中国における農産物の流通基盤は、急速に発展する中国社会と経済の中で、ますます重要性を増しています。広大な国土、多様な気候、人口の集中や農村と都市の格差など、独特な背景を持つ中国農業ですが、その農産物を消費者の元へ安定的・効率的に届けるためには、合理的な流通インフラの整備が欠かせません。本稿では、中国の農産物流通基盤がどのような歴史を持ち、どのような変革を遂げてきたのか、現在どこまで発展しているのか、また今後の課題や日本との比較・協力の可能性も含め、包括的に解説していきます。
1. 序論:中国農業の現状と流通基盤の重要性
1.1 中国農業の基本的特徴
中国は世界有数の農業大国であり、人口が14億人を超える中で、農産物の生産量は米、麦、野菜、果物、家畜製品など多岐に渡ります。広大な国土に加え、寒冷地から熱帯地域まで気候帯も幅広いため、各地で異なる農作物が生産されています。たとえば、東北部の黒竜江省では主要な穀倉地帯が広がり、大豆やトウモロコシ、米の生産量が非常に多いです。一方、南部の広東や雲南などではトロピカルフルーツや野菜、茶葉の生産が盛んです。
しかし、中国農業は長らく小規模・分散経営が中心で、家族単位の農家経営が多かったのが実態です。大規模農場や近代的なアグリビジネス化も近年進んではいますが、今なお多くの小規模農家が存在しており、多様な生産体制が同居しています。こうした生産体制は、流通基盤の確立や効率化を進める上で課題ともなっています。
また、中国政府は「食糧安全保障」を最優先課題の一つとして掲げており、天候不順や疫病など不確定要素の多い農業分野を安定化させるため、多面的な政策を実施しています。この中で「流通」の果たす役割が極めて重要になってきています。
1.2 農産物流通基盤が果たす役割
農産物の流通基盤とは、収穫された農産物が農家から市場・消費者まで無駄なく効率的に届けられるためのインフラ全般を指します。これには道路や鉄道といった物理的インフラ、冷蔵・冷凍倉庫などの貯蔵設備、さらに市場や中継業者、電子取引プラットフォームなど、目に見えるものから見えない仕組みまで多くが関わっています。
流通基盤が十分に整っていなければ、せっかく収穫した農産物が大都市圏に運ばれるまでに傷んだり、腐敗したり、品質が落ちたり、多大な損失が発生します。特に中国のように農村部と都市部の距離が遠く、気候差も大きい国では、流通基盤の質が消費者の生活や生産者の収入に直結します。また価格の安定化、市場の透明性向上にも大きな役割を果たします。
さらに、農産物の流通基盤は国民の健康や安全にも影響します。適切な流通が確保できれば、食の安全、品質管理、検査体制が整い、消費者が安心して購入できるようになります。その結果として、中国国内の食料供給だけでなく海外市場への輸出強化にも貢献しうるのです。
1.3 日本への示唆と本稿の目的
日本もかつては小規模な農家が多く、農産物流通の課題を抱えてきました。しかし、その後のインフラ整備や農協による流通の統合などで、比較的効率的な流通システムが発達しました。中国の状況や取り組みを知ることは、これからの日本農業やビジネス機会にとって示唆に富むものとなるでしょう。
本稿では、中国の農産物流通基盤がどのように形成され、発展し、どんな課題を抱えているかを通じて、日本との違いや今後の協力の可能性を具体例を交えて説明します。また、各章を通して、読者の皆さんにとっても実情を理解しやすいように、中国の現場での状況や政策動向についても詳しく解説していきたいと思います。
2. 歴史的背景:農産物流通基盤の形成と変遷
2.1 伝統的流通方法の特徴と課題
中国の伝統的な農産物流通は、主に農家が自家用や地元の小規模市場で直接販売する自給自足型が一般的でした。農村部では自分で栽培した農産物を近隣の村や町の市場に持ち寄り、直接消費者や仲買人に販売するスタイルが長く続いてきたのです。そのため、物流インフラも未発達で、輸送には徒歩や自転車、後にはトラックなどが使われていました。
この伝統的流通スタイルには大きな課題がありました。まず、遠距離への大量輸送が困難で、消費地と生産地の情報共有や価格形成にもタイムラグがありました。山間部や辺境地域の農産物は都市への流通が制限され、地産地消に偏りがちな傾向が見られました。また、収穫から消費までの間に鮮度管理や貯蔵技術が未発達で、特に野菜や果物、乳製品などの傷みやすい農産物では大量の廃棄や品質劣化が避けられませんでした。
さらに流通段階で仲買人が複数介在することで価格の不透明感が生じ、生産者の取り分が減少するという問題もありました。このような伝統的流通モデルは、人口増加や都市化の進展とともに現代中国の需要には応えきれなくなっていったのです。
2.2 市場経済化以降の構造転換
1978年の改革開放政策以降、中国経済は社会主義計画経済から市場経済への転換を進めてきました。農業分野でも、農家が自由に農産物を生産・販売できる環境が整備され、流通の自由化が一気に進みました。その中で、農村市場から都市消費地への本格的な流通ルートの需要が急速に拡大したのです。
この変化に合わせて、政府は国家主導で道路、鉄道、高速道路網の拡大に着手し、長距離輸送や大量輸送が可能となりました。また、農業協同組合や新興の流通業者が台頭し、生産情報や価格情報の共有、品質管理システムの導入も徐々に進みます。1990年代以降になると、特に東部の大都市近郊を中心に大規模な青果物市場や卸売市場が次々と建設され、都市消費地との距離が縮まっていきました。
一方、構造転換の過程では、インフラ整備のスピードが需要に追いつかなかったり、効率化と透明化の仕組み構築が後手に回ったりと、様々な問題や地域間格差も生まれました。それでも徐々に全国ネットワークが形成され、流通構造の近代化が加速していきます。
2.3 政策による流通基盤整備の歩み
中国政府は経済発展の根幹をなす農業分野に対し、各時代ごとにさまざまな政策を講じてきました。特に2000年代からは「農業現代化」「産業融合」「新農村建設」などの旗印のもと、流通インフラ投資が大きく拡大しました。たとえば、全国一体型の高速道路網の整備、冷蔵チェーンの導入推進、農産物流通市場の合理化など、インフラ整備と同時に人材育成やIT化も含めた総合的アプローチが展開されています。
「中央一号文件」と呼ばれる国の農業政策最重要文書では、毎年のように流通インフラや市場整備の重要性が強調されてきました。また、省・市レベルでも独自の支援策や投資が積極的に打ち出されています。例として、東部沿海地域では民間資本と連携した物流センターの建設、西部内陸地域では農業生産基地から消費都市までの「グリーン輸送回廊」の設置、Eコマース促進のための官民プロジェクトなどが挙げられます。
これら政策の下で、中国の農産物流通基盤は従来の遅れを大きく取り戻し、現在ではアジア有数と言える水準にまで発展しつつあります。
3. 流通インフラの発展:現状分析
3.1 物流ネットワークの拡大と高度化
ここ20年間で、中国の物流インフラは飛躍的に発展しました。まず高速道路網の整備が顕著で、2020年時点で全国の高速道路総延長は15万kmを超え、米国に次ぐ世界第2位の規模となっています。これにより農村部から都市部への大量・高速輸送が現実のものとなり、特に大都市圏へのアクセスの容易さが大きく向上しています。
鉄道インフラも着実に進化しており、かつては貨物輸送が中心でしたが、近年は都市間高速鉄道を活用した農産物輸送も増えています。例えば新疆ウイグル自治区産の果物を北京や上海にスピーディーに運ぶ専用貨物列車の運行が始まり、多様な地域の産品が全国の消費地へ短期間で届くようになりました。また農村部にも大規模な集荷センターや分配拠点が建設されており、農産物の一時貯蔵や品質選別が大規模に行える体制が整いつつあります。
集荷された青果物や乳製品などは、これら物流拠点を経由し、さらに小売店、スーパー、飲食チェーンなど消費者の身近な場所まで運ばれる仕組みも高度化しています。特に大手小売企業や新興のサプライチェーン企業によって、一貫した物流追跡や効率的な配送管理が可能になっています。
3.2 コールドチェーン技術導入の現状
生鮮食品や冷凍食品にとって不可欠なコールドチェーン(低温物流)も、中国では近年急速に普及しています。以前は冷蔵設備や専用トラックの不足によって「途中で生鮮品が傷む」「販売される頃には鮮度が落ちる」といったトラブルが頻発していました。しかし、この10年ほどで冷蔵・冷凍倉庫の建設、冷蔵トラックや保冷コンテナの導入が加速し、主要都市圏から内陸部までコールドチェーン網が広がっています。
また、大手ECプラットフォームや新興の物流企業も独自のコールドチェーン技術を持ち込み、配送効率と食品ロス削減に貢献しています。代表的な例としては、アリババ傘下の「菜鳥物流」や京東グループの冷蔵網が挙げられ、地方の農家から直接消費者へ新鮮な農産物が届けられる仕組みが実現しています。例えば、遠隔地の旬の果物や高級食材が注文から数日で都市部の家庭に到着するケースも珍しくありません。
それでも地方や農村部では依然としてコールドチェーンの整備が遅れている地域もあり、冷蔵設備の導入促進や技術者育成、設備投資の拡充など、今後さらに対応が求められています。
3.3 電子商取引(EC)の普及と流通革新
中国の農産物流通の現場では、インターネットを活用した電子商取引(EC)が爆発的に普及しています。ECプラットフォームは農家が消費者に直接農産物を販売できる新たなチャネルとして急速に拡大し、全国どこからでも質の高い農産物を購入できる時代が到来しました。たとえばアリババの「淘宝網」や京東モール、ピンドウドウ(拼多多)といった大手プラットフォームが農産物ジャンルを強化。さらに地域特産品専門のECサイトやライブコマースも注目されています。
2010年代半ば以降、各地の農家がスマホ一台で自分の農産物をPRし、都市部や県外に直接販売して収入を大幅に伸ばす事例が増えています。また、アプリで受注・決済・配送手配まで一括できる仕組みや、「産地直送」を売りにした付加価値の高いビジネスモデルが続々と登場。都市部の消費者も「新鮮」「安全」「珍しい特産品」といったキーワードで農産物の直接購入を好む傾向にあり、市場ダイナミクスが変化しています。
一方で、農村部ではインフラやITリテラシーの格差も残り、ECの恩恵が十分に行き渡っていない地域もあります。このため、政府や自治体、民間企業による「農村EC促進プロジェクト」やIT教育の需要が高まっています。
4. 政府主導の施策と規制改革
4.1 農産物物流に関する主要政策
中国政府は、農産物流通の近代化を推進すべくさまざまな政策を打ち出しています。たとえば「国家農産物流通現代化計画」や「インターネット+農業」発展方針、「農村振興戦略」など、国家レベルで大きな戦略が立てられています。これらの政策では、農産物の生産から消費に至るまでのサプライチェーン全体を最適化すること、都市と農村の物流格差を縮小すること、農民の所得向上を図ることなどが柱となっています。
具体的には、高速道路や物流センターに対する国の補助金供与、冷蔵庫・冷蔵トラックなど設備導入への優遇措置、IT活用型流通システムへの投資など、多面的な政策パッケージが用意されています。また物流効率を高めるための「一体化物流モデル地区」の試験地域指定、市場流通の透明性を高めるための監督体制強化など、制度設計にも力が入っています。
さらに地方政府も独自の流通基盤整備策を展開しており、各地域の特性に応じた多様なアプローチが見られます。たとえば北方の畜産地域では家畜製品のコールドチェーン整備、南方の果物地帯では高速道路から港湾までの一貫物流強化など、農産物の種類や産地特性によって政策の重点が異なっています。
4.2 政策支援とインセンティブの仕組み
中国では、流通関連の設備投資や新技術導入に対し、多数のインセンティブ(奨励制度)が設定されています。たとえば農業企業が新たな物流センターを建設した場合、一定期間の税優遇や土地使用料の減免、設備導入資金の無利子融資などを受けられるケースがあります。またIT分野では、電子取引システムの開発を手がけるスタートアップに対して補助金やビジネスインキュベーターを提供し、地域イノベーションの底上げにつなげています。
農村部では特に、若手農業起業家や返郷創業者向けのサポート強化が行われています。都市部から帰郷してIT技術を活用した新しい流通モデルを立ち上げる農業ベンチャーに対し、初期投資や人材育成、販売先開拓の面で地方自治体が手厚く支援している事例も増えています。また、優良な農産物のブランド化支援や、ECを通じた販路拡大のための教育プロジェクトなども展開され、創業イノベーションの促進に寄与しています。
加えて、コールドチェーンや安定供給網の構築など、大規模なインフラ事業には国有企業や大型民間企業の参入を促すため、長期契約や収益保証などリスク分散の仕組みも設けられています。こうした取り組みで、大規模資本の流入を実現し、効率的かつ安定した流通ネットワークの構築が図られています。
4.3 流通における安全・品質規制
農産物流通の各段階における食の安全や品質管理についても、厳しい法規制や監督体制が導入されています。中国では食品安全事件が過去に何度か大ニュースとなって社会不安をもたらした経緯もあり、農産物の出荷証明、農薬残留基準、トレーサビリティ制度(生産履歴の追跡)など、安全・品質規制の強化が政府の優先課題となっています。
スーパーや市場に並ぶ農産物には、生産地の情報や栽培時の農薬・肥料使用状況、検査結果など詳細なデータ表示が求められるようになりました。流通段階でも産地証明、輸送中の温度管理記録、検疫検査の証明書などが必須化されています。大都市圏などでは最新のICT(情報通信技術)やブロックチェーン技術を導入し、消費者がスマホをかざすだけで生産履歴が確認できる仕組みも普及しつつあります。
一方で、中小規模の生産者や流通業者では対応コストや人員不足から完全対応が追いつかない事例もあり、「過度な規制」に対する調整や支援メニューの充実も重要な政策課題です。それでも、社会全体としては「安全・品質第一」の価値観が根付く方向性で進んでいると言えるでしょう。
5. 地域間格差と流通基盤の不均衡
5.1 東中西部のインフラ発展格差
中国は面積が非常に広大で、東部沿海地域、中部地域、西部内陸地域では流通インフラの発展度合いに大きな格差が存在します。沿海部の大都市周辺では近代的な物流拠点や高速道路、鉄道ネットワークが集中的に整備されており、農産物の流通効率や品質管理においても先進的です。たとえば上海・広州・深圳・北京といった都市には巨大青果市場や最新設備を備えた物流パーク、主要港湾への一貫輸送などが完備されています。
一方、中西部の内陸地域や少数民族地域、山岳地帯などではインフラ開発が遅れがちで、道路や鉄道のカバー率、冷蔵施設の普及率、物流拠点の密度などが大きく劣ります。これによって産地から消費地への輸送に時間がかかり、農産物の鮮度低下やコスト増大、販売機会の損失など、地域間の経済ギャップが助長されがちです。
政府は格差是正を目指して西部大開発戦略や農村振興計画を推進していますが、依然として現場では深刻なインフラ不均衡が残っています。近年ではドローンによる商品配送やスマート物流の実証実験など、技術の応用による新たな解決モデルも模索されていますが、その普及には時間がかかるのが現実です。
5.2 農村と都市の分断問題
都市と農村の経済的・社会的な分断は、中国社会にとって長年の課題です。特に農産物流通においては、都市の消費者と農村の生産者の間に情報格差や取引慣行の違い、価格形成のズレなどが存在し、生産者が適切な利益を得にくいという現状があります。農村の小規模生産者は販売先の選択肢が限られており、伝統的な仲介業者に依存する割合も高いため、市場価格の変動に弱くなっています。
また都市部では消費者の食の安全意識が高まる一方で、農村部では依然として古い流通網や非効率な取引習慣が残っており、品質・安全管理にギャップが生じています。一部の先進地域では、生産者が直接消費者と取引する「都市農村直結モデル」が取り入れられ、ECやフードトレーサビリティを活用して情報格差の解消や生産者への利益還元体制の構築に成功している場合もあります。
このような都市と農村のギャップを埋めるためには、インフラ整備と同時に情報の透明化、マーケティング指導、物流効率化、農村IT化など多面的な施策が必要です。また、農村から都市への人材流出が続く中、若年層や知識層を惹きつける新しい農業ビジネス環境の創出も急務となっています。
5.3 地域振興策の成果と課題
農産物流通の地域格差を是正し、全土で均等な発展を実現するため、中国政府は多様な地域振興策を展開しています。代表例として「特色ある農産業モデル村」や「農村Eコマース活性化プロジェクト」など、地域の強みを生かした産品ブランド戦略、市場直結型物流モデルの導入、地元大学や研究機関との連携推進などがあげられます。
これらの取り組みにより、かつては販売に苦しんでいた農村の特産品や果実が、都市部や海外で高価格販売できる例が増えています。たとえば、雲南省や貴州省の有機コーヒー、四川省の高級茶葉、寧夏回族自治区の枸杞(クコノミ)など、地域ブランドが生まれ、地元経済の活性化や若手の地元定着につながっています。
しかし現実には、依然として一部の先進地域に事例が集中しており、全国スケールでの格差是正は進行中です。地方政府の財政力や人材水準、交通・通信インフラの差も大きく影響し、持続的・自立的な振興モデルの確立にはさらなる投資とイノベーションが不可欠といえるでしょう。
6. 持続可能な成長に向けた課題と展望
6.1 環境配慮型流通基盤の必要性
中国では、農産物流通の急速な発展と同時に、環境への配慮も重要な課題に浮上しています。大規模な物流ネットワークの構築やトラック輸送の増加によるCO2排出、冷蔵施設やパッケージ資材の環境負荷など、持続可能性の観点から解決が不可欠な問題が山積しています。また、農産物廃棄物やパッケージごみの増加も社会問題化しており、環境負荷の少ない流通モデルへの転換が求められています。
このため、政府や大手企業は再生可能エネルギーを活用した物流センター・冷蔵倉庫の開発、省エネ型トラックや輸送ドローンの導入、バイオ分解性パッケージの普及促進など、多様な環境対応策を検討・実施し始めています。たとえば深圳では、物流パークのエネルギー源を太陽光や風力に切り替えるプロジェクトが推進され、CO2削減に一定の成果が見られます。
さらに食品ロス削減の観点から、生産地・流通段階・小売・消費まで全体で廃棄物を最小化する政策が進んでいます。物流プロセスでのきめ細かな在庫管理・受注予測・品質保持の徹底を通じて、環境にも経済にもやさしい流通基盤の構築が目指されています。
6.2 深刻化する労働力不足への対応
中国でも経済成長や都市化に伴い、農村地域での労働人口が年々減少しています。若者が都市部へ移住し、農業や流通現場で働く人手が不足する現象は、農産物流通の持続的発展にとって深刻な障害です。このため、労働力不足を補うためのイノベーションや省力化投資が不可欠となっています。
自動化技術やAI(人工知能)の導入はその代表例で、仕分け作業のロボット化、ドローンによるピックアップや配送、物流プロセスのIoT制御などが現場で試されています。また、流通拠点の遠隔監視やトレーサビリティ管理、AIによる需要予測モデルの応用など、革新的なテクノロジーが労働力不足の克服に役立っています。
さらに、従来の「きつい・汚い・危険(3K)」イメージを払拭するために、流通業界により良い労働環境やインセンティブ制度、キャリアパスの多様化も重要です。IT人材や女性の活用、パートタイムやクラウドワーカーの取り込みなど、多様な働き方を通じて現場力を強化する取り組みも進んでいます。
6.3 グローバル供給網との連携強化
中国の農産物流通は今や国内のみならず、世界市場と密接に結びついています。農産物の輸出入や国際共同流通、グローバル・サプライチェーンの最適化は、国の経済成長や農業競争力向上に直結します。実際、米や果物など一部地域産品はアジア諸国や欧米にも幅広く輸出され、中国産食品の国際評価の向上に貢献しています。
一方で、国際流通に適した安全・品質管理、輸出入手続きの透明化、外国語対応型ECモデルの確立、海外基準への適合支援など、まだ多くの課題が残されています。たとえば日本や欧州に比べてトレーサビリティや表示基準の面で遅れがちな部分や、法規制の違いによる障壁も見られます。
国際協力の強化としては、日本との農産物流通システムの連携やテクノロジー共同開発、標準化プロジェクトへの共同参画など、将来にわたる多様なアプローチが考えられます。こうした国際ネットワークの拡大・深化の中で、中国の農産物流通基盤はさらに競争力と持続可能性を高めていくことが期待されています。
7. 日本との比較と今後の協力可能性
7.1 日中における流通システムの違い
日本と中国の農産物流通システムには、本質的な違いと共通点があります。日本では戦後、農協が生産集約と流通の中心的役割を果たしてきました。ほとんどの農産物は農協を通して共同出荷され、選果場や市場を経て卸売企業・小売へと流れる「組織型流通」が特徴です。また、比較的コンパクトな国土のため全国で均質なインフラ展開が進んでおり、冷蔵網やトレーサビリティ・規格化も高度です。
一方、中国は国土が広大で生産体制が多様なため、農協組織にあたる統一的機構は発展途上です。そのため、政府主導の大規模物流拠点・青果市場や、民間・個人事業者・新興ECなど多様な流通経路が共存しています。また、中国の流通はIT普及によるダイナミックな変革が著しく、特にボリュームとスピードの両立、生産者と消費者の直結売買(C2C、B2C構造)の伸長が際立っています。
とはいえ、両国とも今後は「効率性」「安全性」「持続可能性」がテーマとなっており、お互いに学べる点は多いのが現状です。
7.2 日本企業の中国市場進出事例
日本企業による中国の農産物流通への参入も、様々な事例が増えてきました。たとえば大手物流会社のヤマト運輸や日本通運が中国国内に現地法人を置き、温度管理型の青果物流や宅配ネットワークを拡充。日本のコールドチェーン技術や在庫管理ノウハウを生かし、品質重視型の物流サービスを展開しています。
また、イオンや伊藤忠商事など総合商社・流通小売大手が中国現地の生鮮食品ECや小売チェーンと提携し、日本産和牛や果物、地域ブランド食品の直販モデルを実践するケースもあります。他にも、農業機械やITプラットフォーム、出荷自動化システムなど、日本製品・システムの現地導入が進み、現場からの信頼を得ています。
民間ベースでは、現地農業ビジネススクールによるマネジメント研修や、日本農家経由のコンサルタントサービス提供など、知見や技術を活かした多様な進出が見られます。失敗事例も含め、最適なビジネスモデルを試行錯誤しながら、中国流との共生を模索する姿が印象的です。
7.3 将来に向けた協力分野と提案
今後の日中間での協力可能性として、いくつもの有望な分野が考えられます。たとえば、スマート農業やAI・ロボティクスによる物流最適化、環境負荷低減型コールドチェーンの共同開発、食品トレーサビリティや安全基準の国際標準化支援など、「技術連携型プロジェクト」は双方の得意分野を活かせる領域です。
また、農村の若手人材交流や研究機関の共同研究、日本的な流通ノウハウや品質管理モデルの現地展開支援など、ソフト面の協力もさらに強化できるでしょう。とくに中国の巨大市場を生かし、テストベッドとして新しい流通・商取引モデルやサービスを日中合同で開発し、海外市場へ共同で展開するアイデアも有望です。
交流を深化させることで、異なる文化や消費価値観への相互理解も進み、将来的にはアジア全体の農産流通イノベーションへつなげる「リージョナル・エコシステム」構築も視野に入ります。実務・学術両面での協力が、双方の発展にとって大きな可能性を秘めているといえるでしょう。
8. 結論:中国農産物の流通基盤発展からの学び
8.1 日本への教訓と参考点
中国の農産物流通基盤は、爆発的なスピードとスケールで発展しながら、未解決の課題も多く残しています。日本にとって、これらから学ぶべき点は多いです。たとえば、ITやECの柔軟な活用による生産者と消費者の直結モデルは、新しい販路やビジネス機会拡大に大きく寄与することを示しています。また、ダイナミックなインフラ整備の進め方、政府・民間の協働による新市場創造も注目に値します。
反面、拙速な規格化や安全管理体制の整備が伴わないと社会不安や事故を招く危険もあるため、日本的な「徹底した安全・品質管理」の重要性も再確認できます。日中双方が互いの強みと弱みを補完し合うことで、より堅実で持続可能な農産物流通基盤の構築が可能となるでしょう。
8.2 双方の発展のための相互理解
今後、グローバルな農産物流通における競争と協調がいっそう進みます。だからこそ、日本と中国、それぞれの実情や価値観、制度・文化の違いを理解しながら、課題解決に向けた共同作業が不可欠です。単なるノウハウ移転や技術売買ではなく、現地ニーズの尊重、人的・知的交流の深化こそが、成功する協力のカギとなります。
民間企業・公的機関・大学・コミュニティ各層でのネットワーク形成を重ねることで、将来のアジア全域のフードチェーンの安定と質向上にも大きく寄与できると考えられます。互いの長所を活かしながらグローバル流通時代をリードするパートナーシップ構築が必要です。
8.3 今後の研究・交流の重要性(終わりに)
いま中国の農産物流通基盤は大きな転換点を迎えており、多様なプレーヤーの参画や新技術導入が期待されています。日本もアジア農業の未来を見据え、新たな研究・現地交流・協力事業を積極的に進めていく必要があります。こうした地道な取り組みの積み重ねが、双方の持続可能な発展、食の安全と生活向上に確実に貢献します。
今後とも知識の共有とオープンイノベーションを通じて、「ともに成長する」アジアフードチェーンの創造を目指していきたいものです。中国の経験を活かし、日本の強みを融合させながら、新しい時代の食料供給と流通モデルを築いていくための取り組みが、これからますます重要になるでしょう。