有機農業」をめざす若手人材やベンチャー企業の活躍も期待されています。

4. 有機農業普及の課題

4.1 土地利用と生産コストの問題

中国で有機農業を普及・拡大する上で最大の壁の一つは、土地利用と生産コストの高さです。中国は広大な農地を持っているものの、工業化や都市開発の進展で農地の分散・細分化、さらには水質・土壌汚染などが問題化しています。有機農業の場合、土壌の肥沃度維持や農薬・化学肥料不使用のため、通常栽培よりも効率や収量が落ちるリスクが高いのです。

また、有機認証を取得し基準を維持するためには、登録申請や書類作成、定期的な検査、土壌検査など、さまざまな手続きとコストがかかります。加えて「転換期間」と呼ばれる有機化移行プロセスも2~3年必要となり、その間利益が上がりにくいという現実もあります。そのため、資本力に乏しい小規模農家や地方農家にとっては、有機転換に踏み切るハードルは非常に高いのが現状です。

政府や地方自治体が補助金や技術支援を拡大するなど、負担軽減の動きはあるものの、まだまだ十分とは言えません。一方、都市近郊型の高所得層が多い地域や、大手企業資本による大規模農場ではイニシャルコストを吸収しやすく、有機農業へスムーズに移行できるケースも増えています。

4.2 有機認証制度と偽装問題

有機農業の迅速な拡大と同時に、認証制度をめぐる混乱や「偽装有機食品」問題も深刻化しています。たとえば、中国有機認証のラベルやQRコードは基本的に厳しい審査のもと管理されていますが、需要の高さに便乗した悪質なラベル偽造・認証の不正取得なども度々発覚しています。特に地方や規模の小さな農家では、専門知識や書類作成の支援不足から、正規の認証手続きが間に合わない、あるいは申請自体を断念せざるを得ないケースがあります。

消費者からは「本当に表示通り有機なのか?」という不信感が払拭しきれていません。例えば2018年には、全国で大々的な有機認証製品の検査が行われ、基準未達や表示偽造による市場撤去が相次ぎました。政府や認証機関による監督体制の強化が進んでいますが、国内広大な生産地域の隅々まで目の行き届きが届かず、いたちごっこ状態です。

こうした状況を受け、大手流通企業やプラットフォームでは独自の第三者認証や、IT技術を活用したサプライチェーン全体の「見える化」への取り組みが進められています。例えば、QRコードやICタグによって消費者自身が産地や栽培履歴を確認できるサービスが普及していますが、こうした「情報開示」を通じて信頼醸成を図る動きが加速しています。

4.3 生産者と消費者間の信頼構築の困難

有機農業の拡大において、もう一つ根本的な課題は「生産者と消費者の信頼関係」の構築です。先述のように認証偽装リスクが残る中、消費者が安心して有機商品の価値を認め、納得できる価格で購入するには、生産者側が透明性をもって情報発信することが不可欠です。

ところが現実には、地理的な距離や流通段階の複雑さ、情報伝達の不足などから、消費者が顔の見える生産者に出会う機会はまだ限られています。たとえば、都市部では「有機マルシェ」や「産地直送イベント」など、顔を合わせて信頼構築できる場が開催されていますが、全体の流通量からみればごく一部です。

また、新規就農者やIT企業が参入しやすい大都市周辺と、伝統的な農村部や小規模家族経営が中心の地域では、情報格差や信頼構築へのアプローチも大きく異なります。生産者教育や消費者向けの体験イベントの拡充、食品のトレーサビリティ強化など、多面的な取り組みが求められています。都市・地方の「心理的・物理的距離」の縮小への取り組みは、今後の有機農業発展のカギとなるでしょう。

5. 環境・社会的インパクト

5.1 有機農業が環境にもたらす効果

有機農業は自然環境への負荷軽減というメリットが大きく、これが中国でも発展を目指す大きな理由の一つになっています。最大のポイントは、化学肥料や農薬の使用を極力避けているため、土壌や地下水、大気への汚染が抑えられることです。例えば、浙江省や雲南省の有機茶園で、従来農法に比べて土壌中の有益微生物やミミズの数が著しく増えたという調査報告がまとめられています。

また、有機農法は輪作や緑肥、有機質肥料(土壌改良材)などを活用し、土地の持続力や生態多様性の維持にも寄与します。農薬による害虫だけでなく、益虫(天敵)や土壌生物も豊かになり、農村周辺の森や水路、小動物の生息環境も守られやすくなります。例えば、広東省の有機野菜農家で行われた調査では、野鳥やカエルの個体数が増加したという例も具体的に確認されています。

加えて、気候変動対応への貢献も見逃せません。有機農業は、炭素固定(CO2吸収)や土壌の保水力アップで極端気象・干ばつへの耐性を高めるといわれています。中国全体の農業環境の持続性向上や、都市化による環境負荷軽減の解決策としても、有機農業の拡大は大きな役割を果たしています。

5.2 農村経済と地域社会への影響

有機農業は環境面だけでなく、農村経済や地域社会にもポジティブなインパクトを与えています。まず、有機農業への転換は農産品の付加価値向上につながり、収益性を向上させる可能性があります。例えば雲南省の一部農村では、有機茶生産者が海外輸出や都市部高所得層向けプレミアム商品として直売し、従来の2~3倍の利益を確保したケースもあります。

また、有機農業の発展は雇用創出にも効果的です。土づくりや認証手続き、直売所運営、農業体験ツアーの企画・ガイドスタッフなど、多様な関連業種が生まれ、若者の農村回帰や新規就農を後押ししています。例えば、北京市郊外では、ITベンチャー企業と協力して「都市農園」「有機体験農場」プロジェクトが展開され、若者や都市部住民との交流拡大にもつながっています。

さらに、農村社会の持続可能な発展への寄与も指摘されます。農業を軸とした観光地づくりや伝統文化イベントの開催、学校教育との連携などで、地域自体のブランド力と団結力が高まっています。有機農業は単なる作物生産にとどまらず、地域社会のイノベーションの原動力としても期待されるのです。

5.3 持続可能な農業への貢献と課題

有機農業の成長は、長期的な持続可能な農業システムの構築にも大きく貢献します。化学肥料に頼らないことで、土壌劣化・水質汚染のリスクを抑え、未来世代に豊かな農地環境を残すことができます。また、生産性向上だけを追求せず、地元の資源循環や多様な生態サービスを重視する点も現代農業の課題解決につながります。

しかし同時に、持続可能性を維持する上では「収量の確保」「技術人材不足」「市場との連携」など、現実的な問題もあります。例えば、環境優先型の農法は収量がやや低下するため、食料セキュリティ問題や価格の安定といったチャレンジも残されています。加えて、大規模農場による「収益追求型有機農業」が主流になると、本来の地域資源活用や家庭的循環農業の利点が失われるリスクも指摘されています。

今後は、技術革新や教育による生産性アップ、中小農家支援、サステナビリティを軸にした産業政策の一層の推進が求められます。またエネルギーや流通コスト、気候変動に対するレジリエンス強化など、多様な側面から総合的なアプローチが必要となるでしょう。

6. 日中比較と日本企業への示唆

6.1 日本と中国の有機農業発展の比較分析

日本と中国で有機農業がどのように発展してきたかを比較すると、それぞれ特徴が異なります。日本の有機農業の歴史は世界的にも古く、1970年代の環境保護運動や消費者運動からスタートしました。農水省認定の「有機JAS」マークによる厳格な管理基準があり、小規模ながらも着実な発展が続いています。2021年の有機農地面積は約2万ヘクタールと、国土の規模の割に「面積割合」はまだ低いものの、「顔の見える関係」「地域密着型CSA」「安全・安心」を徹底追求している点が大きな特徴です。

一方、経済成長のスピードが速い中国では、有機農業も「大規模化・市場主導型・輸出志向」「国家主導の政策介入」という側面が強いです。市場規模や流通網の急拡大という点では中国がリードしていますが、農家ごとの細やかな説明責任や、消費者との信頼構築などソフト面では日本の丁寧なアプローチが参考になります。

また、中国ではネット通販や技術革新による新しい流通サービス、認証システムのIT化など、デジタル分野での試行錯誤が進んでいます。日本では、CSA(地域支援型農業)、生協宅配、有機農業協同組合など農民—消費者間の信頼関係を重視した仕組みが色濃く残っています。互いに学べる点は多く、今後は日中間での情報共有や実践ノウハウの交流が一層進むことが期待されます。

6.2 日本企業の進出戦略とビジネスチャンス

中国有機農業市場の成長を受けて、日本の農業関連企業や食品メーカー、流通・小売、スタートアップなどがビジネスチャンスに注目しています。具体的には、有機農産品の輸出、現地パートナー企業との合弁事業、有機認証取得ノウハウのコンサルティング、農業資材や機材の販売、有機関連技術(生物農薬・肥料等)の提供など、多様な分野で協力が期待されます。

たとえば、農業機械メーカーのヤンマーやクボタは、現地の大規模有機農場向けに省力化機材・IT農業管理ソフトを供給。大手商社や食品メーカーは、中国国内の認証取得やマーケティング支援を展開しています。近年では、農業DXやAIを活用した流通管理システム導入など、スマート農業の共同研究も実際に進んでいます。

一方、成功には「現地認証制度」「法規制」「文化・商習慣の違い」への対応が重要です。現地農家や消費者のニーズに密着した商品開発、市場調査、持続的パートナーシップの構築など、きめ細やかな戦略が求められます。また、安全・安心志向の都市部や大手プラットフォームとの連携を通じて、「日本ブランド」「日本式サービス」「技術力」のアピールチャンスも十分にあります。

6.3 相互協力と今後の展望

中国と日本の間には、有機農業分野での相互補完性や協力の道が大きく広がっています。両国ともに「食の安全・安心」「環境保全」「農村の活性化」という共通課題を持っていますが、現場のノウハウや流通システム、技術・資材面では互いに異なる強みを持っています。今後は、相互視察や研修の受け入れ、産学官連携による実証実験、共通認証規格作りなど、多角的な協力が想定されます。

また、国際市場向けの共同ブランド構築や、規格・品質基準に関する情報共有も重要です。たとえば、欧米市場や東南アジア市場への有機食品輸出促進、日本・中国合同プロジェクトの立ち上げなども今後現実味を帯びています。農業技術やノウハウの輸出・輸入だけでなく、食文化や観光体験など複合的な交流を拡大することで、日中の有機産業はともに新たな発展段階を迎えることができるでしょう。

こうした両国の協力の深化は、アジア—グローバル市場全体に対する品質保証・信頼性の強化にもつながります。消費者の安全・安心な食品選択の充実、新しい雇用や産業の創出、環境共生型ビジネスの発展に向けてますます重要な役割を果たすと考えられます。

7. 将来展望と政策提言

7.1 中国における有機農業の将来予測

近年の中国有機農業の成長ペースは、今後も維持・加速されると予測されています。まず都市部を中心とした消費者の健康志向や価値志向がさらなる市場の拡大をけん引します。中間所得層や富裕層だけでなく、地方都市や内陸部への浸透も徐々に進み、2025年には有機食品市場規模が1,200億元を超えるという見方も出ています。有機農地面積も年々拡大し、今後大規模生産地と都市近郊の集約型モデル、地方の小規模循環農業が共存する多様な形態が広がると考えられます。

また、デジタル農業やスマート物流といったテクノロジーの進展が普及を強力に下支えします。AIやIoTによる作業自動化、トレーサビリティのIT化、ネット直販プラットフォームの普及などにより、消費者と生産者の距離が一層縮まり、透明性・効率性アップが進むでしょう。国家政策によるサステナブル農業推進策もさらに強化され、「グリーン・エコノミー」の持続的成長とも連動していくはずです。

課題としては、価格の安定化や小規模経営体への支援、認証体制の抜本的な信頼回復、環境・生産性バランスの確保など複合的な取り組みが求められます。環境保全と経済成長の両立、都市・地方間格差是正といった社会課題の解決が、将来の有機農業のあり方を左右します。

7.2 持続可能性向上のための政策提言

中国における有機農業の持続的な発展には、いくつかの政策強化が不可欠です。第一に、「地域格差の是正」と「中小農家支援」の充実でしょう。都市部や大規模経営体だけでなく、地方農家にも手厚い技術支援・補助金・認証取得サポートを拡充することが重要です。情報格差の解消や、農民教育・若者参入促進のための研修制度も広げていく必要があります。

第二は、認証制度の抜本的な信頼回復と透明性強化です。ラベル偽装対策や認証手続きのデジタル化、第三者監査の拡充、生産情報のオープン化など、システム面の徹底的な改善が求められます。加えて、消費者側への啓発や体験イベント、農家・地域コミュニティ主導の認証活動(参加型認証制度等)も重要な役割を果たします。

第三は、サプライチェーン全体のスマート化と環境配慮型モデルの推進です。物流面での省エネルギー・CO2削減策、有機資材の地場循環利用、IT技術によるトレーサビリティ普及を強化すれば、食の安全・安心とサステナブル社会の実現がより確実なものとなります。

7.3 グローバル市場に向けた中国有機農業の役割

中国有機農業は今後、アジアはもちろんグローバル市場に向けた存在感を強めていくことでしょう。巨大人口と広大な生産地、急成長する流通インフラを背景に、「世界の食卓」に安心・便利な有機食品を届けるサプライヤーへと進化しています。輸出志向型プレミアム商品や、国際規格に対応したプロフェッショナルブランド開発など、グローバル競争の中で存在感を高められる余地は十分にあります。

そのためにも、国際認証の取得や、透明な品質管理体制、環境・倫理配慮の情報公開など、世界基準での信頼確保が不可欠です。また、国際的な展示会や共同プロジェクトへの出展・参画を通じて、日本・欧米・東南アジア諸国など世界各国のバイヤーや消費者との連携を強化することがポイントになります。

中国の有機農業は今後、「国際セーフティ&グリーンブランド」「地域と世界の懸け橋」として、サステナブル社会のグローバルリーダーを目指す素地を十分に持っています。こうした役割を最大限発揮するためには、現場から社会全体まで総合的な取り組みと国際交流の拡大が期待されます。

終わりに

中国有機農業の成長ストーリーは、単なる「オーガニック・ブーム」では終わりません。大量生産・消費時代を経て、中国社会は「食の安全」「環境配慮」「地域活性化」といった新しい価値観と真剣に向き合い始めています。有機農業はその中で、農業大国・中国の未来を左右する重要な役割を担っています。

現実には、コスト・認証・信頼・技術など多面的な課題も少なくありませんが、政策・技術・市民意識の三位一体で前進しています。今後の日中協力やグローバル展開を見据え、持続可能なサプライチェーン構築と、地球規模の環境・社会課題解決への貢献をめざして、さらなる発展が期待されます。

今この瞬間も、中国の広大な大地では新しい農業の担い手たちが、有機農業の未来に向けて挑戦を続けています。彼らの努力が、やがて私たちの「安全な食卓」と「美しい地球」を支える柱になるはずです。

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