古代中国における文書の写本と校勘技術は、単なる文字のコピー作業を超え、「文字の科学」とも言える高度な文化的営みでした。膨大な文献を正確に伝えるための写本技術は、中国の官僚制度や学問の発展と密接に結びつき、また校勘というテキスト批判の手法は、現代の編集学や文献学の先駆けとなりました。本稿では、古代中国で育まれた写本と校勘の技術を多角的に紹介し、その歴史的背景や具体的な作業方法、さらには東アジア全域に与えた影響までを詳述します。
古代中国で「写すこと」はなぜそれほど大事だったのか
文字の国・中国と文書文化の広がり
中国は世界でも最も早く文字文化を発展させた国の一つであり、紀元前から文字を用いた記録が盛んに行われてきました。甲骨文字や金文に始まり、漢字は単なる情報伝達の手段にとどまらず、文化や思想を体系的に保存・伝達する基盤となりました。文字の普及は、政治や経済、宗教、学問の発展に不可欠であり、書き記すことは社会のあらゆる層で重要視されました。
また、中国の広大な領土と多様な民族が共存する中で、文字を通じた統一的な文化圏の形成が求められました。文字は単なる記号ではなく、国家の統治や文化の継承を支える「共通言語」として機能し、写本技術の発達を促しました。文書文化は官僚制度の発達とともに急速に広がり、写本の需要は増大していきました。
竹簡から紙へ:書き写しを変えた素材の進化
古代中国の初期の書写材料は竹簡や木簡が主流でした。これらは丈夫で保存性に優れていましたが、重量があり携帯性に欠けるため、大量の文書を扱うには不便でした。漢代に入ると、絹が書写材料として用いられましたが、これも高価であったため一般的ではありませんでした。
紙の発明(東漢時代、蔡倫による改良が有名)は写本技術に革命をもたらしました。紙は軽くて薄く、加工も容易であり、書写や保存に適していました。紙の普及により、写本の生産効率が飛躍的に向上し、大量の文書を迅速に複製することが可能となりました。この素材の進化は、後の印刷術の発展にもつながり、文字文化の拡大に大きく寄与しました。
官僚制度と写本需要:なぜ大量のコピーが必要になったのか
古代中国の官僚制度は膨大な文書管理を必要としました。法律、命令、税務、人口調査など、多岐にわたる行政文書は正確に複製され、各地の役所や官吏に配布される必要がありました。これにより写本の需要は非常に高まり、専門の書吏が組織的に写本作業に従事しました。
また、科挙制度の発展により、学問書や経典の写本も大量に作成されました。試験に合格するためには標準化されたテキストの入手が不可欠であり、写本は学問の普及と官僚登用の基盤となりました。こうした社会的背景が、写本技術の高度化と大量生産体制の確立を促しました。
経典・歴史書・法律文書:何を優先して写したのか
写本の対象は多岐にわたりましたが、特に重要視されたのは儒教の経典(五経)、歴史書、法律文書でした。経典は国家の正統的な思想体系の基盤であり、政治や教育の根幹をなすため、正確な写本が求められました。歴史書は過去の事実を伝え、政治の正当性や教訓を示す役割を担いました。
法律文書は統治の実務に直結し、誤りが許されないため、写本の正確性は特に重要視されました。これらの文書は国家の根幹を支えるものであり、写本作業は単なるコピーではなく、文化と政治の維持に不可欠な作業として位置づけられていました。
読み書きのプロたち:書吏・学者・僧侶の役割分担
写本作業は専門職によって支えられました。官府に所属する書吏は行政文書の写本を担当し、正確かつ迅速な作業が求められました。学者は経典や歴史書の写本に携わり、内容の理解と校勘を行うことでテキストの品質を保証しました。
また、仏教の伝来以降、僧侶たちも写経を通じて経典の写本と校勘に深く関与しました。彼らは宗教的使命感から写本の正確性を重視し、写経所を設けて組織的に写本作業を行いました。これらの専門家たちの役割分担が、写本と校勘技術の高度化を支えました。
写本の現場をのぞく:どうやって一字一字を書き写したのか
一人で黙々と?それとも分業で?写本作業のスタイルいろいろ
写本作業は時代や場所によって異なりましたが、基本的には分業体制が一般的でした。原本を読み上げる者、書き写す者、校正する者が役割分担され、効率と正確性を高めていました。特に大規模な写本プロジェクトでは、複数の書吏が協力して作業を進めることが普通でした。
一方で、小規模な写本や個人の学者による写本では、一人で黙々と書き写すこともありました。この場合、集中力と筆致の正確さが求められ、写本者の技量が作品の質を大きく左右しました。分業と個人作業の両方が存在し、それぞれの状況に応じて使い分けられていました。
読み上げと書き取り:口頭ディクテーション方式の工夫
写本の正確性を保つために、口頭で原文を読み上げ、それを別の者が書き写すディクテーション方式が用いられました。この方法は、書き手の誤読や脱字を防ぐ効果がありました。読み上げる者は節目ごとに区切りを入れ、書き手はそれに合わせて筆を進めました。
さらに、読み上げと書き取りの間に復唱や確認を行うなど、コミュニケーションを密にしてミスを減らす工夫がなされました。こうした口頭伝達の技術は、写本の精度向上に大きく寄与しました。
行間・欄外のメモ:後世を助ける「余白の情報」
写本の際、行間や欄外に注釈や訂正メモが記されることがありました。これらは後世の校勘者にとって貴重な情報源となり、誤りの訂正や異本との比較に役立ちました。余白のメモは、写本作業中の気づきや疑問点を書き留めるための「作業ノート」の役割も果たしました。
また、写本者が意図的に注釈を加えることで、テキストの意味を補足したり、読み方の指示を示したりすることもありました。こうした余白の情報は、単なる文字のコピーを超えた文化的価値を持っています。
書き間違いを防ぐためのルールと作業手順
写本作業には多くのルールと手順が定められていました。例えば、文字の形を統一し、誤字を防ぐための筆順や書体の規範がありました。また、書き間違いを見つけた場合の訂正方法も厳格に定められていました。
作業手順としては、まず原本を丁寧に読み込み、理解した上で写すことが求められました。書き終えた後は必ず校正を行い、誤りをチェックしました。こうした厳密なルールと手順が、写本の品質を保つ基盤となりました。
紙・筆・墨・定規:きれいで正確な写本を支えた道具たち
写本の品質は使用する道具にも大きく依存しました。良質な紙は墨のにじみを防ぎ、筆は細かい字形を正確に表現できるものが選ばれました。墨は濃淡の調整が容易なものが好まれ、定規や墨壺などの補助具も用いられました。
これらの道具は単なる筆記具ではなく、写本の美しさと正確さを支える重要な要素でした。道具の選択と手入れも写本者の技術の一部とされ、写本文化の一環として大切に扱われました。
間違いとどう付き合うか:古代の「誤植」とその対策
似た字・聞き間違い・書き飛ばし:よくあるミスのパターン
写本における誤りは多様で、特に似た字の混同や聞き間違い、行や字の書き飛ばしが頻繁に見られました。漢字は形が複雑で似通った字が多く、筆者の注意力が欠けると誤写が生じやすかったのです。
また、口頭での読み上げ時に発音が似ている字を聞き間違えることもありました。こうしたミスはテキストの意味を大きく変えることもあり、校勘の重要性を高める要因となりました。
文字を消す・塗りつぶす・書き足す:訂正の実務テクニック
誤りを発見した場合、古代の写本では様々な訂正方法が用いられました。間違った文字を消すために水で墨を薄めて拭き取ったり、上から墨を塗りつぶして新たに書き足したりしました。場合によっては訂正箇所に注記を加え、訂正の意図を明示しました。
これらの実務テクニックは写本の美観と可読性を保つために工夫され、訂正痕跡も後の校勘資料として重要な情報となりました。訂正の方法は時代や地域によって異なり、写本研究の対象ともなっています。
同じ本を何冊も比べる:異本照合という発想
誤りを正すための最も効果的な方法は、複数の写本を比較する異本照合でした。異なる写本を並べて読み比べることで、共通する部分と異なる部分を特定し、誤写や脱字を見抜きました。
この手法は校勘の基本となり、古代から盛んに行われました。異本照合は単なる誤り訂正にとどまらず、テキストの成立過程や伝播経路の研究にもつながりました。
誤りをあえて残す?原本尊重と実用性のバランス
一部の校勘者や写本者は、誤りであっても原本の形を尊重し、訂正を加えないことを選びました。これは原本の「真実性」を重視する考え方であり、後世の研究者にとっては貴重な資料となりました。
一方で、実用的なテキストとしての読みやすさや正確さを優先し、訂正を積極的に行う場合もありました。このバランス感覚は時代や目的によって異なり、校勘文化の多様性を示しています。
誤写が新しい意味を生むことも:ミスから生まれた別伝
興味深いことに、誤写が元となって新たな解釈や伝承が生まれることもありました。誤った文字が独自の意味を持ち、別の伝説や説話の起点となることがあったのです。
こうした現象は文字文化の柔軟性と創造性を示しており、誤りが必ずしも単なる欠陥ではなく、文化の多様な展開に寄与する側面もあることを教えています。
校勘って何?古代版「テキスト批判」の考え方
校勘の基本アイデア:どの文字が「本物」に近いのか
校勘とは、写本の誤りを訂正し、原文に最も近いテキストを再現しようとする作業です。古代中国では、複数の写本や異本を比較し、文脈や文法、常識に照らして正しい文字を選びました。
この作業は単なる誤字訂正にとどまらず、テキストの意味や意図を深く理解し、伝統的な解釈を踏まえた上で行われました。校勘は文字文化の品質管理とも言え、学問的な厳密さが求められました。
「古い写本ほど信頼できる?」伝本の年代と評価基準
古代の校勘者は、一般に古い写本ほど原文に近いと考えました。しかし、単に年代だけで判断するのではなく、写本の質や伝来経路、書写者の信頼性も評価基準となりました。
また、古い写本が必ずしも正しいとは限らず、後世の写本に含まれる訂正や注釈が有用な場合もありました。こうした複合的な評価基準により、校勘は慎重かつ多角的に行われました。
文脈・文法・常識で判断する:内容から誤りを見抜く方法
校勘では、文字の形だけでなく、文脈や文法、常識的な意味合いから誤りを検出しました。例えば、文法的に成立しない箇所や意味が通じない部分は誤写の可能性が高いと判断されました。
この方法は単なる形態的な比較を超え、テキストの内容理解を深めることで正確な校訂を可能にしました。校勘者は言語学的な知識や文化的背景に通じている必要がありました。
引用文献との照合:他の本を使ったチェックのしかた
古代の学者たちは、引用されている他の文献や注釈書を参照し、テキストの正確性を検証しました。引用文献との照合は、誤りを見つける強力な手段であり、校勘の重要な一環でした。
この方法により、異なる文献間の整合性が保たれ、テキストの信頼性が向上しました。引用文献の豊富な知識は校勘者の必須の資質とされました。
校勘記の書き方:どこをどう直したかを残す工夫
校勘の結果は「校勘記」として記録され、どの部分をどのように訂正したかが明示されました。これにより、後世の読者や研究者が校訂の過程を追跡でき、透明性が確保されました。
校勘記は注釈や脚注の形で写本や刊本に付され、校勘の成果を共有する重要な手段となりました。こうした記録文化は、文字文化の発展に不可欠な要素でした。
経書と歴史書をめぐる大プロジェクト
『五経』の整理と標準化:国家事業としての校勘
儒教の基礎となる『五経』は、古代中国の学問と政治の根幹をなす文献群であり、その整理と標準化は国家的な課題でした。漢代以降、政府は専門家を動員して『五経』の写本を校勘し、誤りを訂正し、統一的なテキストを作成しました。
このプロジェクトは学問の正統性を確立し、科挙制度における試験テキストの基準を定める役割も果たしました。国家事業としての校勘は、写本技術と校勘技術の高度化を促進しました。
『史記』『漢書』など正史のテキストを守る試み
司馬遷の『史記』や班固の『漢書』などの正史は、歴史的事実の記録として極めて重要視されました。これらのテキストの正確な伝承は、政治的正当性や文化的アイデンティティの維持に直結しました。
そのため、写本の誤りを訂正し、異本を比較する大規模な校勘作業が繰り返されました。こうした努力により、正史のテキストは長期にわたり安定して伝えられました。
焚書・戦乱・散逸:失われたテキストをどう復元したか
歴史の中で焚書や戦乱により多くの文献が失われました。これに対し、学者たちは散逸したテキストの断片や引用文献を集め、復元に努めました。断簡残巻の収集と比較は、古代の校勘技術の応用例です。
また、異なる地域や時代の写本を照合し、欠落部分を補う試みも行われました。こうした復元作業は、文化遺産の保存と再生に大きく貢献しました。
宋代の「校勘ブーム」:書店・学者・官府の三つ巴
宋代は印刷技術の発展と学問の隆盛により、校勘活動が一層活発化しました。書店は版木の制作に際し、原稿の校勘を厳密に行い、学者は研究のために校勘を重ね、官府も公式テキストの整備に力を入れました。
この三者の相互作用が「校勘ブーム」を生み出し、テキストの正確性と多様性が飛躍的に向上しました。宋代の校勘文化は後世に大きな影響を与えました。
科挙試験と標準テキスト:一字の違いが運命を分ける
科挙試験においては、試験問題や答案の基準となる標準テキストの正確性が極めて重要でした。わずかな文字の違いが合否を左右することもあり、写本と校勘の正確さは受験生の運命を左右しました。
このため、政府は標準テキストの校勘と配布に細心の注意を払い、写本の品質管理を徹底しました。科挙制度は写本と校勘技術の発展に強い動機を与えました。
仏教経典の写本と校勘:国境を越えるテキスト管理
サンスクリットから漢訳へ:翻訳と写本が同時進行
仏教経典はインドのサンスクリット語から漢訳され、中国に伝わりました。翻訳と写本は密接に連携し、翻訳者と写本者が協力して正確なテキストを作成しました。翻訳の過程で生じる意味の違いを写本で補正することもありました。
この同時進行のプロセスは、テキストの正確性と信頼性を高め、仏教文化の普及に大きく貢献しました。
僧院の写経所:宗教施設が担った「コピーセンター」機能
多くの僧院には写経所が設けられ、経典の写本と校勘が組織的に行われました。僧侶たちは写経を修行の一環とし、宗教的使命感から高い品質を維持しました。
写経所は古代の「コピーセンター」として機能し、経典の大量生産と管理を支えました。この体制は仏教文化の拡大と東アジア全域への伝播を促進しました。
異なる訳本の比較:どの訳を「正」とみなすか
仏教経典には複数の訳本が存在し、どの訳を正統とするかは重要な問題でした。僧侶や学者は異なる訳本を比較し、内容や表現の整合性を検討しました。
この比較作業は校勘の一種であり、正しい教義の伝達を保証するための重要な手段でした。訳本の選択は宗派や地域によって異なり、多様な校勘文化を生み出しました。
日本・朝鮮との往来:東アジアで共有された校勘の知恵
中国の写本と校勘技術は、日本や朝鮮にも伝わり、東アジア全域で共有されました。僧侶や学者の交流を通じて、校勘の知識や技術が広まりました。
これにより、地域ごとの特色を持ちながらも共通のテキスト文化圏が形成され、東アジアの文化的連続性が保たれました。
仏典目録と校勘:カタログづくりが支えたテキスト管理
仏教経典の管理には目録の作成が不可欠でした。目録は経典の収録状況や異本の情報を整理し、校勘の基礎資料となりました。
これにより、経典の所在や内容の把握が容易になり、効率的な校勘と保存が可能となりました。目録作りはテキスト管理の重要な技術でした。
印刷術の登場で写本と校勘はどう変わったか
木版印刷の広まり:手書きから版木へ
唐代以降、木版印刷が普及し、写本に代わる大量生産手段として発展しました。版木を彫ることで同一のテキストを何度も印刷でき、写本の手間と時間を大幅に削減しました。
しかし、版木作成前の原稿は写本で作成され、校勘が十分に行われる必要がありました。印刷術は写本と校勘技術の延長線上に位置しています。
版下原稿の校勘:印刷前にミスをつぶす新しい工程
印刷に先立ち、版下原稿の校勘が重要な工程となりました。写本の段階で誤りを見つけ、修正した原稿をもとに版木が彫られました。
この工程は印刷物の品質を左右し、校勘技術は印刷文化の基盤として不可欠でした。版下校勘は写本校勘の延長でありながら、新たな技術的挑戦でもありました。
版を重ねるごとの修正:版刻と「増補・訂正」の文化
印刷版は使用により摩耗し、また時代の変化に応じて訂正や増補が加えられました。新版の版木を作る際には、校勘を再度行い、テキストの修正が反映されました。
この「版を重ねる」文化はテキストの進化を促し、写本時代にはなかった動的なテキスト管理を可能にしました。
活字印刷と異体字整理:文字の標準化が進むプロセス
宋代以降、活字印刷が登場し、文字の選択や整理が求められました。異体字の整理や標準字形の確立は印刷文化の発展に不可欠であり、校勘技術と密接に関連しました。
文字の標準化はテキストの統一性を高め、広範な読者への普及を促進しました。活字印刷は写本文化に新たな変革をもたらしました。
手写本は不要になった?印刷時代にも残った写本の役割
印刷術の普及により写本の需要は減少しましたが、完全に消滅したわけではありません。特に宗教的な写経や個人の学問用途では写本が尊重され続けました。
また、印刷物の校正用原稿や特別な写本は、印刷文化と共存しながら独自の役割を果たしました。写本と印刷は相補的な関係にありました。
校勘を支えた「見えない技術」
字形・異体字の知識:細かな違いを見分ける目
校勘には字形の微妙な違いを識別する高度な知識が必要でした。漢字には多くの異体字が存在し、それらを正確に区別することが誤り訂正の基本でした。
この字形知識は書道や文字学の発展と連動し、校勘者の専門性を高めました。細部への注意力が「文字の科学」を支えました。
音韻学・韻書の利用:音から誤字を見抜く方法
音韻学や韻書は、文字の発音や韻律の規則を示すもので、校勘において誤字の検出に役立ちました。発音が似ている字の誤用を音韻的に分析し、正しい文字を推定しました。
この方法は文献学と音韻学の融合であり、校勘技術の科学的側面を象徴しています。
訓詁学・注釈書:意味の研究が校勘に与えた力
訓詁学は古典の語句の意味を解明する学問であり、注釈書とともに校勘の重要な支えとなりました。意味の理解が誤り訂正の根拠となり、校勘の精度を高めました。
これらの学問は校勘者の教養として必須であり、文字文化の深化に寄与しました。
書誌学的な目線:紙・書風・装丁から写本の素性を読む
校勘には書誌学的視点も重要でした。紙質、書風、装丁様式などから写本の成立時期や地域、書写者の属性を推定し、テキストの評価に活用しました。
こうした物質的証拠はテキスト批判の補助線となり、写本研究の基礎を築きました。
系譜図づくり:写本の「家系図」を描く試み
異なる写本の関係性を明らかにするため、系譜図が作成されました。これにより、写本の伝来経路や変異のパターンを視覚的に把握できました。
系譜図はテキストの歴史的研究に不可欠なツールであり、古代の校勘者の知的努力の一端を示しています。
代表的な校勘家とその仕事ぶり
劉向・劉歆父子:前漢の大整理プロジェクト
前漢時代の劉向・劉歆父子は、『楚辞』や『春秋』などの古典の整理と校勘に尽力しました。彼らは多くの異本を収集し、比較検討して標準テキストの基礎を築きました。
このプロジェクトは漢代の学問の基盤を作り、後世の校勘文化に大きな影響を与えました。
孔穎達・顔師古など唐代の注釈・校勘の名手
唐代の孔穎達は『五経正義』の編纂を通じて経典の校勘と注釈を完成させました。顔師古も歴史書の校勘に優れ、多くの誤りを訂正しました。
彼らの仕事は校勘技術の成熟を示し、唐代学問の黄金期を支えました。
欧陽脩・蘇軾ら宋代文人のテキストへのこだわり
宋代の欧陽脩や蘇軾は文人として校勘に熱心に取り組み、テキストの正確性と美しさを追求しました。彼らは校勘を学問と芸術の両面から捉えました。
宋代の校勘文化は文人の個人的関与により一層深化し、後世に多大な影響を与えました。
清代考証学者たち:乾隆帝の「四庫全書」と校勘事業
清代は考証学が隆盛し、乾隆帝の命で編纂された『四庫全書』は膨大な文献の収集と校勘を伴いました。考証学者たちは厳密な校勘を行い、テキストの正確性を追求しました。
この事業は中国古典文献学の集大成であり、近代的テキスト批判の先駆けとも言えます。
彼らの方法は何が新しかったのか:近代的テキスト批判との比較
古代から清代に至る校勘家たちは、異本比較や文脈分析、引用照合など近代的テキスト批判の基礎を築きました。彼らの方法は科学的で体系的であり、現代の文献学と共通点が多いです。
ただし、近代批判学が客観性と方法論の明確化を強調するのに対し、古代の校勘は文化的伝統や儒教的価値観と密接に結びついていました。両者の比較は校勘技術の歴史的発展を理解する上で重要です。
日本・朝鮮への影響と東アジアのテキスト文化
漢籍受容と写本・校勘技術の伝播
中国の漢籍は日本や朝鮮に伝わり、写本と校勘技術も同時に受容されました。これにより東アジア全域で共通の文字文化圏が形成されました。
各地の学者や僧侶は中国の校勘技術を学び、自国の文献管理や学問に応用しました。
日本の古写本に残る中国式の校勘痕跡
日本の古写本には、中国式の校勘痕跡が多く見られます。異本比較や注記の方法、訂正技術などが中国の伝統を反映しています。
これらは日本の写本文化の発展に重要な影響を与え、独自の校勘文化の形成に寄与しました。
朝鮮王朝の官刻本と校勘制度
朝鮮王朝は官刻本の刊行と校勘制度を整備し、中国の伝統を継承しつつ独自の発展を遂げました。官刻本は正確なテキストの普及に貢献しました。
朝鮮の校勘制度は学問の基盤を支え、東アジアの文字文化圏の一翼を担いました。
東アジア共通の「正本」意識とその違い
東アジアでは「正本」(正しいテキスト)を尊重する意識が共有されましたが、その具体的な運用や評価基準には地域差がありました。中国は国家的な統一基準を持ち、日本や朝鮮はそれぞれの文化的背景に応じた校勘を行いました。
この多様性は東アジアの文字文化の豊かさを示しています。
近代以降の共同研究:国境を越えた写本比較
近代以降、日中韓の学者は共同で写本の比較研究を進め、国境を越えた文化交流が活発化しました。デジタル技術の導入により、古写本の比較と校勘がより精密に行われています。
こうした国際的な協力は東アジアの文字文化の保存と理解に貢献しています。
現代から見た古代の写本と校勘
デジタル化と画像解析:古写本研究の新しい道具
現代の古写本研究はデジタル化と画像解析技術の導入により飛躍的に進展しました。高精細な画像を用いて文字の微細な特徴を分析し、写本の系譜や誤りの検出が可能となりました。
これにより、従来の肉眼では困難だった詳細な校勘が実現し、古代の文字文化の理解が深まっています。
断簡・残巻の再統合:バラバラの資料をつなぎ直す試み
古代文献は断簡や残巻として散逸していることが多く、それらを再統合する試みが進められています。デジタル技術を駆使し、異なる資料の比較や文字の特徴から断片を結びつけています。
この作業は古代のテキストを復元し、文化遺産の再生に寄与しています。
AIとテキスト比較:古代の校勘技術との意外な共通点
人工知能(AI)を用いたテキスト比較技術は、古代の校勘技術と驚くほど共通点があります。異本比較や誤字検出の方法論に類似性が見られ、人間の知恵と機械学習が相互補完しています。
AI技術は古代の校勘を再現・拡張し、新たな研究の可能性を切り開いています。
誤りも含めて文化遺産:どこまで直し、どこから残すか
古代の写本や校勘には誤りも含まれますが、それも文化遺産の一部として尊重されています。どこまで訂正し、どこから原本の痕跡を残すかは現代の研究者の重要な課題です。
この判断は文化的価値観や研究目的によって異なり、文字文化の多層的な理解を促しています。
古代の「文字の科学」から現代の読者が学べること
古代中国の写本と校勘技術は、文字文化の正確な伝承と管理の科学的側面を示しています。現代の読者は、これらの技術から情報の正確性の重要性や文化の継承の難しさを学べます。
また、文字が単なる記号でなく、文化と歴史をつなぐ生命線であることを再認識する契機となるでしょう。
【参考サイト】
-
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/ -
中国国家図書館デジタル資源
http://www.nlc.cn/ -
日本漢文学資料館
https://www.kanbun.jp/ -
朝鮮王朝実録デジタルアーカイブ
http://sillok.history.go.kr/ -
中国哲学書電子化計画(Chinese Text Project)
https://ctext.org/ -
国際東アジア古典文献デジタルアーカイブ(IDEA)
https://idea.cjh.org/
