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   観光業と地域間格差の解消

中国の観光業と地域間格差の解消

中国は、広大な国土と豊かな歴史・文化、多様な民族が織り成すユニークな観光資源を持つ国です。ここ数十年で中国は急激な経済成長を遂げてきましたが、その一方、沿海部と内陸部、西部の間には大きな経済格差が生じています。そんな中、観光業が格差解消の「切り札」として近年大きな注目を集めています。本稿では、中国観光業の現状から政策的背景、観光業が地域格差解消に果たす役割、具体的な事例、日本との比較まで、わかりやすく詳細に紹介します。

目次

1. 中国観光業の現状と発展

1.1 中国観光市場の規模と推移

中国の観光市場は、2000年代以降急速な発展を続けています。2019年には、国内旅行者数が60億人回を超え、観光収入は6兆元(約100兆円)に迫る規模となりました。新型コロナウイルスの影響で2020年~2021年は大幅な減少を経験しましたが、2023年には回復基調に転じ、国内観光業はほぼ以前の水準を取り戻しています。春節や国慶節のような大型連休には、何億人もの市民や観光客が各地を移動する「人流」の押し寄せる様子は、毎年ニュースでも頻繁に取り上げられます。

ここ10年で顕著なのは、観光の多様化です。かつては北京、上海、広州、西安などの大都市や有名な歴史遺跡、自然景勝地への旅行が主流でしたが、今日では農村体験や少数民族の文化、エコツーリズム、体験型旅行など新しい形態の観光が人気です。観光客の層も都市部の中間層・富裕層が増え、国内旅行だけでなく海外旅行まで視野に入れる人が増加しています。

また、観光消費のスタイルも大きく変わりました。スマートフォンを使った予約や情報収集が一般的となり、若者世代においてはリアルタイムで「映えスポット」を求めて旅先を選ぶ例も増えています。日本のアニメやドラマのロケ地巡りのような、ポップカルチャーと結びついた観光も広がりを見せています。

1.2 観光業が中国経済に及ぼす影響

観光業は中国経済の中で極めて重要な位置を占めています。観光業自体が成り立つことにより、ホテル、飲食、交通、小売など様々な関連産業も潤い、多くの雇用が生まれます。2022年には観光業直接の雇用が約2800万人と言われ、さらに間接的な雇用を加えると5000万人を超える人々がこの業界に関連しています。

さらに、観光業の利益は地元経済への波及効果も大きいです。例えば雲南省の麗江や浙江省の烏鎮のような有名観光地は、元々は小さな街や農村でしたが、観光の発展とともにインフラが整い、商業施設やサービス業が急増し、地元住民の生活水準も格段に向上しました。観光業が都市のイメージアップやブランド発信、文化財保護、国際交流の推進とも結びつき、経済以外にも幅広いメリットをもたらしています。

また、観光業の発展によって地方の公共投資や民間投資も促進されます。鉄道や空港、新しい道路の建設などのインフラ整備、観光関連企業への融資や補助金の拡充、小規模事業者の育成など、多方向から経済全体の活性化を加速させています。まさに観光は、成長エンジンとしての役割を担っています。

1.3 外国人観光客と国内観光客の動向

中国に訪れる外国人観光客はコロナ禍以前は年間1億人を超えていました。主な出身国は韓国、日本、タイ、アメリカ、ロシアなどで、最近では東南アジアやヨーロッパからの訪問者も増えています。北京の紫禁城や万里の長城、上海の外灘、桂林や九寨溝といった国際的にも有名な観光地は、外国人観光客にとっても魅力的なスポットです。

しかし実際、中国観光市場のメインは圧倒的に中国人自身による「国内観光」です。2019年時点で国内観光客は延べ60億人回以上、これに比べて海外からの訪問者数は1億人弱です。また、中国人による海外旅行市場も拡大しており、日本や韓国、東南アジアなどが人気の渡航先となっています。ただし2020年以降のコロナ禍を機に、多くの中国人が改めて国内の魅力に目を向けるようになり、国内観光に再びスポットライトが当たるようになりました。

観光客の傾向として、家族連れやシニア世代、若年層のグループ、企業の団体旅行など様々な客層が存在します。最近ではミレニアル世代やZ世代の人々が「個性」や「体験」を重視するようになり、有名スポットだけでなく、「インスタ映え」や「小衆旅(少人数旅行)」がトレンドになっています。これにより一部都市や地域だけでなく、地方や農村、少数民族の集落など新しい観光地の開発も進んでいます。

1.4 観光産業政策の歴史的背景

中国で観光業が政策的に重視されるようになったのは、改革開放政策(1978年)以降のことです。1980年代には「観光業は経済発展の新しい成長点」と位置づけられ、海外からの観光客誘致と同時に、国内観光の奨励も始まりました。1990年代後半からは、「観光強国」への道を目指し、国家観光局(現・文化和旅游部)による国家戦略が次々と策定されました。

特に注目すべきは、「黄金週(ゴールデンウィーク)」制度の導入です。1999年に労働節の大型連休が新設されると、旅行市場が一気に活況を呈し、多くの中国人が家族旅行や観光に出かけるようになりました。続く国慶節、春節の「三大連休」は、全国の観光業にとって毎年最重要の商機となっています。また、都市・農村間を問わず、多くの地方政府が観光業を成長戦略の柱とし、観光都市や観光県の建設、観光商品(観光地のブランド化)づくりなどが加速しました。

さらに、観光業は外交政策やソフトパワーの一端としても活用されています。ASEAN、日中韓、欧州などとの観光交流を推進し、「シルクロード経済ベルト」や「一帯一路(ベルト・アンド・ロード)」政策においても重要な役割を担っています。2020年代に入り、デジタル経済やスマート観光の導入、グリーン・サステナブル・ツーリズムの促進といった新しい政策目標も登場しています。

2. 地域間格差の現状分析

2.1 東部・沿海部と内陸・西部の経済格差

中国の地域間格差は、長らく経済や社会問題の一つとされてきました。特に東部・沿海部(上海、広東、浙江、福建、江蘇など)と、内陸・西部地域(四川、雲南、貴州、新疆、青海、チベットなど)では、収入、インフラ、教育水準、都市化率などに大きな差があります。その要因の一つが、沿海部に外資や企業が集中したこと、港湾や交通網が発達して国際ビジネスが展開しやすかったことなどです。

働き口も生活水準も沿海部に集中していることから、内陸や農村部からの人口流出が激しく、大都市圏への出稼ぎ労働や地方の過疎化が社会問題化してきました。内陸部や西部では、産業やサービス業の発展が遅れがちで、地元に雇用が生まれず、経済の発展が限定的になってしまう現状が長く続いています。このような地域格差の是正には、観光業のような新たな産業振興が重要視されるようになってきたのです。

こうした格差をなくすためには、地元の特性を活かしながら新しい雇用と経済成長の原動力を創出する必要があります。観光業は地域資源(自然・文化・歴史・民族など)を生かしやすく、地元産業の育成や住民参加型の発展が期待できる分野として、政府・地方双方から積極的に支援されています。

2.2 観光資源の分布の違い

中国は非常に広大な土地を持っているため、観光資源の分布にも大きな特徴があります。東部沿海の都市部には歴史的建造物、現代建築、ショッピング街など都市観光が発展しやすい一方、内陸部や西部には雄大な自然景観や少数民族文化、独特の宗教建築、ユニークな風習など、世界的にも珍しい観光資源が存在します。

例えば、世界遺産にも登録されている黄山(安徽省)、九寨溝(四川省)、張家界(湖南省)、莫高窟(甘粛省)、西双版納(雲南省)、ポタラ宮(チベット自治区)など、内陸部・西部には独自の観光資源が数多くあります。しかし、アクセスのしづらさ、認知度の低さ、現地の観光インフラ不足などから、そのポテンシャルは十分に発揮できていないケースが少なくありません。

一方で沿海部の都市観光は、ショッピングやナイトライフ、エンターテインメント、近代的なホテルやレストランなど外国人や若者にも魅力的な選択肢があるため、高い集客力を誇ります。地域資源の違いをどう生かすか、それぞれの個性に合わせた観光戦略が課題となっています。

2.3 観光インフラの整備状況

観光資源が豊かでも、インフラの未整備が観光地発展の妨げとなることは多いです。北京や上海、広州などの大都市圏では、空港・高速鉄道・都市交通・ホテルといったインフラが先進国並みに整っています。大手旅行会社やオンラインプラットフォームでの予約も容易で、多言語化も進められています。

一方、中西部や農村部では、交通網の不十分さや宿泊・飲食施設の不足、衛生設備・安全対策の遅れなどが、観光誘致の大きな障壁になっています。例えば、四川の九寨溝やチベット自治区には壮大な自然風景や文化遺産がありますが、アクセスの悪さや宿泊施設の限界から、多くの観光客を受け入れるには事前の準備が不可欠です。さらには、災害時の対応や通信インフラの整備なども今後の重要課題です。

ただし最近では、全国規模の高速鉄道網が普及し、かつては「遠い」とされていた都市や田舎町に、数時間でアクセスできるようになりました。また「美しい村」建設や地元資本の旅館・ホテル誘致、オンライン決済やQRコード決済の導入などデジタル面の進化も見られます。一歩一歩ですが、確実に格差が縮まりつつあります。

2.4 雇用・所得格差と観光業の関係

観光業が地域の雇用と所得創出に貢献できるかどうかは、その地域の産業構造や教育水準、人材流動性にも大きく左右されます。沿海部や大都市では、元々サービス業の雇用が多く、観光関連職種への転職や副業も参入しやすい環境があります。しかし内陸部や西部の農村地域、民族村などでは、観光業が本格的になる以前までは農業や一部の製造業、手工業などが主な産業で、観光による新規雇用創出が期待されています。

例えば、雲南省の麗江や広西チワン族自治県の陽朔では、観光業の発展にともない、現地住民が飲食店や宿泊施設、観光ガイド、土産物販売、地元ツアー運営などのビジネスに参画することで、地元経済が大きく潤いました。これによって若者や女性の新たな就業機会が生まれ、定住人口の増加や所得アップにもつながります。

ただし、観光収入が地元に還元されにくいケースもあり、大手資本や外部企業が観光収益の大部分を持ち帰ってしまう「利益流出」の問題も発生しています。より効果的に格差是正を進めるためには、地元参加型のビジネスモデルや、観光収入の再分配の仕組みが求められています。

3. 観光業振興による地域振興策

3.1 政府主導の観光開発プロジェクト

中国政府は、「観光強国建設」や「貧困脱却」政策の一環として、大規模な観光開発プロジェクトを推進してきました。その代表例が「一帯一路」構想に関連するシルクロード沿いの観光開発です。甘粛省、陕西省、陝西省、新疆ウイグル自治区などでは、歴史的な遺跡と現代的な観光資源の組み合わせ、大規模な観光地の建設やPR活動が国主導で展開されています。

また、省や市レベルでも「観光都市」「観光村」「模範観光地」といった称号を与え、政府主導で観光地のブランド化やインフラ投資を進めています。例えば雲南省の麗江古城や貴州省の黄果樹瀑布などは、国家レベルでの観光開発モデルとして注目され、多国語表示やバリアフリー化、AI観光案内、EVバスの導入など最新技術も積極的に導入されています。

都市・農村問わず、観光開発に関わる補助金や減税、資金支援の政策的枠組みも充実してきました。地域経済の発展だけでなく、伝統文化の保存や環境保護に配慮した観光地づくりも進行し始めています。

3.2 地方特色を生かした観光商品の開発

中国の観光プロモーションの新しい潮流は、「地域特色を活かした観光商品づくり」です。単なる観光スポット紹介から一歩進み、地元の特産品や伝統芸能、郷土料理、農村体験、祭りや民族行事などを組み込んだ「体験型」の観光コンテンツ開発が目立つようになっています。

例えば貴州省の苗族・トン族の村では、伝統建築の宿で地元料理を食べ、伝統音楽や舞踊に参加する「民俗文化体験プログラム」が人気です。浙江省烏鎮のような水郷古鎮では、水運クルーズと現代アートフェスティバル、地域限定グルメツアーを組み合わせた商品開発が進められています。安徽省の「宏村」は世界遺産に登録された後、現代アートとのコラボや映画ロケ地としても注目され、観光客の流入が続いています。

こうした工夫により、地元の小規模事業者や伝統工芸職人、農家などが観光と直接的につながり、新しい地域ブランドや雇用が生まれる構造が育ちつつあります。

3.3 観光と農村振興の連携

観光業はもともと都市部のイメージが強かった中国ですが、近年「田園観光」「農村体験観光(農家乐)」が急速に注目を集めています。地方政府は農村振興政策と観光業を連動させ、農村の豊かな自然や伝統生活、季節ごとのイベントを活かした観光商品を開発しています。

例えば四川省や雲南省では、お茶摘み体験、棚田の稲刈り、漢方薬採集ツアーなどが人気です。海南島のリー族村ではココナッツ採取、伝統漁法体験を取り入れ、日本の「グリーンツーリズム」似たプログラムも充実しています。こうした体験は都市部の観光客にとって非日常的且つリフレッシュできる要素があり、地域の観光所得を増やすとともに、若者の地元定着化にも貢献しています。

このような農村観光の普及は、農村経済の多角化・高付加価値化を促進し、狭義の観光業のみならず、農産物加工やサービス分野まで波及効果をもたらしています。また「美しい村」建設と合わせて、景観や環境への配慮、安全・衛生面の整備、交通インフラの充実も同時に進行しているのが特徴です。

3.4 投資誘致と観光産業育成

観光業の振興には、多様な投資や関連産業の育成が不可欠です。中国各地で見られるのは、地元政府(市役所や県庁など)が国内外の企業を誘致して資本を呼び込み、宿泊施設、観光リゾート、テーマパーク、エコパーク、観光農園、文化体験施設、温泉施設など多彩な観光施設を建設するパターンです。

浙江省の「千島湖」や海南島のリゾート地、長白山のスキーリゾートなどは、国際的なホテルチェーンや投資ファンドも参画し、グローバルな観光地を目指した大胆な投資が行われています。一方、伝統集落エリアや民族村ではNPOや大学、国際団体の支援、マイクロクレジットによる中小規模の投資も増加中です。

観光産業の育成策としては、ガイドや通訳、観光プランナー、地元特産品のマーケティング担当などの専門人材の育成、大学との提携や研修制度も強化されています。観光を一過性の景気刺激策に終わらせず、持続可能な地域産業として根付かせるための工夫が求められています。

4. 観光業による格差解消の成果と課題

4.1 地域経済への波及効果

観光産業の成長が地域経済に与えるプラス効果は実に多様です。例えば、観光地化した農村部では、観光収入による公共インフラ投資(道路や上下水道、通信施設など)が一気に進み、地元住民の生活環境が大きく向上しました。また、観光地での飲食店や販売店、宿泊業務の増加は、地元商店や小規模事業者に新たな収益源をもたらします。

また、雲南省の麗江や貴州省西江千戸苗寨、広西の陽朔などでは、観光客の訪問により伝統工芸品や特産物の販売が拡大し、伝統文化の保存・発信と地域ブランド化が進みました。このように、観光業が「トータルエコノミー」の起爆剤として機能しているのが中国の地方観光の特徴です。

一方、観光利権が強い立場の事業者や外部資本、大手プラットフォームサービスに偏りがちで、地元の零細事業や個人経営者への恩恵が十分に届かないという声も根強いです。地域ごとに成功例もあれば、課題も見えてきているのが現状です。

4.2 雇用創出と生活水準の向上

観光業の発展による直接的な利点が雇用の拡大です。旅行会社・ホテル・レストラン・ガイド・輸送サービス・土産品販売・地元商店・農産物直売所など、多種多様な職種で新たな雇用機会が生まれます。とくに農村部や過疎地、産業基盤の弱かった地域での雇用創出は、都市部への人口流出防止や若者・女性の地元定着に寄与しています。

また、観光業の賃金水準や臨時雇用の拡大によって、家庭所得そのものが向上し、地方在住者の消費力アップにもつながります。例えば新彊ウイグル自治区や雲南省の少数民族村落では、伝統芸能や手工芸の披露、民 lodge、民族料理体験、お祭りのパフォーマンスなど多様な形で現地住民が活躍しています。観光をきっかけに現地の職人やアーティストが脚光を浴び、地域経済に再投資される好循環が生まれやすくなっています。

ただし、「シーズン雇用」や「低賃金労働」など課題も指摘されています。観光シーズンの繁忙期だけ人手が要る場合や、観光収入が安定的に地元労働者に還元されないケースもあり、中長期的な雇用政策や福利厚生の整備が重要課題です。

4.3 観光収入の地域分配問題

観光業の利益が均等に分配されない問題も顕在化しています。大規模な投資や新しい観光リゾート地の開発では、大手企業や外部資本が主導権を握り、観光収益が地域外に流出する「利益の外部流出」が懸念されてきました。伝統的な観光地や少数民族観光村でも、旅行会社やバスツアー、オンライン予約サイトが大部分の利益をシステム上吸い上げてしまい、現地住民には十分に還元されないという声も増えています。

これを改善するため、一部の地域では地元出資や村共同経営による観光ビジネスモデル、観光収入の分配ルールの見直しを進めています。例えば貴州省の「苗寨観光地」では、入場券収入の一部を村民に再分配する制度を導入し、村全体の発展資金に充てています。

また、農村観光の場合、「農家体験」「民宿」「地元ガイド」など小規模なビジネスが主体となるため、一般住民も観光収入の恩恵を受けやすい傾向もあります。このような仕組みの充実が、地域ごとの課題解決につながると期待されています。

4.4 副作用:観光地の過密と環境負荷

観光業の急発展には、必ず副作用もついてきます。その一つが、人気観光地におけるオーバーツーリズム(過密)と環境問題です。例えば、湖南省の張家界や上海市豫園のような有名観光地では、ピークシーズンに何十万人が一気に押し寄せ、道路渋滞や混雑、歴史的建造物の損傷、ごみ問題、騒音、自然環境の劣化が深刻になっています。

また、美しい自然や文化遺産へのアクセスが容易になる一方で、地域住民の生活環境の変化や騒音・物価高騰といった日常生活への影響も無視できません。環境保護と観光発展のバランスをどうとるかは、今まさに中国観光産業が直面している課題です。

そのため一部の観光地では、入場制限や事前予約制の導入、バイオトイレや環境保全設備の設置、グリーン交通(EVバス・電気自転車)の導入など、環境負荷を低減する具体的な施策を模索中です。今後、持続可能な観光が本格的に求められていくでしょう。

5. 今後の課題と展望

5.1 持続可能な観光開発の必要性

これからの中国観光業にとって最も重要なキーワードは「持続可能性」です。急速な観光開発の陰で、自然資源の破壊や文化財の劣化、観光地の過密、地域コミュニティの変質など、負の側面が明確化しています。中国政府や地方自治体は、観光業の量的拡大から「質の向上」と「持続的発展」への転換を模索中です。

たとえば、観光地の入場数コントロール、観光客の分散化(混雑回避)、地域資源管理計画、再生エネルギーの活用やごみ処理システムの強化、景観規制、文化財保全の徹底などサステナブルな観光地運営モデルが各地で導入され始めました。とりわけ、昔からの集落や自然景観保護区では「観光と保全」の両立に本腰を入れた取り組みが増えています。

また、観光で得た資金や利益をどのように地域社会や次世代の教育・インフラ投資へ活かせるか、その枠組みづくりも今後の重要テーマとなるでしょう。観光業の“光”だけでなく“影”への対応が一層求められています。

5.2 格差是正を目指した政策提言

地域格差を本当に解消し、観光業の恩恵を「全国津々浦々」にまで広げるためには、きめ細かな政策設計と現地実情に即した柔軟な対応が欠かせません。例えばインフラ投資や観光PRだけでなく、教育・技能研修、女性や若者の起業支援、小規模な農村観光ビジネスへのマイクロファイナンスなど、現地住民自身が主役となる仕組みを充実させることが効果的です。

さらに、観光権利の「地元還元」を明確化する政策、観光収益に関する課税・分配制度の改善、多言語化やアクセシビリティ向上のための標準化指導なども、将来の取り組みとして重要です。大規模開発に偏りすぎず、「小さな成功」が多数広がる分散型の観光政策も必要でしょう。

加えて、「観光地間ネットワーク」の構築や地方間連携、異なる地域の観光地を結ぶ新幹線ルートの開発など、観光によって地域同士が相互補完し合う新しい形の地域振興が期待されています。

5.3 デジタル化とスマートツーリズムの役割

中国観光の発展を加速した最大の要因のひとつが「デジタル化」です。オンライン旅行予約(Ctrip、Fliggy など)、電子決済(アリペイ、微信支付)、SNSを使った口コミや映えスポット情報拡散、AI案内ロボット、無人フロントホテルなど、スマートツーリズムの普及が観光産業全体のバリューチェーンを大きく塗り替えています。

とくに、地方観光地が都市部や海外の観光客にアクセスしやすくするためには、デジタルマーケティングや多言語サイトの運営、リアルタイムの混雑情報発信、口コミ拡散型プロモーションが不可欠です。また、観光客誘導だけでなく、観光地サービスの効率化(電子チケット発行、無人案内所)、災害時の情報伝達、環境監視といった分野でもデジタル技術が活用されています。

今後はバーチャル観光、AR/VR体験、デジタルミュージアム、オンライン体験などの新技術を組み合わせて、「現地×デジタル」のハイブリッド型観光が一般化するでしょう。これにより格差是正だけでなく、観光業全体の競争力向上が期待されます。

5.4 日本や他国への示唆と国際協力の可能性

中国の観光業による地域振興の事例は、日本やアジアの他国にとっても大いに参考になります。広大な国土、多民族社会、農村観光の可能性、急速な都市化・インフラ投資、IT・デジタルの徹底活用などは、まさに中国ならではの経験です。

他国と比較して特徴的なのは、政策決定と実行のスピード、国や自治体主導の大規模開発、人口規模に応じた観光マーケットの可能性などです。中国は観光分野でも積極的な国際交流を志向し、日本やASEAN、ヨーロッパ諸国との「観光人材交流」や「共同観光プロモーション」など多様な協力を模索しています。

今後は、日本との協働による「中日共同観光ルート」開発やインバウンド交流の強化、環境テーマでの国際連携、地域観光人材の相互研修など、観光分野における実践的な協力枠組みも発展していくでしょう。お互いの経験を学び合い、より持続可能でバランスの良い経済発展へとつなげることが重要です。

6. 事例紹介:中国各地域の観光振興実践

6.1 雲南省・広西省などの少数民族観光開発

中国には 55 の少数民族が公的に認定されており、それぞれ独特な文化・伝統・風習・言語を持っています。雲南省や広西壮(チワン)族自治区は、少数民族観光の成功例として繰り返し紹介されています。麗江古城や大理古城、西双版納などは、ナシ族やダイ族の伝統家屋、色彩豊かな衣装、現地の祭りで世界中から観光客を引きつけています。

これらの地域では、公的な保護政策と観光ビジネスの両立が進んでいます。観光村を運営する組合が設立され、入場料や体験プログラムの収益一部を村民全体に再分配したり、伝統芸能の継承活動とツーリズムが連動しています。地元若者の帰郷就業や、民族語ガイドの育成も進行中です。

ただし、観光地化による文化の「商業化」「ステレオタイプ化」への懸念もあり、伝統継承と経済振興のバランス取りが課題となっています。それでも、こうした観光モデルは国内外メディアにも頻繁に取り上げられ、中国観光の「多様性の象徴」となっています。

6.2 上海・北京の都市観光モデル

中国の代表的な大都市観光モデルとして上海・北京が挙げられます。上海は歴史的な租界建築、外灘の夜景、ディズニーランド、モダンな高層ビル群、アートエリアなど都市型観光の最先端を走っています。北京は故宮や天安門、万里の長城など歴史観光と先端的なシティ観光が融合した「二重構造」型観光が特徴的です。

これらの都市では、高速鉄道や地下鉄網の発達、世界水準のホテルチェーン、国際会議や展示会の誘致も盛んで、外国人観光客の受け入れやエンターテインメント消費も急伸中です。また、都市観光と郊外レジャー、村落観光との連携(例:上海近郊の朱家角、北京郊外の懐柔区など)も注目されています。

デジタル観光情報や多言語ガイドの導入、電子決済対応など、都市観光の利便性向上は中国内外から高い評価を受けています。大都市の知名度やブランド力を活かしつつ、今後は「都市の魅力発信×地域観光の分散促進」への新たな工夫が求められています。

6.3 シルクロードと内陸観光開発

「シルクロード(絲綢之路)」は、歴史的にも観光資源としても中国を代表する重要テーマです。甘粛省の敦煌・莫高窟、新疆のカシュガル、陝西省西安、寧夏回族自治区など、内陸のシルクロード観光地は、歴史ロマンと宗教多様性、砂漠や草原の雄大な自然が一体となったユニークな観光体験を提供しています。

こうした地域は長らく経済格差に悩まされていましたが、観光業振興により高速鉄道や空港建設、観光ルートのネットワーク化、周辺農村の「観光村」化が急速に進みました。敦煌周辺ではエコツーリズムや仏教芸術体験、ローカルグルメ、砂漠マラソンやキャメルトレッキングといった「複合型観光商品」が生まれています。

また、「一帯一路」プロジェクトと連動し、中央アジア各国やヨーロッパツーリストとの国際観光ルート開発も進行中です。歴史遺産の保護と交流促進、内陸部経済の新しい成長エンジンとして、シルクロード観光は中国全体の地域間格差解消の鍵を握る存在になっています。

6.4 生態観光・文化観光の進展

中国では近年、「生態観光(エコツーリズム)」や「文化観光(カルチャーツーリズム)」の発展が加速しています。例えば浙江省安吉県の竹林観光や、海南島の熱帯雨林体験、重慶から三峡ダムを巡る長江クルーズ、四川省パンダ保護区、南方系民族村のグリーンツーリズムなど、自然保護と環境教育・エンターテインメントを融合した観光商品が続々登場しています。

また、「博物館ツーリズム」「現代アートツアー」「伝統音楽フェス」「地方劇場体験」など、地域文化を前面に打ち出す観光事業も注目を集めています。雲南省の「普洱茶文化コース」や西安・洛陽の「唐代シルクロード公演」も人気コンテンツです。

このような文化・生態観光は来訪者一人ひとりの体験価値を高めるだけでなく、地元住民の誇りや地域アイデンティティの再発見にもつながります。観光の「深み」「広がり」は中国ならではの多層的な魅力となっています。

7. 日本との比較と教訓

7.1 日本の地域観光政策との違い

中国と日本の地域観光政策を比較すると、いくつか根本的な違いが浮かび上がります。中国は国や省市が主導し、莫大な資本や行政権限を注ぎ込みながらスピード感あるインフラ整備・大規模開発を実現しています。一方日本では、中央政府の指導はあっても、地方自治体や地域住民・事業者によるボトムアップ型の観光振興が多いのが特徴です。

また、日本の観光政策は「持続可能性」「地域資源の保存」「地域コミュニティとの調和」に力点が置かれ、規模よりも「クオリティ(質)」重視の戦略が主流です。中国では数量的な目標(観光客数や売上高)が大きな指標である一方、日本ではリピーター確保や「地域に優しい観光」の推進、観光客と現地住民の共存などを重視した戦略が発展しています。

デジタル化の活用に関しては、近年中国が圧倒的なリードを見せています。日本はスマホ決済やオンライン予約、観光アプリなどで徐々に整備が進んでいますが、中国の普及スピードと規模にはまだ及びません。しかし、行政だけでなく現地コミュニティやNPO・企業が連携し、草の根で地域資源を磨く日本の丁寧な地域観光もまた、独自の強みだと言えるでしょう。

7.2 中国の経験から学べる点

中国の観光業による地域振興政策には、日本にとって学べる点が多数あります。ひとつは、「大胆なインフラ投資」と「住民主体の観光ビジネス」の併存です。中国の地方都市や農村は、道路や鉄道、空港、通信インフラに思い切った資金を投入し、観光と地域発展の基盤を早期に整えています。

また、観光と産業振興、農村振興、貧困脱却など、複数の政策目標を結びつけ、総合的かつスピーディーに取り組む姿勢も注目すべき点です。「体験型」「農村型」「少数民族・伝統文化型」観光のパッケージ作りや、IT・デジタル技術を駆使したサービス革新、地元住民への利益還元の仕組み化など、応用可能なノウハウが豊富にあります。

一方、観光の副作用や環境負荷にも正面から対策している点も見逃せません。日本にもオーバーツーリズムの課題は共通して生じており、サステナブルな観光地経営、公的資金の活用ガイドライン、観光利益の地元再分配モデルなど、中国発の知見が参考になる分野は多いでしょう。

7.3 双方の観光協力の可能性

中国と日本はいずれも巨大な観光大国として、交流を深める余地が多く残されています。観光人材の相互派遣、観光IT・デジタルサービスの連携、農村観光・体験観光の共同プロモーション、観光地整備や災害対応ノウハウの共有など、協力分野は多岐にわたります。

両国間の観光交流は年々活発化しており、コロナ禍以前は日本への訪日中国人観光客は年間800万人を超えたこともありました。今後、航空自由化や新幹線開通などインフラの相互接続が進めば、「共通観光圏」や連携観光ルートの開発も十分考えられます。

さらに、大学や観光専門学校、自治体間のパートナーシップ、農業体験や伝統文化体験ツアーの共同企画、デジタル予約サービスなどの技術協力により、双方の観光振興に豊かな相乗効果を生み出せるでしょう。環境分野や地方振興政策の知見交流も今後の展開に不可欠です。

7.4 観光による地域均衡発展への道

中国の経験は、日本を含む他国にとっても地域間格差の是正や地方活性化という共通課題への大きな示唆を与えてくれます。観光が「単なるレジャー」から「多面的な地域経済の成長エンジン」に変貌するプロセスは、世界各国で参考になるモデルケースです。

特に、地域資源の発掘・磨き上げとデジタル化の融合、住民参加型ビジネス、観光収益の公平分配、環境・持続可能性への配慮など「新しい観光振興」の具体策は、グローバルスタンダードにもなりつつあります。今後、日本や他国も中国の良い部分を取り入れつつ、自国らしいユニークな地域観光政策を発展させていく必要があります。

観光による地域間格差の解消は、単なる経済指標だけでなく、住民の満足度や幸福度、次世代の希望、文化・伝統の継承にも密接につながるものです。国や地域は違っても、「豊かな観光」を通じた持続的な地域均衡発展という夢・目標は、誰もが共有できるグローバルなテーマだといえるでしょう。


まとめ

中国の観光業はこの数十年で驚異的な成長と変化を遂げ、今や田舎から都市、伝統文化からハイテク観光まで、あらゆる分野に波及しています。特に地域間格差の解消という観点では、観光業は新しい雇用と所得、生きがいと誇り、生活環境改善の起爆剤になりつつあります。その一方で、外部資本の流出やオーバーツーリズム、環境負荷などの副作用も可視化されています。

日本や他国にとっても、中国の観光振興・格差解消の実践例や“失敗と成功”から学べることは多いはずです。これからの地域観光政策には、地域資源の発掘・活用、デジタル化、住民参加、市場ニーズの多様化、サステナビリティへの配慮など複数の視点が欠かせません。「観光で地域が元気になる」未来づくりは、一人ひとりの小さな力と、新しいアイデアの積み重ねで実現するのです。

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