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   コロナ禍後の観光業の復興と新たな挑戦

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、世界中の観光業界に大きな衝撃をもたらしました。中国も例外ではなく、急激な観光需要の減少や、厳しい移動制限によるビジネスの停滞、観光関連の雇用危機など大きな打撃を受けました。しかし、2023年以降、中国政府と観光関連の企業は新しい政策やイノベーションによって、観光業の再生とさらなる発展に力を入れています。本記事では、コロナ禍以後の中国観光業の現状と変化、新たなトレンド、デジタル化の進展、そして将来的な展望について、具体的な事例や政策を挙げながら詳しく紹介します。

1. コロナ禍による中国観光業への影響

新型コロナウイルスが流行し始めた2020年初頭、中国は厳格な都市封鎖(ロックダウン)や移動制限を実施しました。そのため、国内外の旅行はほぼ完全にストップし、観光地は閑散としました。例えば、旧正月の期間は本来中国国内旅行のピークシーズンですが、2020年は観光地がほとんど閉鎖されてしまいました。この事態は、過去に例を見ない異常事態となり、多くの旅行者や企業が直接的な打撃を受けることになりました。

このパンデミックによる経済的損失も非常に大きく、2020年全体で中国観光業の売上高は前年比52.1%減という驚異的な落ち込みを見せました。特に国内観光収入は、14兆元(日本円で約300兆円)から7兆元以下に半減しました。収益だけでなく、航空業界やホテル業、旅行代理店、飲食サービス、土産物販売といった幅広い分野でも損失が拡大しました。

そして、観光産業に従事する労働者への影響も深刻でした。観光業は中国内で約3億人の雇用を支えているとされますが、多くの人が一時的失業や収入減に直面しました。特に地方の観光地やホテル、個人経営のガイドなどは支援が届きにくく、生活基盤が大きく揺らぐことになりました。都市部では比較的大手チェーンが持ちこたえた反面、小規模事業者ほど苦しい局面に立たされたのです。

観光関連企業は、こうした危機を乗り越えるため様々な挑戦を余儀なくされました。営業停止や一時休業、リストラ、テレワーク化、新たなビジネスモデルの開発などが加速しました。例えば、一部のホテルや観光地はオンラインを活用した「バーチャルツアー」や「ライブ配信」を開始し、収益の新しい柱作りを模索しました。また、イベントや会議のオンライン化なども積極的に取り入れられています。

国内旅行(いわゆる「国内観光」)とインバウンド(海外からの旅行者)のバランスも大きく崩れました。コロナ前は海外からの観光客、特に日本、韓国、東南アジア諸国からの客が増えていましたが、コロナ後は水際対策が導入されたことで、事実上インバウンド市場はゼロに近くなりました。その一方、各地政府が「地元旅行」や「近場旅行」を推進したことで、短距離・短期間の国内旅行が徐々に回復しました。観光需要の中心が国内にシフトしていく、大きな転換点となったのです。

2. 復興のための政策と支援策

コロナ禍からの観光再生には、政府による積極的な財政支援が不可欠でした。中国中央政府は2020年以降、観光関連産業向けに様々な助成金や補助金、緊急融資を実施し、企業・個人事業主を下支えしました。具体的には、規模の小さい観光業者への低利融資、休業補償、従業員への一時的給付金などです。旅行会社やホテルチェーン、一部の航空会社などは、直接的に資金援助を受け、経営危機を回避できました。

地方自治体レベルでも、ローカル観光振興キャンペーンが相次いで展開されています。例えば、北京や上海、広東省などの都市部では、住民向けに旅行クーポンや宿泊割引券を配布することで「市内旅行」や「短距離移動」を積極的に促進しました。また、雲南省や四川省のような観光地を抱える地方自治体は、旅行博覧会や文化イベントを開催し、メディアを通じて魅力の再発信に力を入れています。

インフラ整備やデジタル化の推進も復興の大きな柱です。高鉄(高速鉄道)ネットワークの整備、空港や観光交通機関の近代化が進む一方で、スマートチケットや顔認証入場、電子ガイドなど、テクノロジーを活用した「スマート観光地」化が急速に広がっています。大都市だけでなく、桂林や敦煌など地方の観光名所も逐次的にデジタル化への投資を強めています。

さらに、中国政府は税制優遇や規制緩和も併用しています。旅行関連商品の消費税引き下げ、ホテル経営に対する税控除、新規開業手続きの簡素化などを行うことで、新規参入企業やスタートアップも増えてきました。これにより、先進的なアイデアやサービスをもった企業が観光市場に入りやすくなり、イノベーションが促進されています。

さいごに、各地方自治体は独自のイニシアチブを発表することで自分たちの観光資源のアピールに力を入れています。例えば、浙江省の杭州は「スマートシティ観光」を全面展開し、アプリを使った現地観光ガイド、混雑状況のリアルタイム表示、非接触決済など、市民にも観光客にも便利な仕組みを実装しています。また、海南島は海外リゾート客の誘致を見据えた免税政策やビザの優遇措置など、長期的な復興を強く意識した施策を進めています。

3. 新たな観光トレンドの台頭

パンデミック以降、「健康・安全」志向が大きく高まりました。観光客は今まで以上に衛生対策や混雑回避、安心して滞在できる環境を求めるようになりました。多くの観光地では、入場人数の制限、徹底した消毒、非接触式のチケット・決済システムの導入など、安全安心を前面に押し出すサービスが導入されています。また、旅行中のPCR検査や健康コード(健康状態を示すスマートフォンアプリ)の提示が義務付けられる例も一般的になりました。

これまで団体旅行が主流だった中国ですが、コロナ禍をきっかけに「小規模」「個人」「家族単位」の旅行需要が急激に伸びました。「自分たちだけで気軽に行ける」「混雑を避けたい」といった理由から、ローカルエリアの観光や隠れた名所を巡る旅が人気です。実際、レンタカー利用やドライブ旅行、グランピング(手軽な自然体験型宿泊)といった新しいスタイルが若者を中心に流行しています。プライベートな空間や車中泊などもコロナ以降注目されているポイントです。

また、観光業界のデジタル化とも相まって、オンライン予約やバーチャルツアーの利用が定着しました。例えば、Ctrip(携程旅行網)やFliggy(飛猪)といった大手オンライン旅行プラットフォームでは、観光地のライブ中継や360度映像・バーチャルツアーの提供が日常的になっています。「行く前に仮想で観光地を体験する」「事前に細かく調べてから訪れる」という消費者が増え、予約から決済、現地体験まで一元化したスマートツーリズムが主流となっています。

観光地のブランド再構築も活発です。例えば「長城」「故宮」「黄山」など有名観光地は海外向けにSNSマーケティングを強化し、多言語化サービスや現地ガイドの充実を図っています。さらに、文化や歴史資源を活かしたストーリーづくり、エンタテイメント要素(プロジェクションマッピングや夜間ライトアップなど)を取り入れる事例も急増し、観光資源自体の新たな魅力を再発見する動きが広がっています。

エコツーリズムやサステナブル観光も、ここ数年で一気に盛り上がりを見せています。自然環境や現地住民に配慮した持続可能な観光が世界的なトレンドとなる中、中国でも生態系保護区での旅行、農村体験型観光、地元特産品との連動したプログラムなど、サステナブルな観光が大きな可能性を秘める分野となっています。例えば、貴州・雲南などの自然豊かな少数民族エリアでは、自然資源を生かした体験型観光プランが幅広く展開されており、観光と地域活性化の両立を目指す動きが本格化しています。

4. 中国国内外観光市場の現状と課題

コロナ後の中国国内旅行市場は、以前にも増して活発になっています。都市部の中産階級をはじめ、若い世代やファミリー層は「ビジネス出張×観光」や「週末旅行」、さらに「特定の体験型旅行」を楽しむ傾向が顕著です。動物園、温泉、ショッピングモール、特産市場や伝統的な村落観光など、従来と異なる新しいスポットやテーマに関心が集まっています。各種SNS(Weibo、Douyin、REDなど)で発信・拡散される話題の観光地に人が集まりやすく、「消費者が旅行先を自らプロデュースする」時代になったと言えるでしょう。

一方、インバウンド観光の再開には未だに課題が山積しています。2023年半ば以降、徐々にビザ免除措置やフライト増便が進んできたものの、渡航制限や健康診断、航空便の乱れなどが依然として障害になっています。日本や韓国、ヨーロッパ等からの観光客数もコロナ前の水準には遠く及びません。中国国内の規制緩和だけではなく、各国との協議や信頼醸成、柔軟な受け入れ体制も今後重要になってくる課題です。

国際競争の面でも、中国観光業は他国、特に日本、タイ、韓国、シンガポールなどの成熟観光マーケットとの戦いが本格化しています。例えば、日本ではきめ細かいサービスや多様な文化体験が評価されていますし、タイや東南アジアではコストパフォーマンスとリゾート体験が魅力です。中国も自国資源の強み(広大な自然、世界遺産、独自文化)をどう世界に発信し、持続可能な国際競争力をつけるかが問われています。国際マーケティングや外国人対応、多言語対応スタッフの育成、スマート観光施策などはまだまだ発展途上という現実もあります。

観光客のニーズもますます多様化しています。かつては「見る」「食べる」といったシンプルな体験が中心でしたが、現在は「現地でしかできない体験」「ラグジュアリーな滞在」「アドベンチャー」「健康リトリート」「環境教育」など、目的や価値観が細分化しています。観光地や企業がそれぞれのニーズにきめ細かく対応し、個別化サービスを展開する力が強く求められています。

地方観光地に目を移すと、大都市から遠く離れた地域には「観光資源は豊富なのに情報が届かない」といった課題や、「交通アクセスが不便」「受け入れ体制が不足」「サービスの質が都市部に劣る」といったボトルネックがあります。しかし逆に言えば、これらは大きなチャンスでもあります。リモートワークやワーケーションの普及で、地方での長期滞在需要も生まれ始めていますし、「暮らすように旅する」という新しいコンセプトが、中国各地で実験的に始まっています。

5. 観光業のデジタル化とイノベーション

コロナ禍は中国観光業のデジタルトランスフォーメーションを加速させました。なかでも「スマート観光都市」化は急ピッチで進行中です。北京市や上海市、蘇州市などの都市部では、観光情報の一括検索、混雑状況のリアルタイム把握、施設予約・移動・決済までをスマートフォンアプリ1つで完結できる環境が整備されています。また、深圳市や成都など、スタートアップ企業が集まる地域では新しい観光サービスの開発・導入が盛んです。例えば、「AI観光ガイド」「顔認証式チケット」「オンライン通訳」などが登場し、利便性の全面的な向上が進んでいます。

AIやビッグデータの活用も日進月歩で進化しています。例えば、ビッグデータによる観光動向の分析を通じて、施設側はいつ、どの層の来訪者が多いかを事前に把握し、混雑回避のための誘導や、ターゲット別のプロモーションが可能となりました。観光客もまた、AIチャットボットによる観光案内やレコメンドサービス、リアルタイムでの言語翻訳など、個別ニーズへの対応が一気にスマートになっています。また、AIによる「体験型ルート提案」や、出発から帰宅までを最適化する「旅行プラン自動生成」など、従来の旅行代理店では実現が難しかったサービスも利用されるようになっています。

キャッシュレス決済は観光サービスの質の向上にも直結しています。Alipay(支付宝)、WeChat Pay(微信支付)など中国独自のモバイル決済サービスは、都心だけでなく地方の観光地や屋台、農村観光でもごく当たり前に使えます。これにより外国人観光客の滞在時も「現金不要」「両替不要」となり、金銭トラブルや感染リスクの低減、速やかな入場など大きなメリットを生んでいます。さらに、無人ホテルの自動チェックイン・チェックアウトや、レストランでのQRコード注文など、業務の省力化と効率化にも大きく貢献しています。

デジタルプロモーションの重要性も急速に高まりました。例えばSNS広告やインフルエンサーによるライブ配信、ネット有名人(KOL: Key Opinion Leader)とのコラボなどが盛んです。たとえば中国最大手の「携程(Trip.com)」は、インフルエンサーが生中継で現地スポットの魅力を伝えることで、オンラインで数万人を同時に集め、リアルタイムで予約を促進する仕組みを作り上げました。プロジェクションマッピングやAR(拡張現実)技術を活用した臨場感あふれる現地映像により、「行ってみたくなる!」気分を喚起するマーケティングが効果を発揮しています。

テクノロジーの導入は、観光業の持続可能性(サステナビリティ)向上にも直結しています。混雑予測や分散誘導、エコツーリズム向けの情報発信、現地の自然破壊リスクの軽減といった領域で、AIやIoT(モノのインターネット)技術が積極的に活用されています。さらに、デジタル化による効率的な資源配分は、大都市と地方観光地の格差是正にも役立つと期待されています。これらのイノベーションは、観光業全体の品質向上や持続的成長を支える土台となっているのです。

6. 将来展望と日本への示唆

中国観光業の復興シナリオは、多くのシナリオが議論されていますが、短中期的には「国内市場のさらなる拡大」、そして長期的には「国際観光の本格的回復」という2段階アプローチが主流です。まずは中国各地の地方観光資源を国内市場で磨き上げ、新しい体験型旅行や長期滞在型ワークケーションの普及を図り、その後健康安全対策やサステナブル観光ブランドを強みに、「世界に選ばれる中国」を目指す流れです。これに合わせて、観光産業におけるグリーン経済、地域発展と一体化した観光振興策も積極的に進められています。

国際戦略についても、中国政府や主要観光都市は「よりグローバルで開かれた観光国」となるべく、ビザ・入出国手続きの簡略化、国際空港の拡張、多言語対応スタッフの増強、グローバル市場に合わせたブランド展開などを急ピッチで進めています。また、「中国風」だけでなくアジア全体の観光ハブを目指した連携にも力を入れています。国際的な展示会や観光サミット開催によるイメージ向上、SNSやインフルエンサーを使った海外向けPRも今後一層重要となるでしょう。

日本との関係でも学ぶべき点や協力の可能性が数多くあります。日本は、繊細なサービス、衛生管理、効率的な公共交通網、そして「町歩き」「ローカル体験」「コンテンツ観光(アニメ聖地巡礼など)」といった分野で先行事例が多数あります。中国はこうした日本モデルを部分的に導入できる一方、デジタル化の波や中国らしいスピーディな社会実装、広大な地理的資源を生かしたマスマーケット戦略などで、日本に逆提案できる点も多いのです。例えば、バーチャルツアーやAI活用、キャッシュレス社会などは中国が世界的な先進国であり、日本との実証実験やノウハウ共有は双方にメリットがあります。

持続可能な観光発展は、今後の両国にとって最重要課題です。自然・文化・伝統を守りつつ、多様な観光客の好みや消費パターンに柔軟に応えるために、観光業界・自治体・テクノロジー企業が一体となったイノベーションが求められます。中国での成功事例(分散型観光や地方活性化モデルなど)は、似たような課題を持つ日本の地方自治体や観光業者にとってもヒントになるはずです。

最後に、観光業界では「新たな危機管理」と「レジリエンス(社会的回復力)」の強化が欠かせません。コロナ禍で明らかになったように、パンデミックや感染症リスク、自然災害や地政学的リスクへの対応策を日常業務に組み込み、迅速な情報共有、柔軟な営業モデルを構築する必要があります。これまでの「大量動員」「大規模移動依存」型から、より分散的で持続可能なモデルを基軸に、観光業の新常態に適応していくことが期待されます。

目次

まとめ

コロナ禍を経て、中国の観光業はかつてない試練と変革の真っただ中にあります。政府と企業が一体となった迅速な支援策、デジタル化とイノベーション、多様な観光トレンドへの対応力など、危機をバネに大きく進化してきた現状があります。今後はコロナで得た経験を活かし、「安全・安心」や「サステナブル」「多様化」といったテーマを軸に、国内外問わず選ばれる観光地づくりが求められます。日本をはじめ世界の観光先進国との連携やノウハウ共有も視野に入れつつ、中国観光業界のさらなる発展とイノベーションに大きな期待が寄せられています。

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