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   観光業の雇用創出と人材育成の課題

中国観光業の雇用創出と人材育成の課題

近年、中国は経済成長にあわせて観光業が驚くべきスピードで発展してきました。中国内の大都市や歴史都市、自然景観の保護地区まで、どこも国内外の観光客でにぎわっています。観光業がもたらす経済効果は非常に大きく、多くの新しい雇用が生まれ、地方の発展にもつながっています。一方で、雇用の質や人材の育成など、業界がより良く成長していくために解決すべき課題もたくさんあります。本記事では、中国観光業の現状から、雇用創出と人材育成にかかわる具体的な取り組みや課題まで、詳しく考察していきます。また、日本との比較も通じて、より良い観光人材育成や将来的な望ましい方向性についても述べます。

目次

1. 中国観光業の現状と重要性

1.1 観光業の経済的役割と成長動向

中国は世界有数の観光大国として、観光業が国の経済を大きく支えています。2023年のデータによると、観光業の国内総生産(GDP)に占める割合は約12%にのぼり、主要な産業のひとつとなっています。特に、サービス業全体の中で観光業は成長速度が最も速く、新しい技術の導入や高付加価値化も進んでいます。

ここ10年間で中国の観光収入は2倍以上に増加しています。2010年代前半は国内観光が中心でしたが、2018年頃からは海外からの観光客も急増しました。アウトバウンド観光とインバウンド観光の両方が活発になったことで、観光産業の基盤は一段と強化されています。

観光業に付随して生まれるサービス産業や飲食、交通、小売りなど、さまざまな業種への経済波及効果も無視できません。特に地方経済の活性化や伝統文化の保護と発信にもつながり、経済成長と社会発展の両輪として期待されています。

1.2 国内外観光客数の推移

中国の国内観光客数は毎年右肩上がりで増えています。例えば、2019年には国内観光客数が60億人回を突破しました。これは中国人口のおよそ4倍にあたる回数で、多くの人が年間に何度も国内旅行に出かけていることになります。休日の移動人口が世界でも桁違いに多いのが中国の特徴です。

海外から中国を訪れる観光客も着実に増えてきました。2019年には外国人観光客が1.4億人を超え、アジアだけでなくヨーロッパやアメリカからの訪問者も増加傾向にあります。特に日本、韓国、ロシア、アメリカからの観光客が目立ちます。

COVID-19パンデミックの影響で2020年は観光客数が大幅に減少しましたが、2023年以降、国内客を中心に回復が始まっています。今後はインバウンド市場再拡大も期待されており、経済界は一層の政策支援に注目しています。

1.3 主要観光都市と地域格差

中国には北京、上海、西安、成都、杭州、広州などの有名な観光都市が多く存在します。これらの都市は世界遺産や豊かな食文化、洗練された観光施設で海外観光客を引き寄せています。それ以外にも、張家界や桂林、雲南省の麗江など自然景観を活かした観光地も大きな人気を誇ります。

しかし、こうした都市部と沿岸部に観光資源や投資が集中しがちな反面、内陸や辺境地域では観光インフラが遅れていることも現状の大きな課題です。例えば甘粛省、青海省、新疆ウイグル自治区などでは、観光資源は豊富でも宿泊施設や交通の整備が進んでいないため、観光産業がうまく成長できていません。

地域格差を縮め、全国的な観光産業のバランスある発展を目指して、中国政府や各地方自治体が様々な取り組みや投資プロジェクトを推進しています。

1.4 中国政府の観光政策

中国政府は観光業を国家戦略の一つに位置付け、「中国観光発展十三五計画」(2016-2020)や「十四五観光業発展計画」(2021-2025)などを打ち出してきました。その中で観光インフラの整備、観光客の利便性向上、地域間連携の強化、人材育成の充実など多面的な政策が展開されています。

具体的には、観光地へのアクセスをよくするため新幹線や空港の拡張整備が進められ、観光都市間の連携イベントやキャンペーンも盛んです。また、観光教育の拡充や、産業と人材がともにレベルアップできるような仕組み作りも政府主導で始まっています。

観光市場の監督強化や安全管理の向上、さらには観光業のグリーン転換も政策目標となっており、持続可能な観光発展に向けて中長期的なビジョンが構築されています。

1.5 新型コロナウイルスの影響

2020年初頭の新型コロナウイルス感染拡大は中国観光業に甚大な打撃を与えました。数か月間、多くの観光地が閉鎖され、ホテルや旅行関連企業も経営難に陥りました。インバウンド(外国人旅行者)市場もほぼストップ状態となり、多くの雇用が失われました。

その影響は予想以上に深刻で、一部の小規模旅行会社や観光施設は閉業に追い込まれました。ホテルスタッフやガイド、企画担当者なども一時的あるいは長期的な失業状態となり、観光業に従事する多くの人々が新しい仕事探しを余儀なくされました。

しかし2022年から2023年にかけて、国内観光市場は徐々に回復しつつあります。ITやデジタルツールを用いた新しい旅行様式(オンラインツアーやバーチャル体験など)も登場し、新たなビジネスチャンスと雇用の芽が生まれています。


2. 観光業における雇用創出の現状

2.1 観光業が生み出す主な職種

中国観光業が生み出す職種は非常に多様です。まず、ホテルや旅館で働くフロントスタッフ、客室清掃、飲食サービススタッフなどのサービス部門があります。また、旅行会社やツアーオペレーターでは、旅行プランナーや販売スタッフ、ツアーガイドなども多数雇用されています。

さらに観光バス運転手や観光地専用タクシーの運転手、観光施設の管理や警備、イベント企画担当、PR・マーケティング部門といった、裏方で観光体験を支える仕事もあります。レストランやみやげ物店、テーマパーク運営なども観光需要に直結した雇用です。

新しい分野としては、デジタルツーリズムの普及に伴い、デジタルマーケターやSNSインフルエンサー、データ分析担当など、ICT関連職種にも需要が拡大しています。オンライン予約システムのオペレーター、ネット観光ガイドなど、時代に合わせた新しい職種も続々登場しています。

2.2 地元経済・地方社会への波及効果

観光業がもたらす雇用創出は、地元経済や地方社会全体に大きな波及効果を生みます。例えば、観光客が増えることで地元飲食店や宿泊業、移動サービス、小売業の売上が直接伸びます。観光土産や地域特産品が売れることで、地場産業も活性化します。

また、観光地の整備により建設業やインフラ関連会社も新たな仕事を得ることができます。観光施設のメンテナンスや清掃業務も地元のパート・アルバイト需要を増やしています。中国南部の湖南省・張家界や西部の四川省・九寨溝では、観光が地域経済の柱となっており、多くの地元住民が観光関連の仕事に従事しています。

これによって、農村から都市への人口流出を抑制できる例も報告されています。観光を起点に「暮らしやすい町づくり」が実現し、地方創生のモデルケースとなることも珍しくありません。

2.3 若年層・女性の雇用機会

観光業は中国の若年層や女性にとって特に重要な就職先となっています。卒業後に就く職業として、ホテルスタッフやツアーガイド、観光企画などは人気が高く、その理由はフレキシブルな勤務体制や、語学スキルを活かせる点にあります。

近年は女性の社会進出が加速していることもあり、観光関連職で女性の管理職が増えています。中規模ホテルや観光施設運営会社では女性支配人や女性マネージャーが活躍しており、「女性の目線を生かしたサービス改善」にもつながっています。

また、都市部では若者向けに個性的なゲストハウスやバーを開業する例も多く見られます。若年層によるベンチャー的観光事業がSNSやクラウドファンディングと組み合わさることで、雇用の幅を広げています。

2.4 季節労働と非正規雇用の課題

一方で、観光業特有の課題が「季節労働」と「非正規雇用の多さ」です。多くの観光地では、夏休みや休日、祝日などの繁忙期にスタッフを大量に雇いますが、閑散期には仕事が激減します。そのためアルバイトや短期契約、パートタイム労働者への依存が高まり、雇用の安定性や社会保障の面で課題が顕在化しています。

長期的なキャリア構築が難しい、働く人たちのモチベーションが続かないといった点も無視できません。特に地方や辺境地域では、観光シーズン終了後に大量の失業者が出てしまう事例も少なくありません。

中国政府はこうした問題への対応として、季節労働に携わる人々への職業訓練や再就職支援、雇用保険制度の拡充などを打ち出し、多様な働き方に応じたサポート体制の充実を目指しています。

2.5 労働市場の変化と将来展望

デジタル経済の発展や、環境志向の高まりにともない、観光業の雇用構造も大きく変化しつつあります。これまでは現場でのサービス労働や接客が中心でしたが、今後はITスキルや企画力、語学力など多様な能力が求められていくことは確実です。

中国では観光とテクノロジーを掛け合わせた新しい形の雇用も増えています。たとえば、オンライン上での観光体験の企画・運営、旅行アプリの開発、観光地のスマート化推進などが注目されています。また、持続可能な観光を支えるグリーン技術の導入など、専門性の高い仕事も求められています。

これからの時代、観光業で働く人々の多様性を維持するために、新しい教育や人材育成の仕組みがカギになっていくでしょう。


3. 人材育成における現状と課題

3.1 専門教育機関とカリキュラムの現状

中国国内には観光分野に特化した大学や専門学校、研修機関が数多く存在します。代表的なのは北京第二外国語学院、上海観光高等学院、広州旅遊学院などです。これらの学校では観光マネジメントやホテル経営、サービス英語、観光マーケティングなどの専門コースが充実しています。

しかし、現場で役立つスキルを体系的かつ実務的に身につけるには、まだ課題も残ります。多くの教育機関では座学中心で、ロールプレイやケーススタディ、インターンシップなどの実務訓練にやや弱い傾向があります。また、地域差も大きく、都市部と地方の教育レベルには格差があるのが現実です。

中国教育部はカリキュラム改革を推進し、「産学連携」による教育モデル構築や、企業実習の拡大などを促進しています。学生が在学中から現場感覚を身につけ、卒業後すぐに即戦力として観光業に入れるよう努力が続けられています。

3.2 人材の質に関する国内外の評価

中国の観光人材はここ数年で大幅にレベルアップしていますが、国際的な競争力においてはまだ改善の余地があります。特に、海外旅行客の増加やグローバルな観光市場拡大に伴い、サービスの質や「おもてなし」のレベルが厳しく問われるようになっています。

多くの観光地や高級ホテルでは「国際基準」に基づくサービス提供が求められていますが、現場スタッフの習熟度やマネジメント層のリーダーシップにはばらつきがあるのが現状です。海外観光客から「言葉が通じにくい」「ホスピタリティがやや物足りない」といった声も少なくありません。

そうした中で、中国南方の高級リゾート地や外資系ホテルチェーンでは、スタッフ育成にグローバル標準のカスタマーサービス研修や多言語教育を積極的に導入し、サービス向上の努力を重ねています。

3.3 語学力・異文化理解の必要性

多様な外国人観光客を受け入れるには、スタッフの語学力や異文化理解が不可欠です。英語だけでなく、日本語、韓国語、フランス語、ドイツ語、ロシア語など、観光地によって必要な言語が異なり、多言語対応人材の育成が急務となっています。

近年は英語力だけが評価ポイントだった時代から「異文化に対する柔軟な対応力」や「国際マナーの共有」、宗教習慣や食文化への理解度も重視されるようになりました。例えばムスリム観光客向けのハラール食提供、ベジタリアン向けサービス、中国伝統文化体験のアレンジなど、多様な要望に応じた対応が求められます。

観光専門学校や大学では語学教育に力を入れ、また海外での短期語学研修・留学の奨励も行われています。都市部の一部学校では、学生が学内外で実際に外国人観光客と接しながら語学力や異文化対応力を磨くプログラムが用意されています。

3.4 現場経験・インターンシップの推進状況

観光業では理論知識だけでなく「現場での経験」が非常に重要です。多くの大学や専門学校が海外および国内の有名ホテルや旅行会社と提携し、学生向けのインターンシッププログラムを用意しています。たとえば、北京のホテルでの実地研修や、広西省の観光地でのガイド体験など、さまざまなインターン先が用意されています。

インターン生は実際の観光現場で接客や案内、運営補助などの経験を積むことができますが、その内容や期間には差があります。一部では非常に充実したプログラムを持つ学校もあれば、形だけの短期実習で終わってしまう場合もあります。

中国政府や観光関連産業団体は産学連携をより強化し、インターンシップの質と量を両面から向上させる方針です。地域企業や地元行政の協力による「実学実践」の拡大、卒業後の就職とのスムーズな接続が今後の課題となっています。

3.5 人材流出と転職の問題点

観光業界においては、人材流出や職場離れも深刻な課題となっています。待遇面や労働環境が十分でない職場では、経験を積んだスタッフや管理職が他業界に転職してしまうケースが多発しています。特に、給与水準が他のサービス業やIT業種に比べてやや低いことが理由として挙げられます。

また、観光業はシフト勤務や休日勤務、繁忙期と閑散期の差が激しいため、家庭と仕事のバランスを取りにくいと感じる人も少なくありません。そのため、出産や育児を機に業界を離れる女性もいます。

このような背景から、優秀な人材を安定的に確保し、専門技能やノウハウが業界内で継承される環境を整えることが、今まさに重要な経営課題です。人材の定着率を上げるための働き方改革や、キャリアパスの透明化が求められています。


4. 雇用創出・人材育成推進の政策・取り組み

4.1 政府および地方自治体の施策

中国中央政府と地方自治体は観光業の発展を支えるため様々な政策を打ち出しています。例えば「観光+」産業政策では、観光と農業・医療・文化・スポーツなどの他分野との融合を推進し、新分野の雇用や起業を促しています。代表的な施策として、農村観光や健康ツーリズム、文化体験型観光プロジェクトの育成などが挙げられます。

地方自治体は独自の観光人材育成センター設立や、職業訓練補助金の支給、観光ガイドの資格試験支援などを行っています。上海市や海南省では公的資金を使って観光人材を体系的に育てる長期教育プログラムが展開されています。

さらに、観光地域のインフラ整備と合わせて地元住民向けの雇用・起業支援も積極的に進められています。観光起業コンテストやイノベーションキャンプの開催など、若手の新規参入を後押しするしくみづくりも盛んです。

4.2 企業・教育機関による共同プログラム

観光関連企業と大学や専門学校が連携し、即戦力となる人材育成を目指す共同プログラムも各地で増えています。有名ホテルチェーンと大学の産学協同講座、観光地運営会社による職業訓練、旅行会社と連携したインターンシップ推進など、現場ニーズと教育内容を結び付ける工夫がなされています。

またIT企業やスタートアップとのコラボも熱心に進められています。オンライン旅行サービス企業と観光学校が共同でカリキュラムを開発し、AIやデータ分析技術を応用した観光業務の体験授業も導入され始めています。これにより、学生たちは現場のリアルな課題や最先端のツールに直に触れることができるようになりました。

共同プログラムの成功例としては、ホテル大手「錦江グループ」と上海観光高等学院の「管理職育成プロジェクト」、また世界的なOTA(オンライン旅行代理店)「トリップドットコム」とのデジタル観光人材育成プロジェクトなどが挙げられます。

4.3 労働環境改善と人材確保の工夫

観光業の魅力を高めるには、働く現場の労働環境の改善が不可欠です。中国各地の大手ホテルや観光企業は「働きやすさ」を強調し、残業削減運動やホスピタリティスタッフの福利厚生充実、シフト勤務の柔軟化などに取り組んでいます。

例えば、従業員ローテーション制度や希望休制度、キャリアカウンセリングの導入など、社員の満足度向上策が取られています。特に女性スタッフ向けには育児休暇の取得推進や育児支援策の拡充も目立ちます。

現場の意見をふまえた職場環境づくりが、離職防止や優秀な人材確保につながっています。また、ベテランスタッフによる「後輩指導制度」や「メンター制度」など、スキル継承にも工夫が見られます。

4.4 デジタル化・ICTの導入による人材活用

近年、中国観光業ではデジタル化やICT技術の導入が加速しています。例えば、電子チケットやスマート入場システム、AIコンシェルジュ、無人受付チェックイン、拡張現実(AR)を活用した観光ガイドなど、最先端ツールが多数現場に投入されています。

これに対応できる「デジタル人材」や「テック系観光スタッフ」の育成に力が入れられています。観光専門学校ではオンライン接客演習やeツーリズム講座、ビッグデータ活用授業などが増えています。また、現場スタッフにもスマホアプリの使い方やデータ入力のトレーニングが行われています。

デジタルツールに強い若者や、中高年スタッフのデジタル再教育も積極的に進んでおり、世代を問わず「ITリテラシー向上」が業界のテーマとなっています。

4.5 グリーンツーリズム・持続可能な雇用への取り組み

環境保全や持続的発展が重視される中、中国各地で「グリーンツーリズム」や「エコツーリズム」への取り組みも活発化しています。これにともない、新しい観光スタイルに適した人材の育成も始められています。たとえば、自然ガイドや環境教育担当、エコロジー体験イベント企画者などが新しい職種として登場しています。

雲南省麗江や貴州省の農村部では、「農村観光ガイド養成講座」や「自然保護ボランティア講習」など、地元の若者と女性を中心にエコツーリズム人材育成が実施されています。観光客には地球環境や地域文化に配慮した体験を提供することで、雇用の質を高め、地域コミュニティの自立にも貢献しています。

持続可能な観光雇用を目指し、再生可能エネルギー導入施設の管理、観光振興と環境教育を兼ねた「グリーンアンバサダー」など、新職種も徐々に拡大しています。


5. 日本との比較・示唆

5.1 日本観光業の雇用・人材育成の現状

日本も中国と同じように観光業を経済の柱のひとつに位置付けています。京都、東京、大阪、北海道、沖縄など、日本らしさが感じられる観光地が多数あり、インバウンド(訪日外国人観光客)の拡大に尽力してきました。2019年には外国人観光客が3000万人を突破し、日本観光業の雇用規模も拡大しました。

日本の特徴は「おもてなしの心」に裏打ちされた高品質なサービスと、業界全体のチームワークの良さです。ホテルや旅館のスタッフ教育はきめ細かで、マナーや細かな気配り・安全面にも徹底したこだわりが見られます。

一方で、深刻な人手不足や高齢化、長時間労働、低賃金などの課題も抱えており、観光業界の働き方改革や自動化・デジタル化への対応が急務となっています。人材育成においては、観光系専門学校や大学の産学連携型インターンシップなど、実践的な学びも着実に広がっています。

5.2 双方の強み・弱みに見る課題と学び

中国の観光業はダイナミックな成長力と市場規模が圧倒的な強みです。政策誘導やインフラ整備、大量の雇用創出力においては日本をしのぐ面もあります。一方、日本の観光業が持つ「きめ細かなホスピタリティ」や「ブランド力」「高い顧客満足度」は、グローバル標準をリードするものです。

互いの課題を見ると、中国は労働環境やサービス品質のバラツキ、人材の流動化が弱点であり、日本は労働人口減少と人材確保の難しさが浮き彫りです。両国ともに、デジタル活用や異文化対応力を高めつつ、多様な人材を安定的に育てていく必要があります。

中国は日本から「ホスピタリティ教育」のノウハウ、日本は中国の「市場拡大力」や「グローバル人材の大量育成」のコツを学ぶ余地があります。互いの強みを生かした共同研修や事業開発が期待されています。

5.3 人材交流・観光協力事例

日中両国では観光・人材・文化の交流事業も盛んになっています。例えば、両国の観光局が共同主催するビジネスマッチングイベントや、観光人材の相互派遣プログラム、教育機関同士の提携研究会などがあります。

広州と大阪、上海と横浜など、大都市間では姉妹都市提携を軸とした観光人材交流も進められています。日本の専門学校と中国の大学が協定を結び、共同のインターンシップや学生交換プログラムを展開する動きも各地で報告されています。

また、オンラインプラットフォームを活用して「日中観光サービス研究会」や「観光イノベーションフォーラム」などが開催され、観光現場のさまざまなノウハウや最新トレンドが共有されています。こうした現場レベルの連携は、両国の長期的な人材育成にもプラスに作用しています。

5.4 先進的な人材育成モデルの応用可能性

日本には「おもてなしの研修」や「CS(顧客満足)経営」といった独自の人材教育手法があります。中国の観光企業がこれを導入し、社員研修やマネージャー育成に活かしている例が増えています。たとえば、日本の旅館マナーに学ぶホスピタリティ教育プログラムを広州や上海の高級ホテルが自社研修に採用しています。

逆に、日本の観光業界も中国のダイナミックな施設運営やIoT・AI活用による効率化ノウハウ、SNSマーケティングなどの先進例を現場に取り入れ始めています。中国の「観光+」施策も、日本の地域創生や観光ベンチャー育成に刺激を与えています。

双方の強みを組み合わせることで、より実践的で柔軟な人材育成モデルが確立できるはずです。今後はオンライン合同研修やビジネスピッチ大会など、新しい連携スタイルが一層重視されていくでしょう。

5.5 将来の日中観光協力の展望

今後の日中観光協力には大きな可能性があります。人的交流や観光イノベーション分野だけでなく、高齢者や障害者のバリアフリー観光、自然環境保護型ツーリズム、食や伝統文化の体験型観光など、多様な切り口での連携が模索されています。

特に人材育成では、共同カリキュラムやダブルディグリー制度、AI時代を見据えたデジタル観光教育などで協力が期待されています。また、双方の観光人材が短期・長期で相互の現場体験を積むことで、より実践的な視点やクロスボーダーな発想が得られるでしょう。

中国と日本はともにアジアの観光リーダーとして、持続可能で多様性に富んだ人材活用を追求していくことが互いの発展につながるといえます。


6. 今後の展望と課題解決に向けて

6.1 人材多様化・高度化の必要性

これからの観光業界には、多様な人材が必要不可欠です。従来のサービススタッフやガイドだけでなく、ITエンジニア、データアナリスト、異文化コーディネーター、企画マーケター、環境専門家など、新しいタイプの人材が加わることで業界全体が底上げされます。

特にデジタル化、グローバル化、そして環境志向の強まりに合わせた「高度専門人材」の育成は急務です。たとえばビッグデータを活用した観光客動向の分析や、SNSを使ったプロモーション、AIコンシェルジュの運用など、多彩なスキルが求められるでしょう。

また、女性や高齢者、外国人材、障害のある方など、さまざまな背景を持つ人々が活躍できる現場作りも重要課題です。インクルーシブな働き方を推進し、多種多様な才能が活きる職場環境がますます重視されています。

6.2 雇用の質向上と労働者保護

業界全体の雇用の「質」を上げていくことも喫緊の課題です。単なる雇用拡大を目指すだけでなく、安定した就業環境や十分な給与、キャリアアップのチャンスなど、「働きがい」のある観光業を目指さなければなりません。

観光シーズンに左右される短期雇用、低賃金や長時間労働の現場はまだ根強く残っています。これを解決するためには、シフト制勤務の安定化や、閑散期でも継続的な研修・雇用確保、社会保険の充実、職業訓練の再設計など、具体的な職場改善策が欠かせません。

労働者の健康や生活を守るための安全管理や心理ケアも大切です。人を大切にする職場風土を育て、「観光業を目指したい」と思える産業イメージの向上に努める必要があります。

6.3 地域社会との連携強化

観光業の持続的な発展には、地域社会との連携が要となります。地元住民や自治体、NPO、地元企業との協働によって、観光が「地域にとって本当に価値のある産業」へと育っていくことができます。

たとえば、地元伝統文化や自然資源を体験型観光に活用し、地域住民が主役として運用に参加できる仕組みが広がっています。観光イベントの共同主催や農家レストランの運営、地域ガイド団体の設立など、住民と観光事業者が「パートナー」として一緒に地域を盛り上げていくケースが増えています。

観光が生み出す利益を地域の教育拡充や暮らしの改善、社会福祉などに還元し、観光と地域発展が両立する持続的モデルの構築を目指したいところです。

6.4 イノベーションとサービスの高度化

観光業界は今、イノベーションとサービスの高度化という二つの大きな波を迎えています。AIやIoT、ビッグデータなど最新技術の導入による「観光体験そのものの進化」は目覚ましいものがあります。オンライン予約やバーチャルツアー、スマートホテル、キャッシュレス決済といった便利なサービスも当たり前になりつつあります。

イノベーションを現場レベルで活かすには、スタッフのITリテラシーやデジタルスキルアップが不可欠です。教育機関や企業の研修においては、こういった技術と接客スキルを並行して学べるカリキュラム開発が要求されています。また、顧客一人ひとりに最適な体験を提供できる、「カスタマイズド観光サービス」の企画力も重要です。

技術を活用しつつ、「人ならでは」の温かさや細やかなホスピタリティを失わず、バランス良く高度化したサービスを目指す視点が中国観光業の成長カギとなります。

6.5 持続可能な観光業のための人材戦略

「人」を中心にした観光業の人材戦略が、これからますます重要になります。短期の雇用創出や一時的な賑わいで終わるのではなく、長期的かつ持続的に観光と地域・社会が共存・繁栄できる運営を目指す必要があります。

そのためには、多様なキャリアパスや地域密着型の教育、人材流出防止のインセンティブ強化、リスキリングやキャリアチェンジ支援、ICT・グリーンツーリズムなど新領域への適応力を高める人材育成が求められます。中国の広大な国土と豊かな文化、多様な地域特性を活かしながら、世界市場で競争力を持つ人材づくりが今後のテーマになるでしょう。


終わりに

中国の観光業は、経済成長をけん引する重要な産業であると同時に、さまざまな雇用と人材の可能性を生み出す舞台でもあります。雇用創出においては若年層や女性、高齢者など多様な人々が活躍できる現場づくり、人材育成には実践力・語学力・テクノロジー対応力・異文化理解などの底上げが不可欠です。課題も多いですが、政策と現場の工夫、そして国際的な連携によって着実に前進している分野です。今後は、持続可能で付加価値の高い観光業を目指し、地域社会や異業種、そして国境を越えたパートナーシップを活かしながら、真に「人が輝く」産業へと成長していくことを期待しています。

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